[子育て]

101話〜110話   東北女子短期大学 教授 島内 智秋



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[その101]

●「暴力の心の底には」(その1)

 文部科学省の2007年度児童生徒の問題行動調査によると、全国の小中高校で発生した暴力行為は過去最多の52756件で、前年度より18%も増えています。このうち教師への暴力が6959件とのことでした。
 こうした実情を受けて、大人は直接的に子どもに対して、暴力をやめるように注意してしまいがちですが、その大人自身が自分の心のあり方や、子どもへのかかわり方が子どもの暴力行為と関係していることを、自覚していなければならないのではないかと思います。
 暴力の直接的な原因は多々あるかと思いますが、暴力に至ってしまう気持ちの奥底にはやはり「愛されたい寂しい気持ち」があるように思います。それでは、 小手先の暴力をなだめる話や、言い聞かせなどをいくらやっても通じないのです。しかし、どの親にしても子どもを愛しているはずなのに、うまく届いていない ことがあるのではないでしょうか。



[その102]

●「暴力の心の底には」(その2)

 仕事を持つは母親が夜に残業をしてくたくたになって帰ったとします。
 帰ると、家事や子どもの用事がありますが、とりあえず夕食を食べて一息つきたいものです。
 ところが、子どもは容赦なく「お母さんこれやって」「お母さん遊ぼう」と帰るのを待って、次々話しかけてくることもありがちです。
 この時にお母さんも疲れからイライラすることも多いため、「働いてきてくたくたなんだから話しかけないで! じぶんのことくらい自分でやって! 一人で 遊んでて!」と感情をぶつけてしまいすぎると、子どもが小さければ小さいほど、「お母さん、私のこと嫌いなんだ」と受け止めてしまうこともあります。
 お母さんを思う子の心の中には、「そんなに大変なら、お仕事をやめればいいのに」と言ったりすることもあるでしょう。
 しかし、その時にお母さんがカチンときて「あなたのことを思って、苦しくても頑張っているのによ!」と言ってしまうと、優しい子ほど自分を責めてしまいます。
「お母さんを苦しめているのは自分なんだ。お母さんは私のために苦しんでいるんだ。私がいなけりゃ苦しまなくてもいいのに…」となり、自己肯定感が低い子どもになってしまうこともあります。
 同じ状況でも、「お母さん帰ってくるのを待ってたんでしょう? 寂しかった? 宿題頑張ったんだね。お母さんくたくただからご飯食べてから遊ぼうね」と、先に子どもの気持ちを受け止める言葉や認める言葉をかけてからしてはどうでしょうか。
 時には働く自分のやりがいや、その内容を語り、仕事が辛いときもあるけれど、その時は、あなた(子ども)の喜ぶ顔を思い出しているから頑張れていることなどを話してみてはいかがでしょうか。
 そして、仕事がうまくいったときやスキルアップしたときに、小さなお土産(お菓子一つでもOK)を持ち帰り、嬉しかったことを教え、手伝ってくれることへの感謝の気持ちを伝えると、お母さんの頑張りを一緒に喜んだり、応援したりするようになるのではないでしょうか。



[その103]

●「暴力の心の底には」(その3)

 ちょっとした気持ちの表し方の違いで、子どもの心に残るのは、親の感情をぶつけられた方は「寂しい気持ち、愛されていない」という思いなのに対し、受け 止められた方は「お母さんお仕事頑張っているから、私はお手伝いして応援したい。お母さんは、私がいるから元気が出るといっていた。私のこと大好きなん だ」といううれしさなのです。
 子どもが大きくなっていくにつれて、抱きしめるなどのスキンシップがとりにくくなります。
 そうなってから、子どもは照れくさがったりして、心と裏腹なことをいってしまうかも知れませんが、言葉でしっかり愛情を伝えたいものです。
 親の深い愛で、子どもをしっかり包み、心をホッカホカに温めてあげたいものですね。



[その104]

●「立派な親でなくていい」

 我が家には3人の子どもがいます。こんなドジで学生にもよく「天然」と言われる私のもとでも、よくここまですくすく育ったものだと思います。
 それも同居している姑夫婦、3人兄弟の同級生の親御さん、地域の皆さん、子どもたちちと関わってきたすべての人のお陰と、感謝せずにいられません。
 最近は、親になる自信がないから子どもはまだ産まない、と話す若い夫婦もいますが、最初から立派な親なんていません。
 自分だけで育てるのではないのです。たくさんの人と関わって、周りに育てられているのです。
 私は、周りの人からはもちろんですが、子どもがみせる姿のひとつひとつから、多くを気づかされ、教えられ、子どもにも親として育てられてきた感じがします。
 一人の子どもに愛情もお金もたっぷり注いで…と考える傾向もあるようですが、贅沢をさせてあげられなくても、子どものことを心から「かわいい!」と思う気持ちがあれば、子どもは愛情を感じ取って、親の生きる姿勢を見ながら健やかに育っていくものと思うのです。



