[青森県内観光]

 

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津軽の一代様めぐり20

■午年の一代様「白山姫(しらやまひめ)神社」(黒石市) 守り本尊「勢至菩薩(せいしぼさつ)」

〇その2 縁起は「坂上田村麻呂」にさかのぼる

この神社は大同年間(806〜810)、征夷大将軍(せいいたいしょうぐん)・坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)が勢至(せいし)観音像を袋に入れて大木に掛け、戦勝を祈願した場所とされ、願いかなって観音堂を建立したことに始まる。
この勢至菩薩は、一代様・午年の守り本尊で、智慧(ちえ)の力で人々を救うとされている。
その後、文明年間(1469〜87)に南部光政(なんぶみつまさ)が再建、浅石(あせいし)領内の大社として隆盛を誇ったが、慶長2年(1597)浅石城落城とともに廃社となった。
しかし、寛永4年(1627)、袋村の住民らが産土神(うぶすながみ)として再興し、「袋の観音様」として、人々の尊崇(そんすう)を集めるようになったという。  
また、正徳元年(1644)には、津軽3代藩主信義(のぶよし)が指定した津軽三十三観音札所(ふだしょ)のうちの二十七番札所となり、さらに午年生まれの一代様として津軽一円に親しまれるようになった。
その後明治の神仏分離によって、「袋観音堂」を「白山姫神社」に改称された。








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