[連載]

 41話 〜 50話     ( 佳木 裕珠 )



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◆その41
始業式の日(4)


 生徒会役員の自己紹介が一通り終わった。
「それじゃあ、生徒会室に移動するか。木村先生、生徒会室に行きましょう」
 福永は生徒達を促して職員室を出た。
昌郎も彼に続いた。
その後から生徒達が付いてくる。
生徒会室は2階で階段を上がったすぐのところにある教室だった。
2階には各学年の教室もあるが、まだ他の生徒は誰も来ていないようだった。
階段を上がる時、生徒達が、若い先生だとか、応援団をやっていたんだってさなどと自分のことを小声で話しているのが、昌郎の耳に入ってきた。
生徒達は、新しい先生に興味を持つ。
自分も高校時代はそうだったが、今は立場が逆転している。
昌郎は、ちょっと面映ゆかった。
生徒会室は鍵が掛かっていた。
生徒達が使う場合は、職員室に鍵を借りに来ることになっている。
福永が生徒会室の鍵を開け、皆がその部屋に入った。
部屋は普通教室と同じ大きさで、壁側に二段重ねのスチールロッカーが2つ置かれ、上の方はガラス戸になっていた。
そのガラス越しに見える中には様々な本やファイルそして文具類が乱雑に入れられている。
他の壁際には段ボールが無造作に積んであり、そのうちの幾つかは相当に古く潰れている物もあった。
部屋の中央には楕円形の大きな机があったが、その上にもノートや筆記用具、走り書きのあるメモ用紙が散乱していた。
教科書も放り出されたように何冊かあった。
床にも綿ゴミや紙屑が落ちている。
花戸玲が小山田秀明に声を掛け、二人で机の上を片付け始めた。
小山田はのろのろとした動作だったが、花戸の動作はてきぱきとしていた。
彼女の行動に刺激されて、他の生徒達も、テーブルの回りなどを片付け椅子を並べ始めた。
その様子を見ながら福永が言った。
「今はまず、今日の対面式の打ち合わせをするが、放課後に皆で生徒会室を片付けよう。こんな乱雑な部屋じゃ、良い仕事は出来ないからな。さあ皆、テーブルの回りに座ろう」
 福永が、片付けろとか掃除をしろと指示しないことに、昌郎は気が付いた。
彼は、皆で生徒会室を片付けようと呼びかけ、その皆の中に自分も入っていることを暗に示していた。
 生徒達はそれぞれテーブルの回りの丸椅子に座った。
その輪の中心に福永と昌郎が並んで座った。
福永が作った対面式の進行台本が配られた。
皆がそれを見ていることを確認してから、福永は説明に入った。
「司会進行は、副会長の憲弘と元子でやって貰いたい」
 例年、司会進行は生徒会副会長がやっているのだろう。
下境と樋口は揃って頷いた。
「新入生歓迎の挨拶は会長の満だが、挨拶文の用意は出来ているかな」
 岩村満は、自信なげに挨拶文を書いたメモ用紙を福永の前に差し出した。
福永は、それを手にとって黙読した。
「いい挨拶じゃないか」
岩村は、ほっとしたように小さな笑顔になった。



◆その42
始業式の日(5)