[その105]

●「大好きな人になっていく過程」

 生まれたばかりの赤ちゃんは、おなかがすいた、おむつがぬれてきてきもちわるい、暑い、寒いなどの不快感を感じると、泣いて訴えます。
 すると誰かが「どうしたの?」と、優しく声をかけ、おっぱいやミルクを飲ませてくれたり、おむつを替えて抱っこをして、温かく包んでくれます。
 そうした心地よい体験の積み重ねを通じて赤ちゃんは、その人のことを「お母さん」と認識していきます。
 自分の面倒をみて安心感を与えてくれる人、赤ちゃんにとって大好きな「お母さん」とは、そういう存在です。
 ここでいう「お母さん」は、必ずしも〈産みの親〉でなければいけないということはありません。
 もちろん、生理的な母親には、お腹の中で赤ちゃんを育んだ40週分の利点があります。
 ですが、子どもに対して愛情を持って接する人であれば、たとえ生理的な母親でなくても、愛着関係はできるし、子どももきちんと育っていきますよ。



[その106]

●「抱っこの安心」

 特に原因もないのに赤ちゃんが泣くことを「コリック」と呼びますが、そんな時に抱っこすると、ぴたりと泣きやんでしまうことがよくあります。
 抱っこの姿勢が、お腹の中にいたときに似ていて、安心するのではないかとも言われますが、大人だって辛い時に抱きしめられると、気持ちが安心してホッとするもの。
 そう考えると、抱っこで泣きやむのは人間の中に存在する「肌と肌を寄せ合う安心感」と関係しているのかもしれませんね。



[その107]

●「子どもの運動会で」その1

 春から夏にかけては、一年で最も体を動かすいい季節です。
 下二人の子どもが通う小学校の運動会が、5月に行われました。
 娘にとっては小学校最後の運動会。
 私の背を超した娘は、運動会を楽しみに思うタイプですが、一つ下の息子は、ギリギリになるまで、運動会に出なくてもいい理由を探すようなタイプで、当日の表情も正反対でした(どうやらマラソンが嫌なようでした)。
 親としては、娘の活躍を期待する半面、息子も最後まで頑張ってくれたらいいなあ、と心配に思いながら見守っていました。
 競技が次々に行われ、200メートル競走で、娘は2位を大きく引き離して余裕の1位。息子も2位とがんばりました。
 親は次に行われるマラソンで、娘の1位に期待をかけ、また息子にも健闘を祈りました。
 息子が出るマラソンです。始まる前から浮かない表情で、いよいよスタート。
 レース中は苦しい表情を見せながらもラストの直線でダッシュをかけ、一人抜いてゴール!
 入賞にはあと一歩でしたが、嫌なマラソンから逃げずに、最後まで力を出し切った息子の成長ぶりに拍手をしながらうれし涙が頬を伝いました。



[その108]

●「子どもの運動会で」その2

 娘のマラソンがスタート!
「あれ?」
 ずいぶんゆっくりのスタートです。よく見ると、仲良しの友達と並んで走っていました。
 私は、娘がもっと速いペースで、自分の持てる力を振り絞ったような走りをすると期待していたのです。
 その後、ずっと友達と並んで走っていた娘が、最後の一周だけは200mと同じようなスピードでゴールしました。
 見ていた周りの父兄からは「最後にあんなに余裕があるなら、どうして最初から速いペースで走らなかったの?」と尋ねられました。
 私も、娘が負けずぎらいで、保育所の運動会マラソンに負けたときもしばらく泣きじゃくっていた記憶がよみがえり、少し心配になりゴールした娘の表情を見たところ、そこにはとても晴れやかな顔がありました。
 昼食時にマラソンの走りについて、娘は「初めはずっと一緒に走って、最後の一周は別々に走ることにしたんだ」と話し、他のお母さん方にもっと速く走れるのに何で走らなかったか質問されたことを伝えたところ、娘に「お母さんはなんてこたえたの?」と逆に聞かれました。
 私は、娘の表情から読み取って「最後の運動会マラソンは仲良しの友達と走って嬉しそうだったよと、聞いたお母さん方にはこたえたよ」と話しました。
 娘は「よかった。もしもお母さんが、友達と約束したからゆっくり走ったと言っていれば、友達が悪く思われると思って心配した」と笑って話していました。
 私は、やはり心のどこかでマラソンの1位を娘に期待していて、走らない原因は友達との約束のせいだと、どこかで思っていたことに気付きました。
 運動会では上位に入ることが大事なことだと無意識のうちに思っていたのです。
 でも、走り終わった娘の表情や昼食時の会話から娘がとても友達を大切に思っていることがわかり感動しました。
 息子、娘の成長を感じ取ることができ、私にも大切なことを気づかせてくれた運動会になりました。



