[連載]

   141話 〜 150話      ( 佳木 裕珠 )


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◆その141
部 活 (18)

 日曜日、朝起きた時には細かな雨が降っていた。
本格的な雨ではなかったが肌寒かった。
秀明と昌郎は新宿で待ち合わせ、一緒に駒沢オリンピック公園に向かった。
昌郎は大学時代によく来ていた所だったが、大学を卒業して社会人となり教師という立場で生徒を引率している今は、何か新たな場所に来たような気持ちになっていた。
東急田園都市線の「駒澤大学」駅で降り、自由通りを駒沢オリンピック公園に向かって歩いた。
空は曇っていたが雨は止んでいた。
秀明は既に緊張しているようで、新宿から此処まで、ほとんど口を開かなかった。
公園内の道を多くの人達が走っていた。
そのランナー達を見ながら、陸上競技場に通じる北に面した階段を上ると、一気に視界が広がって、陸上競技場と体育館の間に広がる中央広場に出た。
秀明も何度か来ている場所だった。
多くの人達が、それぞれの場所で様々な活動を既に始めていた。
秀明はオリンピック記念塔を見上げて、暫く動かなかった。昌郎が促した。
「秀明、行くぞ」
 昌郎の方を見て秀明は、こくりと頷いた。
2人は並んで陸上競技場の入口に向かった。
入口の門扉の前に10人ほど人が固まっていた。
おやと、思った。
背の高い男子は、紛れもなく2年生の康男だ。
彼の回りを改めて確かめると、昌郎が担任する2年生の顔が並んでいた。
彼等は、秀明と昌郎を認めると一斉に手を振った。
「秀明、木村先生。応援に来たよ」
 大きな声で大西芽衣也と小枝万里が叫んだ。
そこにいるのは、確かに鈴が丘高校定時制の2年生だった。
「秀明、皆、お前を応援に来たんだな」
 意外だった。
金曜日の下校時に誰も、試合の応援に来るなんて言わずに、さっさと帰って行った。
昌郎も、別段、応援に来いとも言わなかった。
ただ、日曜日に、秀明が5000メートルの試合に出ることは伝えた。
がんばれよと声を掛けてくれたが誰も応援に行くからなんて言わなかった。
きっと俺達を驚かそうと思って、黙っていたんだろう。
秀明には、クラスメートの気持ちが嬉しかった。
昌郎も感激していた。
見渡すと、2年生全員がいた。
陸上競技は、他の競技よりも1週間早く実施される。
バスケットボールの試合とも重ならないから、寅も大介もいた。
陽明も準一もいる。
普通の土日はバイトに専念している隆也と譲も、長目の茶髪を格好良くまとめて、すかしている。
桑山さんも何時もの優しい笑顔を浮かべて皆に一緒にいる。
桑山以上におばさんぽい恰好で百合もいた。
玲も隆也達よりも黄色い髪を後ろに束ねた玲もいる。
皆の陰に隠れるようにしながら律子もいる。
みんな笑顔だ。
昌郎は嬉しくなった。
今まで、クラスの皆は秀明が試合に出ることを話題にしたことはなかった。
勿論、頑張って等と声を掛けてくれることもなかった。
秀明が好きで試合に出るんだから、自分達には何の関係もないというような様子だった。
しかし、彼等は内心、秀明の試合出場のことを心配してくれていたんだ。
きっと、回りであまり騒ぎ立てると、秀明を緊張させてしまうと思って、皆で、そっとしておこうと話し合っていたのだろう。
一見、無関心を装いながら、実は彼等なりの配慮があったのだ。
昌郎は、皆の顔を見回して言った。
「みんな、よく応援に来てくれたな。びっくりしたよ」
 秀明も、今日、初めての大きな声で礼を言った。
「みんな、ありがとう」
 秀明の表情が明るくなった。
誰も頑張れとは言わなかったが、寅が皆の代弁をするように言った。
「秀明の練習を、皆、蔭で応援していた。よくやったと思う。だから自信を持って試合に臨んでくれ」
「そうだよ、皆、よくやるよって、半分呆れてた」
芽衣也が冗談交じりに言った。
「え、誰も呆れてなんていないぜ、感心してたよ。あのひ弱な秀明が、よくもまあと」
隆也が、そう混ぜっ返すと、皆は一斉に笑った。
緊張はしていたが、秀明の硬い表情が柔らかくなった。
そして、やるぞと自分に言い聞かせることができた。