 生徒会役員との対面式の打ち合わせを終えて福永と昌郎が生徒会室を出ると、登校して来た生徒達が「お早うございます」と挨拶をよこした。
そして彼等は、不躾と言うほどではないが、新任の昌郎を興味深げに見た。
定時制には制服がなく、ジーパンにTシャツやパーカー、チノパンに柄付きのYシャツなど今風の若者の一般的な服装が多かったが、中には派手な刺繍の入った黒サテンのジャンバーやツナギやニッカーズという男子生徒もいた。
女子の中には、フリルの一杯付いたコスプレ風の服やギャル風の化粧に衣装という生徒もいたが、大半は普通の格好だった。
男女とも、その色の差はあったが髪を染めている生徒が多い。
それらは今時の高校生なら当たり前なのかも知れないが、流石に昌郎は花戸玲の長く鮮やかな金髪には驚かされた。
そしてどぎつい化粧にも。
服装は自由だから、どんな格好で登校しても構わないのだろうが、高校という場に花戸の金髪と化粧は、相応しくないと思えた。
ただし彼女の着ているものはあまりにも普通で、洋服だけを見れば、真面目な女子生徒の普段着という印象だった。しかし、彼女の行動は他の生徒よりもきびきびしていた。
生徒会室に入った時、率先して乱雑なテーブルの上を片付けるなど、気配りのある行動をとったことにも、昌郎は目を見張った。
前もって、花戸玲の長い金髪とギャル風の化粧のことを福永から聞いていたから、彼女を見た時の驚きは突然に見るよりも幾分小さかったのだろうが、それでも十分な衝撃だった。
「どうして、そんなに目立つ金髪にしてけばい化粧をするんでしょうか」
 事前に花戸玲の金髪や化粧のことを聞いた時、その理由を昌郎は福永に聞いた。
「彼女は、見た目と違ってとても真面目で努力家で成績も何時も上位。俺も、そんな彼女が何故金髪にしてどぎつい化粧をするのか、その訳を知りたいと思って彼女に聞いた。その時、彼女はこう言った。自分は中学の時、目立たない地味な存在だったが、そんな自分をクラスの一部の男子生徒が、ネクラ、ネクラと言って囃し立てていじめた。そのいじめにじっと耐えていたが、それを良いことに他のクラスの生徒達も彼女をいじめたらしい。花戸は家で、自分の顔を鏡でつくづくと眺めた。その時、自分でも、自分の顔は淋しげで暗いと思った。中学2年の夏休みに、彼女は思いきって自分の長い髪を金髪にした。そんな彼女を見て両親は吃驚して、すぐ元に戻しなさいと叱ったが、小学2年と5年の弟達は、お姉ちゃん似合うと言ってくれた。そう弟達から言われてじっくりと鏡で自分のことを見ると、金髪が似合っているように思えた。そして、更に金髪が似合うようなメイクをしてみた。すると、自分が生まれ変わって別人になったように感じた。彼女は思い切って、その金髪と化粧で駅前の繁華街に出掛けてみた。その時、学校で彼女をいじめている中心人物と会った。はじめ彼は花戸に気付かなかった。花戸はそんな男子生徒に自分から声を掛けた。自分でも吃驚するくらい堂々と声を掛けた。
昌郎は息をのみながら聞いていた。




◆その43
始業式の日(6)


 福永の話が続いた。
「そのいじめっ子の男子生徒は、お前本当に花戸かと驚いた。そして、なんでそんな格好しているんだと聞いたそうだ」
「それで、彼女はなんて答えたんですか」
「彼女は、何も答えずにじっとその生徒を見ていたそうだ。そうしたら、相手が、休みの時は、何時もこんな格好しているのかと聞いてきたので、その時、花戸は大きく頷いた。すると、今度は、お前やばい仲間に入っているんじゃないかと聞いてきた。花戸は、その時も無言で彼を見ているだけだった。そうしたら、その男子生徒が、花戸、今から俺はお前をいじめることを止めるから、今までのことは許してくれと言ったそうだ。その時も、彼女は黙って頷いただけだった。そして夏休みが明けて、彼女はまた元の真っ黒な髪で学校に行ったが、その日から、誰も彼女のことをいじめなくなった。それ以来、彼女は長期の休みには、金髪にして過ごした。この学校に入学を希望したのも、制服がなく服装も自由だという理由からだった。金髪にして化粧をすると、何故か自分に力が湧いてくるんだそうだ。ただ、彼女はこう付け加えたよ」
福永は、一呼吸置いてから再び話を続けた。
「花戸は、4年生になったら金髪も化粧も止めます。そして、就職活動に努めますと言ったんだ。俺は、それ以来、彼女の金髪と化粧のことを気にしないことにした。花戸は、ちゃんと自分の将来のことを考えている。間違いなく、彼女は4年生になったら金髪やどぎつい化粧をやめると思う。木村先生も最初は、彼女のなりに吃驚するだろうが、そんな花戸のことを理解してやって欲しい」
「分かりました。花戸玲がどんな生徒なのか会うのが楽しみになりました。彼女の金髪や化粧を見ても腰を抜かさないようにします」
そんな冗談を言いながらも、昌郎は花戸玲に早く会ってみたいという気持ちになった。
そして初めて花戸玲の金髪にどぎつい化粧を見た時、前もって話には聞いていたが、昌郎はそのただならぬ金髪と化粧に吃驚した。
しかし、彼女のそんななりを意味あることとしてとらえることも出来た。生徒会室から職員室に戻ってくる時、昌郎は福永に小さな声で言った。
「花戸さんの金髪と化粧、半端じゃないですね。彼女の意気込みを感じました」
福永は嬉しそうに「だろう」と答えて小さく笑いながら言った。
「木村先生、会計の小山田は真面目で純情な生徒です。少し線が細いところがありますが、我が校では、彼の真面目さをみんな理解してくれています。しかし、社会に出たら、良い意味で少し図太いところも必要だと思う。そこも宜しくお願いします」




