[連載]

 171話 〜 175話     ( 佳木 裕珠 )



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◆その171
文化祭(6)

 「万里に、何かアイデアがあるか?」
そう寅司に聞かれた万里は、徐に立ち上がると、クラスの皆をゆっくりと眺め回してから言った。
「皆、日中何か仕事をやってから、夜に学校へ来て勉強するの疲れない? 疲れるよね。私は疲れる。全日の生徒達がさ、帰宅する時間帯に私達は学校に来て、それから授業受けるんだよ。日中の仕事で疲れてさ、それでも学校に来るんだよ。全日の生徒達が、日中、机の前に座って勉強している時、私達はバイトやパートで仕事をしている。家にいる人は、家族の介護や家の仕事を手伝っている。寅は日中、家造っているんだよね」
「当たり前だよ、大工だもの」
「隆也や譲は、道路造っているんだよね」
「道路造っているって言ったって、ほとんど交通整理と穴掘りだぜ」
「俺達、胸張って道路を造っていますと言えるかな」
隆也と譲は、互いに顔を見合わせて苦笑いした。
「何言っているのさ。立派に仕事しているじゃないの。あんた達が頑張っているから道路が造れるんだよ」
百合は、視線を大介に移して言った。
「大介は、朝早く起きて新聞を配達してからボクシングの練習そして夕方にも夕刊配達。それから学校だよね」
そう言われた大介は
「俺には、チャンピオンになる夢があるんだ」
と胸を張った。
百合も胸を張った。
「私にだって、夢がある。だから頑張っている。家族のために家事と看病で日中を過ごしている人だっている。康男は、学校が終わってから街に出て、歌を歌っている。大きな夢を持って。ビッグなミュージシャンを目指してね。桑山のおかあちゃんの事も、全日の人達に知って貰いたい。皆、日中様々な事をして、それから学校に来ている。律子は、一流の大学目指しているんでしょう。だから日中は塾に通っているんだよね。そんな私達の日常を知って貰いたいと私は思うの。だから私達一人ずつの1日を紹介するような展示をしたいと思っている。皆、日中にどんなことをして、そして夜に登校しているのか。私達にはどんな夢や希望があるか。そんなことを堂々と発表したら、全日の子達が、私達定時制で学ぶ生徒達を特別な目で見ることがなくなるのじゃないかと思う。私達はもっと定時制で学んでいることを誇りに思っていいと思う」
「私、日中あんまり頑張っていないよ。何日かコンビニでバイトしているけどさ。全日の生徒には、学校終わってから、夜コンビニでバイトしている子もいるよ。その子も偉いと思う。定時制の生徒だけが頑張っているわけじゃないよ」
芽衣也は、そう言って万里の提案に反対した。
「でもさ、芽衣也にだって夢あるでしょう」
「夢か。ある様で無いような」
芽衣也は、少し言葉を濁した。



◆その172
文化祭(7)