◆その142
部 活 (19)

 秀明と昌郎は、グラウンドに降りていった。
2年生の面々は、観客席に移動した。
200人ほどの人達が、学校毎にかたまって屋根の架かったメインスタンドにいた。
2年の皆も、その一画に陣取った。
フィールドでは、女子の走幅跳びが終わり、男子の円盤投げが始まっていた。
トラックでは女子100メートルハードルが済み、男子100メートルの予選が時間通り進んでいた。
この次が、秀明が出場する5千メートル。
徐々にその時間が近づいてきた。
10時少し過ぎに男子100メートル予選が終わった。
いよいよ、5千メートルの競技が始まる。秀明は緊張した。
「何時ものように、アドバイスされたことを忘れずに走ってこい。大丈夫だ」
 昌郎は、そう言って秀明をトラックに送り出した。
アナウンスが選手達の名前を告げた。
小山田秀明と広いグラウンドに響き渡った時、自分の名前だと分かっていても、同姓同名の誰かの名前のような複雑な気分で聞いた。
胸と背に付けたナンバーは216。
2年生16人の意味である。
「只今の気温は16.5℃、湿度69%、北東の風0.5メートル」
アナウンスは温度、湿度、風の状況を知らせた。
「セット」
 選手達はスタートラインに並んだ。
号砲が鳴って、選手達は一斉にスタートした。
秀明は、横に黒い線が入ったランニングシャツと黒のランニングパンツ、ナンバーは216。
応援するクラスメートは、秀明の姿を注視した。
1周が400メートル。
1周目、選手達は塊の状態で走った。
2周目に入ると、その塊は前に5人と後に6人という2つになった。
3週目に入ると前の集団と後ろの集団の間が広がっていった。
秀明は前の方の五人の中にいた。
はじめは黙ってみていた虎たちは、声を出して応援し始めた。
この声援が秀明に届いているかどうかは分からない。
しかし、声を出して応援したい気持ちになっていた。
メインスタンドの下、トラックの前で見ている昌郎の前を通過する秀明に声援を送った。
「その調子だ。マイペースで走れ」あっという間に昌郎の前を走り過ぎていった。
トップを走っている選手は徐々に前の集団をも引き離して、一人独走態勢に入った。
トップと2位から5位までの集団は3メートル、4メートル、5メートルと差が付いていった。
秀明は2位になって走ることもあった。
クラスメート達は声援に力が入った。
4周目・5周目は、秀明は2位から3位、4位と順位を下げていったり、また持ち直して2位を走ったりと、順位を目まぐるしく変えながら走った。
「4位になってしまった」そう落胆する声に「大丈夫だ、2位から5位までは、全く差がないから、また順位を上げてくる」強気の声が重なった。
「もう、秀明ったらはらはらさせるんだから」芽衣也が言うと、「お前、5千メートル走れるか」隆也が睨みながら言った。
「走れない」「そうだろう。秀明の気持ちになって応援しろ」「そうだね」芽衣也は素直に頷いた。



◆その143
部 活 (20)