◆その44
始業式の日(7)


 廊下や階段で擦れ違う生徒達は、「お早うございます」と福永や昌郎に挨拶を寄こしたが、中には突っ張っているような女子生徒や、やんちゃそうな男子生徒もいた。
昌郎と福永が職員室に戻ると、丁度ホームルーム開始のチャイムが鳴った。
福永が昌郎の肩を叩いて言った。
「さあ、木村先生。可愛い2年生達が先生のことを待っていますよ」
 福永の言った可愛い2年生とは、冗談なのか本気なのか昌郎には、判断がつきかねたが、そのような気持ちで生徒に接することが大切だと昌郎には思えた。
今のホームルームは10分だけ。
出席確認をして始業式や対面式の諸注意を行った後で、すぐ生徒達を会議室へ移動させなければならない。
2年生の生徒は花戸や小山田以外は初対面。
まずは、担任としての自分の自己紹介しなければならない。
時間がないので名前と出身地や担当教科だけを話し、新担任としての目標などの話は始業式と対面式が終わった後のロングホームルームですることになる。
きちんと出席を確認した後で、生徒達を整列させて会議室に移動させることが先決だと思った。
各学年の教室は2階。
1年生担任の福永、3年生担任の川北そして4年生担任の絹谷達の後をついて、昌郎も階段を上がった。
教室が近づくに従って昌郎は緊張した。
福永達は落ち着いている。
やはりキャリアが違うと昌郎は思った。
自分は何時になったら、福永達の様に自信に満ちた教師になれるだろうか。
そんなことを思いつつ2年生の教室に向かった。
2階の階段のすぐ傍は生徒会室、その隣から1年生、2年生、3年生そして4年生の教室となっている。
福永が入った1年生の教室の前過ぎて、昌郎は2年生の教室の引き戸の前に立った。
大きく息を吸って気持ちを落ち着かせてから彼はドアに手をかけた。緊張していた。
胸がどきんと大きく打った。彼は、意を決したように戸を引いた。
力が入りすぎていたのか、引き戸の滑りが良いのか、戸は填め込みの曇りガラスが割れそうな程に勢いよく開きダンという大きな音を立てて止まった。
生徒達が吃驚して引き戸の方に目を向けた。
戸を開けた昌郎自身も驚いた。
昌郎は、どうしたらよいのか分からずに、失礼しましたと頭を下げてから教室に入った。
 教室は、しんと静まり返っていた。今度は引き戸を静かに閉め、昌郎は教卓の前に進んだ。
高校の教室に不釣り合いなおばさんが窓際の席にいた。その女性は45歳の桑山琴絵さんだなとすぐ分かった。
先程会った花戸と小山田がいる。
教室の後ろの方に、他の生徒達とぐんと離れて二つの机がくっついて並び、そこに赤に近いような茶髪で前髪を異常に長く下げ頭の天辺の髪を天に突き立てるよう髪型した男子生徒二人いた。
その男子生徒達は腕を組み足を前の方に投げ出したような格好で、にやにやとしながら昌郎を見ていた。クラスの生徒は15人しかいない。
教室には空間が広がって何となく淋しい雰囲気がした。
年齢もまちまち、服装も自由。母校港北高校での教育実習時の雰囲気とまったく違っていた。




◆その45
始業式の日(8)