 万里は、芽衣也に笑顔を向けて言った。
「あるわよ。芽衣也、何時だったか、女を磨いて銀座の夜の蝶になって、銀座に店を持つんだって言っていたじゃない」
二人でそんなことを話したことを芽衣也は覚えていたが、それを忘れずにいてくれた万里に驚いた。
「万里、そんなこと、よく忘れないで覚えていたね」
「その話を聞いた時、ああ、そんな考えもあるんだって、結構衝撃的だった。そして、芽衣也のこと見直したよ。だから忘れないわよ」
「そのことを、同じ中学校を卒業した全日の子に話したら、不健全な夢ねって鼻で笑われたよ。あの子達にとって、私の夢は健全じゃないし、アウトローなんだわ、きっと」
「そんなことない。芽衣也の夢は、芽衣也のもの。あんたの夢は、簡単に実現するものじゃない。それはそれなりに大変な努力と苦労が必要だと思う。芽衣也の夢が実現したら大したものだよ。それだって、立派な生き方だと思う」
「そう思う? 万里、本当にそう思う」
「本当に思っているから言うんじゃないの」
「じゃあ、私は万里の提案に賛成する」
クラスの皆は、簡単に自分の言葉を覆して平然としている芽衣也に苦笑したが、彼女の夢を否定はしなかった。仲間達一人一人の個性ある夢を皆が認めている、そんな雰囲気が話し合いの中に存在していることを昌郎は、とても嬉しく感じた。そして、クラスの仲間の苦労と心の傷を知っているからこそ、互いを否定し合うのではなく認め合おうという気持ちが芽生えているのだと、昌郎は思うのだった。
突然、天宮準一が立ち上がった。皆、驚いて彼を注視した。とつとつと準一が語り始めた。
「俺さ、今年この学校に転校してきた」
「そんなこと、言わなくたって皆知っているよ」栄大がぼそりと言った。陽明も小さく頷いた。そんな二人を見て、準一は言葉を続けた。
「その理由、皆、薄々知っているよね。単刀直入に言って、俺、前の学校の授業について行けなかった。テストは何時もビリ、しかも赤点かそれに近い点数。俺、中学の時、自分は頭良いんだって思っていた。自信があった。でも、俺ぐらいの奴は、何処にでも、ざらざらいるって事に、高校に入ってから気が付いた。自慢なんかで言うんじゃないけれど、俺の兄貴、東大生なんだ」
へえーという声が皆から洩れた。
「だから、俺も当然東大に入れるんだって、中学の時に思っていた。でも、兄貴と俺は、別個の人間。兄貴が東大に入れたからと言って、俺が東大に入れる保証は何処にもない。前の高校に入って、それを嫌と言うほど知らされたよ。本当のことを言えば、俺は挫折して、この学校に来たんだ」
一瞬、教室内の空気が凍り付いた。



◆その173
文化祭(8)

 前の学校で挫折して、この鈴ケ丘高等学校の定時制に転入してきたという、準一の言葉の中には、だからクラスの皆も挫折組なんだと言う意味が込められているのだろうか。
準一は、そんな上から目線でこの鈴ケ丘高校定時制の生徒を見ていたのだろうか。
そんな思いを抱き、準一の話を不愉快に思った者が多かった。
しかし準一の次の話で、そんな負の思いは消えた。
「そんな俺を、この学校はしっかりと受け入れてくれた。木村先生は、個人面談の時のだけじゃなく、そのあとで何度も時間を作ってくれ、俺の話しをじっくり聞いてくれた。前の学校じゃ、そんなことはなかった。成績が悪いのはなぜだ、なぜ身を入れて勉強しない、お前の兄は努力家で成績が優秀だった。そして東大にも入れた。いつも、そんなことばっかり言われて一年間過ごして来た。各教科の単位認定も、転校して行くのであれば、転校先に2年生で入れるように単位を認めるという暗黙の条件があった。さりげなく、それを伝えられた。俺は、留年してもう一度1年生としてやり直したいという気持ちは全くなかった。それだったら転校して2年生になる方が、まだましだと思った。でも俺は、納得して此処に転校したんじゃない。はっきり言って嫌だったよ。何で俺が定時制で勉強しなければならないんだって、マジで思った」
準一は、そこで一旦言葉を区切った。
クラスの誰も何も言わなかった。
重苦しい空気がクラスの中に流れた。
少し間を置いてからまた、準一は話し始めた。
「そんな俺の気持ちを充分に知りながら、この学校は俺を受け入れてくれた。今年4月当初は、本当に学校に来るのが嫌だった。前の学校から比べたら授業内容は簡単だし、生徒達の授業に取り組む姿勢が悪い。だから進度も大幅に遅れている。でも、各教科の先生方の教え方は丁寧で噛み砕いて分かるまで教えてくれる。そして皆は、それぞれに学校に在籍している事実をしっかりと受け止め、定時制に通っているからこそ出来ることを一生懸命やっている。そんな、皆を観ているうちに、俺、少しずつ少しずつ、この学校が好きになっていった。クラスの皆のことも少しだが分かるような気持ちになって来た。そして木村先生は、俺の話をじっくりと聞いてくれた。そして将来の目標を見付けることの大切さを話してくれた。俺はその時から、ずっと自分の目標を考え続けていた。けれど、なかなか見付からなかった。でも、夏休み中に、やっとその目的なるものを一応見付けることが出来た。それは、この学校に入ったからこそ見付けられたんだと思う。毎日、夜暗くなってから学校に通って来る皆の一生懸命な姿を見てきたからだとも思う。何も、大学に入らなく立って良いんだ。大学に入るだけが人生の価値じゃないんだと俺は思えるようになった。そして、この鈴ケ丘高校定時制の生徒として国家公務員の試験に合格しよう。いや、してやろうじゃないか。高卒は初級しか受けられないけれど、それでこそ皆の身近に関する仕事が出来るんじゃないか。そう思ったんだ。だから、俺、皆の前で宣言します。俺の目標は、国家公務員の試験に合格して国家公務員になること」
そこまで言って準一は百合に顔を向けて言った。
「百合、そんな俺の思いを発表しても良いんだよな」
百合は、目を輝かせていった。
「勿論だよ、準一」
少し経って拍手が起きた。
「流石、準一。鈴ケ丘高校のエース」
そんな掛け声も聞こえた。