 6周目に入った。
秀明は息が苦しくなってきた。
このまま走ることが出来るのだろうか。
まだ半分も走っていないのに、最後まで何が何でも走りきらなくてはならない。
しかし、呼吸の苦しさは段々強くなっていくように感じた。
トップを走る選手は、2位〜5位の集団から、10メートル以上前を走っていた。
秀明は5位になった。
このまま、この集団から脱落したら、どんどんと順位が落ちていくだろう。
5位でもいいから、この集団に食らいついて行くしかない。
そう自分を鼓舞した。
4位の選手が、すぐ目の前を走っている、この選手が少しスピードを上げた。
秀明は、この選手から離れないようにぴったりと付いた。
前の選手が一人抜いた。
そして秀明も一人抜いた。
前の選手は更にもう一人の選手を抜き3位になった。
秀明は必死になって前の選手の背中を追うように走った。
秀明は、もう一人の選手を抜いた。
秀明は3位になつた。
前の選手の名前も学校も知らない。
ただ、背に付けている番号だけしか知らない。
しかし、何故か彼に親近感が湧いた。
不思議な気持ちだった。
親友のような気持ちにすらなった。
彼と自分は一心同体。
そんな風に思えた。
秀明が追い越されると、前の選手も追い越される。
しかし、また踏ん張って走り、追い越した選手を彼が抜きかえす。
秀明も同じように抜きかえす。
二人は3位・4位、4位・5位、そして2位・3位と何処までも連なって走った。
そんな風にして彼の背中を見ながら走っていると不意に呼吸が楽になってきた。
重い足が、少しずつ軽くなって行くような感じになっていた。
不意に秀明は、中学生の時のことを思い出した。
理由が分からないまま、クラスの皆が、彼に背を向けた。
誰も彼に話し掛けなかった。
友達は顔を合わすと不意に顔を背け、背中を向けて遠ざかっていった。
そんな状態のまま、卒業式を迎え中学校をあとにした。
鈴が丘高校の定時制に入学した。
同じ中学校から誰も、この学校へ進学していない。
若干の女子が全日制にいるが、その人達とは全く関わりが無い。
秀明は、この高校に入学して、自分を取り戻すことが出来た。
今、前の選手の後姿を見ながら必死に走っている。
しかし、名前も知らない彼の背中は温かかった。
苦しい走りを一緒に頑張っている、一緒に頑張ろう、そんなメッセージが伝わってくるような背中だった。
秀明は彼の背中に励まされて走り続けた。
鐘の音が響いた。
1位を走る選手にあと一周だと知らせる鐘だ。
1位から200メートル約半周以上の差が付いている。
2位もほぼ確定するような位置で走っていた。
3位は背中の彼、4位が秀明。
背中の彼にあと一周という鐘が響いた。
すぐ秀明の鐘も響いた。
そして5位の選手の鐘も。
秀明は思った。
ここで、背中の彼を、抜いて3位になろう。
あと一周の勝負だ。
秀明は最後の力を振り絞った。
そんな秀明の気持ちが伝わったのか、背中の選手は、秀明がスピードを上げると、それに拒むようにスピードを上げた。
差は縮まらない。
秀明は苦しい呼吸で自分の力を出し切って走った。
あとゴールまで50メートル。
秀明が背中の彼を抜きそうになった。
ほとんど並ぶように走った。
背中の彼の横顔が見えた。
彼も秀明の顔を見た。
負けないぞ、彼はそう言っているように思った。
秀明も負けたくないと必死に走った。
あとゴールまでわずかという所まで、二人は並んで走った。
もしかしたら一緒にゴールするのだろうかと秀明が思った時、ぐんと風を切るように背中の彼が踏み出した。
僅差で、秀明は4位となった。
ゴールで待っていた昌郎が、蹌踉けるようにスピードを落とす秀明を抱きかかえるようにして抱えた。
「よく頑張った。よく走りきった。秀明は凄い」
 昌郎は、何度もそう繰り返して秀明の健闘を称えた。
「先生、僕5000メートルを走りきりました」
息を切らしながら、秀明もまたそう繰り返していった。
スタンドにいるクラスメート達の声が聞こえた。
「やったぞ、秀明」
 彼等は口々にそう叫びながら、秀明の健闘をねぎらった。
秀明は、皆がいるスタンドの方を向いて、大きく手を振った。
クラスメート達の中に長津山教頭と福永先生の姿が見えた。
彼等も満面の笑みで、秀明を見ていた。
走りきった喜びが、一層大きくなった。
 秀明の前に男子生徒が立った。
あの背中の生徒だ。
「キミのお陰で、俺は頑張れた」
そう言いながら右手を差し出した。
秀明は、遠慮がちに彼の手を掴んだ。
その秀明の手がぐっと力強く握られた。
秀明は自分の手に力を込めて握り替えした。
「僕の方こそ、キミの背中に支えられ、完走できた。どうも有り難う」
彼等は、手を握り合ったままで何度も上下に揺らした。
「俺は、三の橋高校の森航大」
「僕は鈴が丘高校の小山田」
彼等はそう名乗りながら笑い合った。
今日は一生懸命走った。
彼等は互いに、その褒美を貰ったように思った。
今回の5000メートルの試合は、エントリーした選手が11人で、即決勝だったので、3位までは全国大会に出場できる。
秀明は惜しくも4位だった。
全国大会へのキップはとれなかったが、そんなことは関係なく、試合に出て本当に良かった、そして来年も5000メートルの試合に出て森と一緒にまた走りたいと強く思った。
雨は降っていなかったが、曇り空だった。
しかし、秀明の心は爽やかに晴れ渡っていた。