 教育実習で母校港北高校に行った時に受け持たせて貰ったクラス、そして自分が高校生だった時のクラスの雰囲気とまったく違った感じがした。
それは、青森と東京の違いなのだろうか。
はたまた学校の違いなのだろうか。
それとも全日制と定時制の違いなのだろうか。
クラスを構成する生徒達の違いなのだろうか。
自分が慣れていないためなのだろうか。
様々な考えが瞬時に脳裏に浮かんだが、そんなことはどうでも良いことだと思った。
自分は、この生徒達と一緒に此処で教師としてやって行かなければならないのだという決意のようなものが、ふつふつと昌郎の気持ちの中に湧き出てきた。
初めて自分が担任する生徒達15人が、昌郎の一挙手一投足を凝視してそこにいる。
昌郎は教卓の前に立った。
「それでは、はじめに皆で礼をしますので、立って下さい」
 その昌郎の言葉で、大半の生徒達は立ち上がった。
しかし、後ろの離れた席の茶髪男子2人は、椅子にふんずり返ったままだった。
「もう一度、言います。起立して下さい」
 彼等は、まだ座ったままだった。
昌郎は、すたすたとその男子生徒達の机の前に行き、応援団の時の大声を張り上げた。
「君達も立つんだ」
 昌郎の声は、教室の窓を幽かに揺らした。
ヤンキーの男子生徒達は吃驚しながら、不承不承に立ち上がった。
昌郎は、また教卓の前に戻り「礼」と掛け声をかけて挨拶を交わした。
深々と礼をしたので、そのヤンキーの男子生徒達がちゃんと礼をしたかどうか、昌郎には分からなかったが、まず立ち上がっただけで良とした。
その後で昌郎は、黒板に自分の名前を書いて自己紹介をした。
「今年度から、担任になった木村昌郎です」
 そう言った矢先、突然質問が飛んで来た。
廊下側に座っている小柄な女子生徒だった。
「先生、何歳」
 突然そう聞かれて驚いたが、昌郎は落ち着いて言った。
「22歳です」
「22歳。へえ、じゃあ大学を出たばっかし?」
「今年の3月に大学を卒業して、今年度初めて教師になりました」
「へえ、新米教師だ」
 活発と言えば良いのか天真爛漫とでも言えば良いのか、その時に感じたままに言いたいことを生徒と教師の枠を超えて、単刀直入で聞ける生徒がいることに、昌郎はまたしても驚いた。
しかし、驚いてばかりはいられない。
はじめのホームルームの時間は10分しかなく、既に半分が過ぎていた。



◆その46
始業式の日(9)


 始業式・対面式が済んでからのホームルームで、もう少し詳しく自己紹介することにして、昌郎は早速出欠を取ることにした。
2年生からの編入生天宮準一から始まって、花戸玲まで男子9人、女子6人の計15人は一人の欠席者もなく全員出席していた。
一人一人しっかりと確認しようと思いながら昌郎は生徒の名前を呼び、その都度彼等としっかりと目を合わせて確認した。
そして彼等は名前を呼ばれる毎に、良いも悪いもそれぞれに個性的な返事をした。
昌郎は一通り出席を確認してから、生徒達を1階の職員室隣の会議室に誘導した。
3・4年生は既に移動を開始していた。
上級学年の後に続いて2年生も移動した。
1年生は初めてのことでもあり、少しホームルームが長引いているようだったが、2年生達が階段の踊り場付近まで降りた時、教室を出て来た。
 会議室は、普通教室を二つ続けた広さで、全員集合しても空間的に余裕があった。
正面には高さ10センチほどの演台があり、マイクの設備もある。
正面に向かって左側は窓で右側が廊下である。
学年毎に男女それぞれ名簿順に一列ずつで窓側から1年生、2年生、3年生、廊下側に4年生と並んだ。
教頭の長津山を先頭に教務の絹谷そして川北、福永、昌郎、そして主査の所沢と続いて廊下側の前の方に並んだ。
後ろの方で少し私語があったが、式の雰囲気を乱すほどではなかった。
「始業式を始める前に、まず先生方の紹介をします」
 絹谷が言うと、教頭に続き先生達が演台の上に並んだ。
まず教頭の長津山が簡単な自己紹介をした後に教職員の紹介を行った。
昌郎以外は去年からの引き続きだが、新入生がいることから、教職員の名前、担任、教科、分掌など紹介は型どおりになされた。
それが終わって、いよいよ始業式となった。長津山と司会進行の絹谷が廊下側の前方に残り、昌郎達は生徒の列の後ろ側に立った。
職員室には誰もいなかったから、所沢は職員室に早々に戻った。
絹谷の進行のもと始業式が始まった。
 長津山が威儀を正して教壇の中心に立った。
その瞬間会議室の雰囲気がぴりりと締まったと昌郎は感じた。
長津山は、まず生徒達をゆっくりと見回した。
それはまるで、一人ずつ生徒の存在を確認するようだった。
少し緩んでいた先程までの空気が凜と張った。
2年生の不遜な態度の茶髪男子、南隆也と村井譲の背筋も思いのほか伸びているように感じた。
長津山の挨拶する声は深い響きがあり、その声で明瞭に話をする。
生徒だけではなく先生方も思わず、引き込まれる話し方だった。
内容は、高邁な知識を披露したり、偉人達の言葉を引用するようなものではなく、正に長津山の普段からの考えが述べられていた。
長い挨拶ではない。
どちらかと言えば簡潔明瞭な話だ。
長津山は挨拶の終わりにこう言った。
「先生方は、分かりやすい授業をしなければならない。