[その109]

●「地域のお祭りと子どもの成長」その1

 各地でたくさん行われた夏祭り。
 地域のつながりが感じられて、日本っていいなあ〜と、改めて思います。
 私の住んでいる地域では、ねぶた祭りをしています。
 時期になると、地域の中でねぶたの参加者を募り、1人2千円の参加費のほか、子ども用はっぴも貸し出し、クリーニング代170円も申し込みのときに一緒に徴収されます。
 申し込み用紙も工夫されていて、子どもが自分の名前と、やりたい役割を自己申請します。
 何も書かないと、ただねぶたにくくりつけた2本の綱を引っ張る運行係、そのほかは笛の係、太鼓の係、そして大鰐町ならではの係がもう一つあります。
 それは掛声係です。
 大鰐町では、子どもが拡声器を持ち、掛け声をかけるのです。
 これらの役割の中から子ども自身が選び、係になれば時期になると練習に参加して祭りに備えるのです。
 さて、うちの下2人の子どもは、小6の娘が笛係でを選び、祭り本番まで練習をしました。
 家の中のどこにいても笛を吹いていました。
 小5の息子は、掛声係を希望しました。
 掛声係はとくに練習日は設けられていませんでしたが、後ろ向きにねぶたを見ながら、運行係に声をかける練習を笛係の姉にあわせてしていました。
 案外と太鼓のリズムに合わせた掛声が難しく思われましたが、小さいときから見ているため、すぐにコツツをつかんでいました。
「どんこどんこどんこどん(太鼓音)、じっちゃも、ばっちゃも見でけろじゃ(おじいさんも、おばあさんも、見てちょうだい)、ヤーヤドー!!」。



[その110]

●「地域のお祭りと子どもの成長」その2

 いよいよ本番、大鰐町の合同運行では30台ぐらいのねぶたが繰り出します。
 笛と太鼓もいい調子、昨年は囃子大賞を受賞しただけあって、みんな自信満々です。
 集まってみると、運行係の子どもたちが思ったよりも小さい子が多く、付き添いのお母さん方もかなり力を出して引っ張ったようです。
 掛け声係は練習ではよかったのですが、合同運行になっているため、前のねぶたの太鼓の方が、先頭をいく掛け声係にはよく聞こえ、自分たちのねぶたの後ろにある太鼓の音が聞き取りにくいのです。
 ちなみに大鰐町のねぶたは先頭から順に運行責任者(大人)、掛け声係(子ども)、ねぷたの両はじにくくりつけられたロープを引っ張る子どもたち、ねぶ た(車つきの台車に載せて押している大人4、5名と電線にねぶたがぶつからないように、ねぶたのてっぺんに上がってねぶたの上部をたたんだりする大人2 名)、太鼓(子どもと大人)、笛係(子どもと大人)、そして最後に交通の安全確認して危なければ声をかける係(大人)です。
 掛け声係のハプニングにも、周りのお父さん方が「ちゃんと自分たちのねぶたの太鼓の音を聞き分けろ! どこの掛け声だがわがんね!」とアドバイス。
 掛け声係数名ずつで連携をとり、掛け声をかけていないときには、ロープの後ろ側の運行係に混ざり、太鼓の音をよく聞き、ほかの掛け声係にジェスチャーで合図。
 そんな連携から掛け声がだんだんと太鼓にあってきました。
 お父さん方のアドバイスから連携が生まれ、一体感・充実感を味わうことができたのです。
 一方娘も、囃子部門にもエントリーしていたので、審査員席前ではかなり力強く吹いたらしく、審査員席を過ぎて水分補給をさせに行ったときには、手が痙攣(けいれん)してつっていました。
 これも1週間前から夜に笛の訓練をしてくれたお父さん方のご苦労があって、自信をもって吹けるようになったのです。
 ねぶた審査の結果は、3日目の合同運行のときにわかり、私たちのねぶたは「町長賞」でした。
 ねぶたが出来上がるまでも、ねぶたの骨組をきれいにしたり、絵を張り付けたりするのも、みんな地域のお父さん方が、7月になって自分たちの仕事が終わった夜の7時ごろから毎日汗を流していました。



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