◆その144
もう一つの部活 (1)

 都定通総体のバスケットボールの試合は、陸上競技の1週間後に行われた。
鈴ケ丘高校定時制のバスケットチームは、俄仕立てというところ。
正式な部員は4年生の3人だけ。
そこで、試合のために急遽掻き集められたのが、2年生の長山寅司と町井大介の2人、そして1年生の2人。
2年生の2人は運動神経もよくバスケットも上手いが、1年生の2人は中学時代、同じ学校で一緒にバレーボール部に所属していたが、正選手として試合に出たことはなかった。
運動能力も高いとはいえないが、そんな2人は福永の呼び掛けに応じて、自らバスケットボール部に入ってきた。
まあ、やる気はあるのだろう。
担任でバスケット部顧問の福永はそう思った。
この7人が一緒に練習したのは、1週間だけである。
それも、授業が終わってから放課後、夜9時から10時までの1時間。
1週間といっても土・日曜日は練習はしないから、実質5日間で5時間だけしか練習していない。
そんな練習でも分かったのは、1年生の2人は基本的なルールも知らないということだった。
福永は、学校が始まる1時間前に彼等を登校させて、ルールと基本的な動きの指導をした。
実際の試合では最初から最後まで、4年生と2年生の5人が戦ってくれれば、1年生が試合に出なくとも済むだろうという思ったが、今回少しでも練習をしていれば、これからのバスケットボール部の練習にも繋がるだろうという気持ちもあった。
いよいよ試合当日。
スターティングメンバーは、4年生の3人と寅司と大介。
だが、4年生の選手3人はヤンチャ揃いで、バスケットボールの試合というより、殴り込みといった雰囲気で、最初から肩を怒らせながらプレーしているというような有様だった。
此方の雰囲気を察知して相手チームも殺気立っていた。
その中で、冷静にプレーしているのが寅司と大介の2人。
彼等は、反則ぎりぎりの妨害やブレーが続く中でも、相手の挑発に乗らずにプレーしていた。
しかし鈴ケ丘高校の4年生3人は、プッシングやホールディング、チャージングなどのパーソナルファールの連発で、第2クォーターで4年生選手の1人が、そして第3クォーターでもう1人4年生が退場ということになってしまった。
残った4年生は、仲間二人がいなくなった後、すっかり弱腰になってしまった。
仲間と連んでいる時は威勢が良いが、一人になると何も出来なかった。
退場になった4年生2人の代わりに1年生男子2名が補充されたが、少しは練習してきたとはいっても、いざ試合になると上がってしまいルールも定かではなく、彼等は3秒ルールやダブルドリブルなどのファウル・バイオレーションも取られる始末だった。
寅司や大介の好プレーはあったものの、鈴ケ丘高校は、大差で負け1回戦で敗退となった。
そんなバスケットボールの試合に比べると、4位という結果ではあったが、陸上競技5000メートルに参加した小山田秀明の奮闘が光った。
長津山教頭は、定時制の50人ほどの全生徒を図書室を兼ねた会議室に集め、秀明への賞状伝達を行った。
 定通制の高校総体が終わつて1週間ほど経った。
1時30分からの職員打合せが終了した直後に、事務主査の所沢直介が一本の外線電話を受け取った。
三の橋高校定時制の森先生という方から、陸上部顧問の先生に繋いで欲しいと電話が来ているけれど、木村先生でいいでしょうかと昌郎は聞かれた。
高校総体に秀明が出場することになり、急遽昌郎が担当ということになっただけで、彼には自分が陸上部の顧問という認識は全くなかった。
しかし、三の橋高校といえば、5000メートルの試合で、秀明と3位を争った生徒の高校であり、試合の後で名前は聞かなかったが顧問同士で軽く挨拶は交わしたことを思い出し、あの先生なのだろうと思いながら昌郎は電話を受け取った。



◆その145
もうひとつの部活 (2)