そして生徒は分かろうとする努力をしなくてはならない」
その言葉が昌郎の心に響いた。




◆その47
始業式の日(10)


 対面式は、生徒会主催の行事であるが、進行台本は生徒会顧問の福永が作成したもので、それに従って生徒会副会長の3年生下境憲弘と4年生の樋口元子が式を進行することになっている。
始業式が終わるとすぐ生徒会役員の指示で、会議室の真ん中に各学年別に一辺ずつを占めるロの字の隊形になって床に座った。
正面に1年生、窓側が4年生、1年生の真向かいが3年生、そして2年生は廊下側にそれぞれ2列になって並んだ。
副生徒会長の下境憲弘と樋口元子の二人が司会進行の担当で、そのロの字型の中心の空間に新入生の方を向いて立った。
下境は3年生。
少しふっくらとした童顔で、人懐っこい笑顔を常に浮かべている生徒だ。
彼は人と話す時、さらさらの髪を手で掻き上げる癖があるようだ。
もう一人の樋口は、4年生。
目鼻立ちがはっきりとしていて少しエキゾチックな雰囲気の女子生徒で、最上級生としての落ち着いた雰囲気を持っている。
下境が台本通りに司会をして式を進め、樋口がお目付役として隣にいるという状態だった。
生徒会長岩村満の新入生歓迎の挨拶が始まった。
彼は、目が大きく眉もすっきりと整っていて鼻も高い。
身長もどちらかと言えば高い。
街で見掛けても結構目を引く好青年だ。
そんな岩村が前に出て来たので、新入生は男女を問わず彼に好意的な視線を向けた。
特に1年女子は、一目で憧れの眼差しになっていた。
岩村はメモ用紙をズボンのポケットから取り出し、それを見ながら可もなく不可もない挨拶をした。
格好は良いが、生徒会長としては少し押しが足りないように昌郎は思った。
生徒会長の自己紹介も兼ねた挨拶が終わってから、次に生徒会役員が自己紹介を行った。
下境、樋口の次に書記の花戸玲が前に立った。
新入生達は、花戸の金髪そしてけばけばしい化粧に度肝抜かれた様子だ。
会議室に入ってきた時に花戸のなりに気が付いていた新入生達だったが、まじまじと見ることも憚られた。
しかし、自己紹介をする為に自分達の前に立った花戸を真っ正面から見ることができた新入生達は、その様子に再度ショックを受けたようだった。
そして、彼女が発した穏やかな声にふたたび、新入生は驚いていた。花戸の後は、会計の3年生柏葉子と2年生小山田秀明が続いた。
そして、2年生の自己紹介になった。
彼等はしっかりやってくれるだろうが、特に南と村井の自己紹介が心配だった。
新入生を威圧するような態度や、ふざけた態度で自己紹介をしないだろうか。
2年生の一番最初は、今年度編入してきた天宮準一だったが、生徒会役員の自己紹介を受けて難なく終えた。
小山田は生徒会役員として既に自己紹介を終えていた。
杉原栄大、千谷陽明、飛田康男、長山寅司、町井大介と無難に過ぎた。
いよいよ、南、村井となった。
しかし、昌郎の心配は杞憂に終わった。
二人の茶髪の髪を逆立てピアスなどをしている格好に新入生達は驚いていたが、自己紹介は型どおりだった。
昌郎はほっとした。
そして、変な心配をして彼等に悪いことをしたと思った。
続いて女子の番になった。
女子一番手は、先程のホームルームで突拍子もない質問をした大西芽衣也だった。




◆その48
始業式の日(11)