◆その174
文化祭(9)

 昌郎は、彼等の話し合いに、じっくりと耳を傾けていた。
そして彼等の様子をワクワクしながら見守っていた。
今までのホームルームの話し合いで、今回のように皆が一つになって熱心に話し合う事はなかったが、今日は本気で話し合っていると感じた。
普段は何でも無いような顔をしているが、定時制で学ぶことに負い目を感じながら、陽が暮れてから登校する時に、賑やかにおしゃべりしたり、ふざけ合ったりして下校する全日制の生徒達と擦れ違う時、無意識に俯いてしまうようなところが、大なり小なり皆の気持ちの中にあるように思う。
勉強が出来ないから、家庭が貧しいから、中学の時に何かしでかしたから、そんなマイナスの要因で定時制に通っているのではないだろうかと、全日制の生徒達から見られているかも知れない。
そんな全日制の彼等に、定時制で学ぶことの意義、素晴らしさそして彼等にはない自分達の努力を知って貰いたいという思いが、何時も心の中に燻っているのだ。
彼等は彼等なりに、未来へ向かって必死に藻掻いているのだ。
此処にいる15人の生徒達が、自分の夢を全日の生徒達に向かって語りたいと、強く思い始めていることが昌郎にひしひしと伝わってきた。
昌郎は、4月当初は知らなかった彼等でなければ経験できない日々の苦労やそれに立ち向かう精一杯の努力を、定時制の教師という立場を通して否応なしに知ることになった。
たった5ヶ月あまりしか経っていない教師生活の中で、それは自分の教師としての、いやもっと大きく言えば人間としての生き方や考え方に大きな影響を与えてくれる。
生徒達の境遇や苦労そしてそれに立ち向かう精一杯の努力を知れば知るほど、自分はいかに苦労や努力が足りないかと、昌郎は思うのだった。
そんな彼等の懸命さを少しでも知って貰える機会として、文化祭での展示が出来るのならば、それは素晴らしいことだと昌郎は思った。
それは、クラスの皆も同じ思いだと感じた。
クラスの皆が自由に話しながら、一つの話題に集中している。
万里の思いとクラス皆の思いが一致した。
万里の言葉には、なんの見栄も打算もない心から出た真実味があった。
そして彼女とこのクラスの皆の切実な思いも籠められていた。
話し合いは進み、各自がそれぞれ通常の一日の朝から夜までの行動を記録した壁新聞を作るということになった。
それには写真を貼っていいし、自分達が仕事場で使う道具や仕事着を展示してもいい、また、今自分が夢中になっている趣味のことでも良いし、特技だっていい。
とにかく、その展示の中で最終的には、自分の将来の夢とそれ向かって頑張っている日常を語ろうということになった。
自分の夢を語ることは、一寸恥ずかしいところもあるだろうが、頑張る力を与えてもくれる。
そして自分を自分が認めることにも繋がる。
更には自分にとっての努力目標や今後の行動の指針見えてくる。
そして何よりも一日一日を大切にして生きて行ける。
昌郎はそう話して皆を励ました。
「先生」
万里が昌郎に言った。
「先生も、壁新聞作るんだよ」
「え、自分も作るのか」
「そうよ。先生も作るのよ」
万里は、当然という風に言った。
そして、クラスの皆も、当然だよと口々に言った。
「そうか、自分も壁新聞作るのか」
そう言いながらも、生徒達と一緒に自分の一日の紹介と夢を語ることが出来ることを、昌郎は嬉しく思った。




◆その175
文化祭(10)