 「はい、陸上部を担当しています木村ですが」
「突然にお電話を差し上げて、申し訳ありません。私は三の橋高校定時制の常山と申しますが、先生は総体の時5000メートルの選手小山田君に同行していた先生でしょうか」
電話の向こうから恐縮している様子の声が聞こえてきた。
「はい、小山田に同行した者です」
「すみません。お忙しい中、電話を差し上げて」
「いいえ、忙しい時間帯でありませんから、大丈夫です」
「有り難うございます。少し伺いたいことがあって電話しました。小山田君とうちの森航大が総体の試合後、何度か会って一緒に走っているらしいんですが、ご存じでしたか」
昌郎は、彼等が会って一緒に走っていることを知らなかった。
しかし、その話を聞いて嬉しくなった。
「そうですか。知りませんでした」
「私も、昨日聞いたばかりなんです。なんでも、あの駒場競技場のランニングコースで走っているとのことで、安全面は大丈夫だなと思いました」
「あれだけの僅差で競った好ライバル同士、意気投合したんでしょうね」
「そのようです」
「お世話になっています」
「いえ、私も何も知らなかったし、お世話など全くしていません。彼等の自主練ですから。伺いたいのは、その事ではないんです」
「なんでしょうか」
「森が小山田君から青少年赤十字のことを聞いて興味を持ち、我が校でも青少年赤十字に加盟できないだろうかと相談されたんです」
「あ、そうですか」
「でも、私は全くその青少年赤十字というものを知らないので、どんな活動をするものなのか、どんな手続きが必要なのか、お聞きしたいと思って電話をしました」
「自分も、良く分からないのですが、高校時代の友達が青少年赤十字部の人達と一緒に募金活動とか近くの保育園への訪問、それから献血の呼びかけなんかをやっていました」
「募金活動や施設への訪問などは、色々なサークルでもやっていますね」
「そうですね。青少年赤十字活動は、何かしなければならないというものは、何もないんだそうです」
「それじゃあ、わざわざ加盟しなくてもいいんじゃないですか」
「自分も最初はそう思いましたが、活動をするにあたっての考え方の基盤に、赤十字精神があるということです」
「赤十字精神?」
「はい、赤十字精神です。それは、人道というものです」
「じんどう、ですか」
「ええ、人の道と書いて人道です」



◆その146

もう一つの部活 (3)


 昌郎も、「人道」という言葉を秀明から聞いて、その意味が分からなかった。
調べてみるうちになるほどと思った。
「人間の命と健康を守る、苦痛を予防し軽減する、人としての尊厳を確保する」このことが人道の根本。
救急法の講習会、災害時の救助活動、国内外を問わず困っている人への支援、献血事業、募金活動などを赤十字は行う。
また「人道」の敵は利己心、無関心、認識不足、想像力の欠如。
誰しも自分のことが一番大切、つまり皆大切な存在なのだから、他者のことも考えること。
マザー・テレサも「愛情」の対語は「憎悪」ではなく「無関心」と言っていた。
苦しんでいる人、困っている人は自分とは関係ない存在だと切り捨てる。
そして幸せになる存在である人達に関心をよせようとしない。
今、この世の中がどんな状況か、その為に人々が如何に苦しんでいるかを知ろうともしないこと。
家がなく寒い外で眠らなければならない人、食べ物が充分に食べれない人がどんなに辛いかなどを想像しないこと。
それらは全て人道に反する。
 昌郎は、この考えに深く共感した。
自分の高校生時代、由希が生徒会の皆と一緒に募金や保育所などの訪問活動をやっていたことを思い出していた。
きっと由希は、赤十字活動の人道について知っていたのだろう。
だからこそ、熱心に青少年赤十字部の活動に協力していたのだと思った。
秀明によって、色々なことに気付かされた。
教師を育てるのは子ども達、そんなことを強く思った。
秀明が生徒会の皆を巻き込んで取り組んでみたい活動を、昌郎は応援したいと思うようになっていた。
高校1年生の時、由希に頼まれて応援団員になった。
最初は何で自分が応援団に入らなくてはならないのかと思ったが、気が付いてみると応援団活動にのめり込んでいた。
そして高校の時は勿論、大学の四年間も応援団員として活動した。
そのことは自分の誇りだ。
やって良かったと心の底から思っている。
そして今、赤十字の事について何も知らないまま、教え子から頼まれて青少年赤十字同好会の顧問になった。
この出会いは、何か自分に与えてくれるような予感がした。
由希から応援団になって欲しいと頼まれた時と同様の心の高揚を感じるのだった。
昌郎は、最近知ったばかりの青少年赤十字のことについて、常山に熱く語っていた。
「そうですか。分かりました。私も、此方の副校長先生に、青少年赤十字の加盟についてお願いしてみたいと思います」
「自分の説明だけでは、様々な点がきちんと伝わらないと思います。東京都支部に電話して聞いてみても良いと思います。丁寧に教えてくれますし、分かり易い資料なども送ってくれます。頼めば、学校まで説明にも来てくれると思います」
「先生の説明で大体分かりました。有り難うございます」
常山は、そう言って電話を切った。



