[連載]

   141話 〜 142話      ( 佳木 裕珠 )


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◆その141
部 活 (18)

 日曜日、朝起きた時には細かな雨が降っていた。
本格的な雨ではなかったが肌寒かった。
秀明と昌郎は新宿で待ち合わせ、一緒に駒沢オリンピック公園に向かった。
昌郎は大学時代によく来ていた所だったが、大学を卒業して社会人となり教師という立場で生徒を引率している今は、何か新たな場所に来たような気持ちになっていた。
東急田園都市線の「駒澤大学」駅で降り、自由通りを駒沢オリンピック公園に向かって歩いた。
空は曇っていたが雨は止んでいた。
秀明は既に緊張しているようで、新宿から此処まで、ほとんど口を開かなかった。
公園内の道を多くの人達が走っていた。
そのランナー達を見ながら、陸上競技場に通じる北に面した階段を上ると、一気に視界が広がって、陸上競技場と体育館の間に広がる中央広場に出た。
秀明も何度か来ている場所だった。
多くの人達が、それぞれの場所で様々な活動を既に始めていた。
秀明はオリンピック記念塔を見上げて、暫く動かなかった。昌郎が促した。
「秀明、行くぞ」
 昌郎の方を見て秀明は、こくりと頷いた。
2人は並んで陸上競技場の入口に向かった。
入口の門扉の前に10人ほど人が固まっていた。
おやと、思った。
背の高い男子は、紛れもなく2年生の康男だ。
彼の回りを改めて確かめると、昌郎が担任する2年生の顔が並んでいた。
彼等は、秀明と昌郎を認めると一斉に手を振った。
「秀明、木村先生。応援に来たよ」
 大きな声で大西芽衣也と小枝万里が叫んだ。
そこにいるのは、確かに鈴が丘高校定時制の2年生だった。
「秀明、皆、お前を応援に来たんだな」
 意外だった。
金曜日の下校時に誰も、試合の応援に来るなんて言わずに、さっさと帰って行った。
昌郎も、別段、応援に来いとも言わなかった。
ただ、日曜日に、秀明が5000メートルの試合に出ることは伝えた。
がんばれよと声を掛けてくれたが誰も応援に行くからなんて言わなかった。
きっと俺達を驚かそうと思って、黙っていたんだろう。
秀明には、クラスメートの気持ちが嬉しかった。
昌郎も感激していた。
見渡すと、2年生全員がいた。
陸上競技は、他の競技よりも1週間早く実施される。
バスケットボールの試合とも重ならないから、寅も大介もいた。
陽明も準一もいる。
普通の土日はバイトに専念している隆也と譲も、長目の茶髪を格好良くまとめて、すかしている。
桑山さんも何時もの優しい笑顔を浮かべて皆に一緒にいる。
桑山以上におばさんぽい恰好で百合もいた。
玲も隆也達よりも黄色い髪を後ろに束ねた玲もいる。
皆の陰に隠れるようにしながら律子もいる。
みんな笑顔だ。
昌郎は嬉しくなった。
今まで、クラスの皆は秀明が試合に出ることを話題にしたことはなかった。
勿論、頑張って等と声を掛けてくれることもなかった。
秀明が好きで試合に出るんだから、自分達には何の関係もないというような様子だった。
しかし、彼等は内心、秀明の試合出場のことを心配してくれていたんだ。
きっと、回りであまり騒ぎ立てると、秀明を緊張させてしまうと思って、皆で、そっとしておこうと話し合っていたのだろう。
一見、無関心を装いながら、実は彼等なりの配慮があったのだ。
昌郎は、皆の顔を見回して言った。
「みんな、よく応援に来てくれたな。びっくりしたよ」
 秀明も、今日、初めての大きな声で礼を言った。
「みんな、ありがとう」
 秀明の表情が明るくなった。
誰も頑張れとは言わなかったが、寅が皆の代弁をするように言った。
「秀明の練習を、皆、蔭で応援していた。よくやったと思う。だから自信を持って試合に臨んでくれ」
「そうだよ、皆、よくやるよって、半分呆れてた」
芽衣也が冗談交じりに言った。
「え、誰も呆れてなんていないぜ、感心してたよ。あのひ弱な秀明が、よくもまあと」
隆也が、そう混ぜっ返すと、皆は一斉に笑った。
緊張はしていたが、秀明の硬い表情が柔らかくなった。
そして、やるぞと自分に言い聞かせることができた。



◆その142
部 活 (19)

 秀明と昌郎は、グラウンドに降りていった。
2年生の面々は、観客席に移動した。
200人ほどの人達が、学校毎にかたまって屋根の架かったメインスタンドにいた。
2年の皆も、その一画に陣取った。
フィールドでは、女子の走幅跳びが終わり、男子の円盤投げが始まっていた。
トラックでは女子100メートルハードルが済み、男子100メートルの予選が時間通り進んでいた。
この次が、秀明が出場する5千メートル。
徐々にその時間が近づいてきた。
10時少し過ぎに男子100メートル予選が終わった。
いよいよ、5千メートルの競技が始まる。秀明は緊張した。
「何時ものように、アドバイスされたことを忘れずに走ってこい。大丈夫だ」
 昌郎は、そう言って秀明をトラックに送り出した。
アナウンスが選手達の名前を告げた。
小山田秀明と広いグラウンドに響き渡った時、自分の名前だと分かっていても、同姓同名の誰かの名前のような複雑な気分で聞いた。
胸と背に付けたナンバーは216。
2年生16人の意味である。
「只今の気温は16.5℃、湿度69%、北東の風0.5メートル」
アナウンスは温度、湿度、風の状況を知らせた。
「セット」
 選手達はスタートラインに並んだ。
号砲が鳴って、選手達は一斉にスタートした。
秀明は、横に黒い線が入ったランニングシャツと黒のランニングパンツ、ナンバーは216。
応援するクラスメートは、秀明の姿を注視した。
1周が400メートル。
1周目、選手達は塊の状態で走った。
2周目に入ると、その塊は前に5人と後に6人という2つになった。
3週目に入ると前の集団と後ろの集団の間が広がっていった。
秀明は前の方の五人の中にいた。
はじめは黙ってみていた虎たちは、声を出して応援し始めた。
この声援が秀明に届いているかどうかは分からない。
しかし、声を出して応援したい気持ちになっていた。
メインスタンドの下、トラックの前で見ている昌郎の前を通過する秀明に声援を送った。
「その調子だ。マイペースで走れ」あっという間に昌郎の前を走り過ぎていった。
トップを走っている選手は徐々に前の集団をも引き離して、一人独走態勢に入った。
トップと2位から5位までの集団は3メートル、4メートル、5メートルと差が付いていった。
秀明は2位になって走ることもあった。
クラスメート達は声援に力が入った。
4周目・5周目は、秀明は2位から3位、4位と順位を下げていったり、また持ち直して2位を走ったりと、順位を目まぐるしく変えながら走った。
「4位になってしまった」そう落胆する声に「大丈夫だ、2位から5位までは、全く差がないから、また順位を上げてくる」強気の声が重なった。
「もう、秀明ったらはらはらさせるんだから」芽衣也が言うと、「お前、5千メートル走れるか」隆也が睨みながら言った。
「走れない」「そうだろう。秀明の気持ちになって応援しろ」「そうだね」芽衣也は素直に頷いた。



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