 大西は、変に格好をつけて立ち上がると、新入生達を一通り見渡すふうをしてから自己紹介をした。
女子の二番目は45歳の桑山琴絵。
この時も新入生から驚きの声なき声が発せられたように昌郎は感じた。
彼女は、ゆっくりと優しく落ち着いて自己紹介をした。
そして、小枝万里。
彼女は垢抜けた滑舌で淀みなく自己紹介をした。
高田律子、沼崎百合と続いて2年生全員の自己紹介が済んだ。
昌郎はちょっぴりほっとしていた。
2年生から4年生までの自己紹介が終わった時、昌郎は感じるところがあった。
それは、3年生そして4年生と学年が上がって行くほど、そのクラスの雰囲気が落ち着いていると言うことだった。
それに比べて2年生のクラスはまとまりがないというか、落ち着きに欠けているという感じだ。
昨日、福永に新2年生の状況を聞いた時、本校は3学年・4学年と落ち着いて来ると昌郎は聞いた。
その時は、漠然と聞いていたが対面式の時に、福永の言っていたことを昌郎は実際に感じることが出来た。
どこがどう違うと説明は出来ないが、明らかに2年生と3・4年生の落ち着き具合は違った。
今の2年生も、3年生・4年生と学年が進むにつれて、落ち着いて行くのだろうか。
あの南や村井があと一年で落ち着くとは考えられなかった。
対面式の最後に新1年生が、自己紹介を行った。
皆、緊張している中で、その場の雰囲気とはまったく異なって、変に明るくニコニコしながら自己紹介した男子生徒がいた。
名前を聞いた時、この男子生徒が官ア大介かと昌郎は思った。
また、一人だけやけにちゃらちゃらしている女子生徒がいた。
彼女の名前を聞いて、授業料は年度当初全額払い込むが、もしも途中で娘が退学したら授業料は戻ってくるのかと彼女の父親が担任の福永に聞いたという話を思い出した。
ジェスチャーたっぷりに自己紹介する亜里菜は新入生の中で一人浮いて見えた。
三山奈々は、やはり欠席していた。
彼女を除いた新入生全員が自己紹介を終え対面式が終了した。
4年生から順次、会議室から退出していった。
昌郎は、2年生の後について教室に戻った。
 皆、元の席に着き、これからロングホームルームを始めようとした時だった。
礼の大西芽衣也が、突然「先生、便所に行ってきていいですか」と大きな声を張り上げた。
昌郎は、彼女の突然の大きな声にも吃驚したが、高校生になった女子が、恰も幼稚園児のように、便所に行きたいと皆の面前で恥じらいもなく言えることにも驚いていた。
女の子としては、言葉も荒っぽい。
快活明朗とはまったく違う。
傍若無人と言った方がいい。
しかし、トイレに行くことは止められない。
他の生徒もトイレに行きたい人は今行くようにと、昌郎は指示をしロングホームルームの開始を少し遅らせることにした。
男女とも半数ほどがトイレに立ったが、その生徒達はすぐ教室に戻ってきた。南も村井もそんなに時間もかからずに帰って来た。
しかし、大西だけは5分経っても戻ってこなかった。もう少し待ってみようと昌郎は思った。



◆その49
始業式の日(12)