◆その147
もう一つの部活 (4)

 常山から電話が来て1週間ほど経った日、再度、電話があった。
三の橋高校定時制でも校長から青少年赤十字への加盟が許可され、登録の手続きをしたとの連絡だった。
「それは、良かったです。秀明も、定時制の仲間が出来て心強いと思います」
そう話す昌郎に、常山は一つの提案をした。
「青少年赤十字活動のこともさることながら、一度、彼等のランニング練習に付き合ってみたいと思っているのですが、先生も一緒に行きませんか」
 昌郎も、彼等の練習の様子を見てみたいと思っていたところだった。
常山の提案に即座に同意した。
「自分も、彼等の練習を見てみたいと思っていました。是非一緒に」
「早速ですが航大に聞いたところ、今度の日曜日に駒沢オリンピック公園で、また走る予定だそうです。次の日曜日、木村先生のご都合はどうですか」
「何も予定は入っていません。でも彼等だけで練習したいと思っているのではないでしょうか」
「それだったら、大丈夫です。航大の話では、秀明君も木村先生を誘いたいと話しているそうです。もしかしたら今日あたり、秀明君から木村先生に話があるかもしれませんよ」
 常山が言っていたように、その日の放課後、秀明から昌郎に日曜日の練習について話があった。
昌郎が、その事について、今日電話で常山先生から連絡があったことを秀明に伝え、自分も是非行きたいと話した。
秀明は、嬉しそうに顔を綻ばせた。
 次の日曜日。7月初旬の空は晴れ渡っていた。
これから本格的な暑さになる前の清々しい朝、昌郎達は「駒沢大学駅」の改札口で待ち合わせ、4人一緒に駒沢オリンピック公園に向かった。
昌郎と常山が会うのは二度目。
初対面に近かったが、電話での遣り取りもあって直ぐに打ち解けることが出来た。
秀明と航大は何度も一緒に練習しているだけ、既に身近な友達という雰囲気で、何が楽しいのか肩を叩き合うようにして笑いながら昌郎と常山の少し前を歩いていた。
前を歩く教え子達の様子を見ながら、昌郎は、とても嬉しくなった。
そんな気持ちが常山に通じたのか「彼等を見ていると良い仲間が出来たなと嬉しくなりますね」と話し掛けてきた。
駒澤大学駅から駒沢オリンピック公園までは十分ほどの道程。
その途中のコンビニで彼等は昼食の弁当と飲み物を買った。
その時には既に昌郎と常山も気心の知れた仲間のような気持ちで接し始めていた。
駒沢オリンピック公園に着いてから、彼等は入念に準備体操をした。
そして、先ず初めに4人で2,140メートルのジョギングコースを一周した。
昌郎と常山はその一周で走るのを終え、木陰の芝生で休みながら様々な話をした。



◆その148
もう一つの部活 (5)