 万里には、もう一つの提案があった。
文化祭の前の日に体育館を会場にして「前日祭」が毎年企画される。
全日制と定時制の展示や発表をアピールする壇上パフォーマンス、そして演劇部の発表を一般公開に先駆けてやるのだ。
全日制の展示や発表のアピールでは、各文化部長やクラスの代表が登壇して、自分達の展示や発表等を宣伝し、是非大勢で来てくださいと呼び掛ける。
定時制は、生徒会長が各展示・発表をまとめて紹介することになっているが、全日制の派手なパフォーマンスの陰に埋もれてしまうような、なんの工夫もない通り一遍の地味なものだった。
前日祭は、金曜日の午後に開催されるので、定時制の生徒達はほとんど出席できないないから、それもやむを得ないと思っているところが、参加した僅かな定時制の生徒達にはあった。
しかし、万里には不満だった。
万里は中学の頃から、家の近くにある鈴ケ丘の文化祭を、毎年、楽しみにしていた。
特に演劇部の発表が楽しみだった。
中学を卒業したら鈴ケ丘高校に入学し、演劇部に入りたかった。
しかし、大きな借金を抱え、その返済に四苦八苦している両親には、高校進学でさえも経済的な負担は掛けられなかった。
彼女は中学校を卒業してすぐ高校には入らず、2年間スーパーマーケットで働いて学費を貯めた。
本当は、鈴ケ丘高校全日制に入りたかったのだが、家計を助けるためにも、彼女は働かなくてはならない状況で、全日制は諦めなければならなかった。
定時制に演劇部がないことは知っていたが、彼女は家から徒歩で通えるので、鈴ケ丘高校の定時制に入学した。
そんな万里だったが、演劇には他の誰よりも強い関心があり、中学を卒業してからすぐ、劇団に入っていた。
どうしても演劇がやりたかったのだ。
劇団に入ってから、万里は今年で4年目になる。
小柄で目立たない自分に演技者としての花がないことは、劇団に入った当初から薄々感じていた。
それでも演劇が好きだった。
演劇は皆で作るもので、演目によって様々な役が必要。
いずれは自分に向いた役柄と出会えるだろう。
その時のためにも、今は、どんな端役でも与えられたら一生懸命にやって行くことが大切だと、万里は思った。
だから、一通行人だって、舞台に出られるだけで嬉しかった。
そんな彼女は、鈴ケ丘高校の文化祭で上演される演劇発表を毎年楽しみにしていた。
中学生の頃から万里は、文化祭の一般公開時に上演される鈴ケ丘高校全日制の演劇発表を観ていた。
昨年度、初めて前日祭での演劇の発表を鑑賞した。
前日祭での発表は、今まで観ていた一般公開時の演劇とは違った緊張感があると感じた。
前日祭の日は、アルバイトを休みにして貰った。
昨年の前日祭で観た演劇部の発表は、本格的な劇団に入っている万里からみると、まだまだ拙いところがあると思うが、それにも増して、高校生らしい懸命さが感じられ、これこそが高校演劇だと別の意味で感動した。
また、自分だったらどのように演じるだろうかと、舞台を観ながら想像するだけでも楽しかったが、その反面、前日祭での定時制の展示等の紹介には、がっかりしていた。
定時制に与えられた時間は短いから、何人もが発表するのはむりだ。
しかし与えられた短い時間を使って、もっとインパクトのある紹介方法はないだろうかと万里は思った。
昨年度の文化祭当日、定時制の方に来てくれた人達の数は、全日制の半分にも満たず、全日制の方が盛り上がっている分、一層淋しく感じたものだ。
それは、定時制の誰しもが思ったに違いない。
昨年度の文化祭が終わってから、どうすれば、定時制の方に全日制の生徒達が来てくれるだろうかと、彼女はずっと考えていた。
そして今年の文化祭を迎えるに当たって、彼女が考えたのが、スライドショーで、定時制の展示内容を伝えようということだった。
更に、そのスライドショーの中心に、2年生全員の日中の姿、夜間の勉強風景。
そして1人ずつが短く自分の夢をテロップで流すようなスライドを作り、前日祭で全日制の生徒達に観て貰いたい、そして定時制の展示に少しでも多くの人達に足を運んで貰いたいと思ったのだった。
クラスの中では、この提案にも異論は無かった。




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