 トイレに行った大西は、10分近く経っても戻ってこない。
昌郎は心配になった。
もしかしたら具合が悪くなってトイレで倒れているのかも知れない。
定時制には養護教諭が配置されていなかったが、保健室はある。
まず、女子トイレに行ってみようと思った。
他の生徒達を教室に待たせ、昌郎は大西を探しにトイレに向かった。
2階のトイレは3年生と4年生の教室の前に男子用と女子用が並んである。
昌郎は、女子トイレのドアを開けて入口から中を見た。
個室が4つ並んであったが、どの個室もドアが開いている。
誰もいないようだが、一応声を掛けてみた。
「大西さん、いますか」
返事はなかった。
定時制の校舎は3階建てで、それぞれの階にトイレがある。
3階のトイレかも知れないと考えた。
1階と2階は教室も廊下も、そしてトイレも灯りが点いていたが、3階へ上がる階段は、灯りが点いておらず暗かった。
こんな暗い階段を女の子が一人で上がって行くだろうかと思いながら3階まで行くと、トイレのところだけにぽっかりと灯りが点いていた。
昌郎は、急いで女子トイレの前まで行ってドアを開けた。
その時目に入った光景を見て、自分の目を疑った。
なんと大西は便所の真ん中に立ちながらジュースを飲みパンを食べていたのだった。
芽衣也は、昌郎を見ると悪びれもせずに「腹減っていたんだ」と言いながら残っていたパンをジュースで流し込んだ。
昌郎は、病気で倒れていなかったことにほっとしながらも、無性に腹立たしくなった。
「大西さん、小用でなかったのか」
「ショウヨウ?」
芽衣也は怪訝な顔をした。
「おしっこです」
「ああ、ションベンね。それは、さっさと済ましたの。そしたら、今度は腹が減って我慢できなかったの」
「大西さん、トイレはご不浄と言って排泄するところで、ものを食べるところではない。衛生上も良くない。トイレで飲食するものではないよ」
「ゴフジョウ? 何それ」
「汚い所と言うことだ。トイレは、私達が文化的な生活をする上で、必要欠くべからざる場所だ。清潔に保たなければならない。しかし、そこは飽くまでも排泄する場所であって飲食をする場所ではない」
昌郎は、噛んで含めるように話した。
腹が一杯になって機嫌が良いのだろう。
芽衣也は「はーい」と間の抜けたような返事をしながらトイレから出て来た。
そして手洗い場に置いてあるゴミ箱に、ジュースのパックとパンの包み紙をぽいと投げ入れて教室に戻ろうとした。
昌郎が手は洗わないのかと聞くと、パンを食べる前に洗ったと芽衣也は答えた。



◆その50
始業式の日(13)


 芽衣也を連れて教室に戻ると、何人かがおしゃべりをしている程度で意外と静かだった。
煩くしているかも知れないと思っていた南隆也と村井譲は、机に突っ伏して寝ていた。
小説か何か本を読んでいる者もいたが、ケータイやスマホを弄っている生徒は誰もいなかった。
福永から校内での生徒達のケータイやスマホの使用は禁止だと聞かされていたが、それは徹底されているようだった。
教室に入ってきた昌郎と芽衣也を見て、おしゃべりをしていた生徒達は口を閉じて前を向いた。
当の芽衣也は、教室に入ると皆に謝るでもなくふて腐れたような態度で席に着いた。
そんな彼女に隣席の男子生徒が言った。
「芽衣也。何やっていたんだ。皆に迷惑かけてんだぞ」
芽衣也はふて腐れたままで、腹減ったんだもんと言い訳がましく言った。
「まったく、しょうがねえ奴だな。また便所で食っていたのか。汚いから止めろって、何時も言われているだろう。子どもじゃねえんだから。同じこと何度も言わせんな。先生も吃驚しているよ。なあ、先生」
 男子生徒は、昌郎に聞いた。
「トイレで飲食すること自体、私には考えられないことだったから、はっきり言って吃驚した。勿論衛生面から言っても良くないが、マナーの点でも問題だ」
 昌郎は、そこでトイレでの飲食についての話にピリオドを打った。
後ろの方の席では、まだ南と村井が机に突っ伏して寝ている。
昌郎は、彼等の席のそばに行って声を掛けた。
「ロングホームルームが始まるから、起きなさい」
 熟睡しているのかどうか、二人からなんの返事もなく起きる気配もなかった。
昌郎は、彼等の肩を揺すった。彼等は本当に熟睡しているらしかった。
ううっと言いながら、二人は目を覚まして顔を上げた。
彼等は目を擦りながら昌郎を見て、それから回りの席を見回した。
クラスの生徒達の視線が彼等に集中していた。南が言った。
「わりー。わりー。睡眠取り過ぎちゃったかな」
 村井も頭を掻きながら申し訳なさそうな表情を作った。
この生徒達、案外と気のいいところがあるんだなと前の方に戻りながら昌郎は思った。
 先程、芽衣也に苦言を呈した男子生徒が南と村井の代わりに言った。
「先生、済みません。やつら、日中の仕事で疲れているんです。今日は道路整備の現場で働いていて。やつら、その仕事にまだ慣れていないんです。なにせ、去年一年間遊びまくっていましたからね。4月から気持ちを入れ替えて働き始めたんです。だからといって学校で、寝ていちゃいけないんですけど」
回りの生徒達は静かに頷いた。
昌郎は、なんだか温かな気持ちになった。
その男子生徒は長山寅司と言って20歳の大工だった。
こいつもいい奴だなと、昌郎は思った。




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