 常山と会って話すのが2度目だったが、同じ定時制課程の高校に勤務していることや同年代と思われて、昌郎は打ち解けた気持ちで話すことが出来た。
常山も同じ気持ちだった。
実際のところ常山は、3年間常勤講師として教壇に立ち、本年度から本採用となっているので、年齢は昌郎より3歳年上だった。
「自分よりも3年先輩なんですね」
「社会人になれば、年齢の上下などまったく関係ないと思う。私達は、同じ教員同士。これからは、そんな気持ちで付き合いたいですね」
「そう言って貰えると、有難いです。色々と相談に乗って貰うこともあると思うけど、宜しくお願いします」
「いや、此方こそ宜しく」
常山が3年間常勤講師を務めた学校は全日制だったと言った後で「今年、初めて定時制高校に勤務したけれど、私には、定時制教育が性に合っていると思っている」と続けた。
「性に合っているというよりも、遣り甲斐を感じるといった方が良いかも知れないな」
新米教師の昌郎は毎日が手探り状態で、遣り甲斐のある仕事かどうかなど考える余裕もなかった。
それどころか、これから自分が本当に教師としてやっていけるのだろうかと思うこともあった。
「遣り甲斐ですか」
「そう遣り甲斐だ。常勤講師の2年目3年目は、担任をさせて貰ったし部活の指導もやらせて貰った。そこでも遣り甲斐はあった。だから私は教師としてずっと頑張っていきたいと思って本採用を目指して3年間頑張ってきた。そして今年やっと本採用になった。初任の学校も全日制の学校だろうと思っていたので、定時制に勤務することになった時は、私に定時制での勤務が務まるのだろうかと不安になった。しかし、実際に定時制の教師をやってみると、言葉では言い表せないけれど、全日制より自分を必要としている子ども達が、多くいることを肌で感じた。これは全日制で経験したことがなかった感覚。もしかしたら、やっと本採用になれたという思いが、気持ちの中にあって、そう感じたのかも知れないが、それだけではないと思う。まだ教員としての経験は浅いが、自分が思っている教育の原点というか何というか、何かがあるように感じるんだ。木村先生は、この子達に自分が必要なんだと思ったことはありませんか」
そう聞かれて、本当に自分は生徒達にとって必要な存在なのだろうかと昌郎は自問したが、まだ自分の中に答えはなかった。
「分からないな」
昌郎は、正直にそう答えた。
秀明と航大は更に2周走ってから、昌郎達のいる所へ戻って来た。
7月になったばかりの晴れた一日、少し気温が高くなっていたが、心地良い風が彼等を包み、ジョギングには打って付けの日となった。
彼等の他にも大勢のランナーがジョギングしていた。
野球場や球技場でも試合が行われていて、公園は活気に満ちていた。
生徒達にとって必要とされる教師とは、どのような教師なのだろうか。
昌郎の心の中に、その事が刻み込まれた。



◆その149
もう一つの部活 (6)

 夏休みの期間を利用して、青少年赤十字リーダーシップ・トレーニング・センター(以後トレセン)が開催される。
これは、青少年赤十字加盟校の児童や生徒を対象にして行われる三泊四日の研修会で、赤十字のことや青少年赤十字の活動について学習する場である。
小学生4年生以上、中学生、高校生と校種別に都内の宿泊研修施設を会場にして実施される。
秀明は中学2年生の時に一度、このトレセンに参加したことがある。
原則、その校種では一度しか参加できない。
しかし、校種が違えば、当然、研修内容も年齢に応じて異なるから、中学の時に参加していても、高校生になってまた参加できることになる。
昨年度、鈴ヶ丘高校定時制は青少年赤十字に加盟していなかったので、秀明は高校生対象のトレセンに参加することが出来なかったが、今年度は晴れて参加できる。
彼は中学生の時にトレセンに参加して様々なことを学んだ。
また色々な学校の生徒達とも友達になれた。
参加して本当に良かったと思うほど、実りが多く感動的な研修だった。
その研修に今度は高校生として参加することができる。
秀明は、この研修がどんなに素晴らしいかを生徒会の役員や同じクラスの人達に熱心に話し、一緒に参加しないかと呼び掛けた。
しかし、参加してみたいと思う人もいたが、それぞれがバイトや親の看病・家事の手伝いなどで、三泊四日の宿泊研修に出るのが難しい状況だった。
三の橋高校も加盟校になったから、航大にも一緒に参加しようと誘ってみた。
航大も、バイトが休めるかどうか微妙なところだと言って、参加の即答はしなかったが、大いに興味を持ったことも事実だったし、秀明と一緒に参加して、共通の話題を作りたいとも考えた。
また、青少年赤十字とは一体どのようなものなのか、しっかりと学びたいとも思った。
思い切ってバイト先の主任に、航大は相談してみた。
主任は航大の話を聞いて、若いうちは良いと思うことは何でも経験しておくべきだと言いながら、一日の余裕をみて快く五日間の休みを許可してくれた。
航大は早速、秀明に参加できることになったとメールをすると、間を置かずに一緒に参加できることが嬉しいと秀明からの返信が届いた。
 今年度のトレセンは、8月の8日から11日までの三泊四日。
八王子にある青少年の宿泊研修施設で行われることになっていた。
秀明と航大の参加申込み書は、それぞれの学校から日赤東京都支部に提出された。
参加決定通知と注意書きを記した文書、そして参加に際して調べておく課題などが送られてきた。
秀明と航大は、駒場オリンピック公園でのランニングの練習の後、二人でその課題に取り組み参加に備えた。
 多分、トレセンの参加者のほとんどは全日制の生徒だろう。
自分一人だけが定時制の生徒でも秀明は参加するつもりだったが、航大が一緒に参加してくれることで一層参加に意欲が湧いてきた。
夏休みになるのが待ち遠しかった。



◆その150
もう一つの部活 (7)

 高等学校には従来の三学期制をとる学校と、大学のように前・後期の二学期制の学校がある。
鈴ケ丘高等学校の定時制は前者の三学期制で運営されているので、夏休みの前には一学期末テストが三日間の日程で実施される。
試験1週間前から部活動は禁止となっているが、定時制の部活動はほとんど行われていない。
運動部は高体連の都大会が終われば、誰も練習などしないし、文化部も名ばかりで日常的に活動している部はなく、そんな規則は画餅に過ぎないのだが、今年の秀明の場合は違っていた。
試合が終わった後も、来年度の試合を目指して、5000メートルの自主的な練習をずっと続けているのだ。
そして毎週日曜日には、三の橋高等学校の森航大と一緒に練習もしている。
また、今年立ち上げたばかりの青少年赤十字の活動もあり、夏休み中に行われるリーダーシップ・トレーニング・センターに向けての課題作成などもある。
これらの活動を秀明は、校則どおりテストの一週間前から休んでいた。
そんな中、試験の3日前あたりから秀明の顔色が優れなかった。
青少年赤十字の活動と走りの練習がないから、少し気落ちしているのだろうと昌郎は思った。
 定期テストは、土・日曜日を挟んで三日間で行われるように、鈴ケ丘高校の年間計画に盛り込まれていた。
金曜日に始まり土・日を挟んで月・火曜日までテスト期間が続く。
間に挟まった土・日曜日に、生徒達がテスト勉強に精を出して欲しいとの先生方の願いもあって、そのようなっている。
生徒達は、土・日を挟んで欲しくないし、皆が皆、土・日を利用して真面目に勉強するとも限らないのだが、テストが気持ちのどっかに引っ掛かっていて、勉強はしなくとも遊び呆けることもないだろうと、鈴ケ丘高校定時制の先生達は考えるのだった。
勿論、昌郎も生徒達には、土・日に少しでも勉強をして欲しいと思った。
 期末テストが始まる前日、昌郎が受け持つ2年生の世界史Aの授業は、テストの傾向の説明と、テストに向けての自習時間にした。
授業時間は何時も寝てばかりいてノートもとらない隆也や譲は、この時間、クラスメートからノートを借りて必死になって写している。
中間テストの時もそうだったと昌郎は思い出していた。
何時も昌郎に突っかかってくる芽衣也は、甘ったれた声を出して「先生、試験に出るところ教えて」と懇願する。
「それは出来ないな」というと「ケチ」とそっぽを向いた。
万里は、忙しく手を動かして重要だと覚しき項目を書きなぐって暗記している。
他の生徒達も真剣な顔をして自習していた。
そんな中で天宮準一だけは教科書やノートを開かず、ぼんやりと前を見て座っていた。
騒ぐわけでも他人の勉強の邪魔をするわけでもないが、昌郎は、そばに行って小声で「勉強しないのか」と聞くと、もうテスト範囲の全部を勉強してしまったと言った。
準一は今年、進学校から転校してきた生徒で、必死になって勉強している風もないのだが、中間テストでは、よい成績を修めていた。
やはり進学校に入っていただけはあるなと思ったが、全ての科目で満点か、それに近い成績をとっている「おかあちゃん」と皆から慕われている桑山琴絵だけには適わなかった。
彼だったらトップをとってもおかしくないだろうに、こんな風なら、また桑山さんには適わないだろうと昌郎は思った。
自習をしている生徒達の机間を、昌郎は生徒一人一人の様子を見ながら歩いた。
今日の最初のホーム・ルームの時から気になっていた秀明は、やはり自習しながらも渋い顔をして右足を摩っていた。
秀明の席に近寄って、小声で「どうした」と昌郎は聞いた。
「一週間ほど、ここが痛いんです」
右足の膝の上あたりを摩りながら秀明が言った。



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