[連載]

   1話〜10話( 佳木 裕珠 )


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◆その1
 「そして、お母さんの帰りを待ちます」
 お母さん。僕、本当は、とても淋しいんです。
 お母さんの前では、何時も笑顔でいるけれど、本当はとても淋しいんです。
 お母さんが帰ってくるまで、暗い部屋で一人泣いていることもあります。
 でも、お母さんに怒られるので、淋しいなんて口が裂けても言えません。
 お母さんは、僕のために夜遅くまで一生懸命働いているのだから、淋しくても頑張って一人で留守番をしようと思っています。
 学校が終わると、仲良しセンターへ行って時間ぎりぎりまで遊んでから家に帰ってくるけれど、まだ、お母さんは帰っていません。
 ただいまと家の中に声を掛けても誰も答えてくれません。
 そんな時、とても淋しい気持ちになります。
 だから、家に帰ると、まず家中の電灯を全部点けます。
 そして、テレビも点けて、音を大きくします。
 別にテレビを見たい訳でないけれど、そうすると少しは淋しさが紛れるんです。
 そして、お母さんの帰りを待ちます。



◆その2
 「その時のお母さんは、お酒の匂いがしていました」
 お母さんは、7時過ぎに帰って来ます。でも、時々もっと遅くなることもあります。
 そんな時、僕が夕飯の支度をします。
 得意はチャーハンです。
 冷蔵庫にミックスベジタブルが何時でも入っているので、フライパンでそれを炒めてから、冷たいご飯を入れ、チャーハンの素を振りかけて掻き混ぜると出来上がりです。
 美味しそうに出来た時は、温かいうちにお母さんに食べてもらいたいなと思います。
 僕は、お母さんと一緒に晩ご飯を食べたいので、どんなに遅くても待っています。
 でも、とてもお腹が空いた時は、お菓子やパンを食べて待ちます。
 何時だったか、菓子パンを食べながらテレビを見ていて、眠ってしまったことがありました。
 お母さんは、遅くなることを連絡しようと電話をかけたけれど、僕が出ないので心配して仕事を止めて帰って来たと言って怒っていました。
 その時のお母さんは、お酒の匂いがしていました。



◆その3
 「僕の願いを叶えてくれるのは、神様しかいない」
 お母さんは、お酒が好きみたいです。
 時々、お酒の匂いをさせて帰ってくることがあります。お酒を飲む日は、今日は遅くなるからと僕に言います。
 仕事で遅くなるのと僕が聞くと、仕事に決まっているでしょうと言って僕を睨みます。
 僕は、お酒を飲むのも仕事なのだと分かりました。
 僕には、お母さんが遅くなる日が、大体分かります。
 お母さんはお洒落なのですが、その日は、特に念入りにお洒落をするので、すぐ分かるのです。
 そして、とても楽しそうにしています。
 でも、お母さんの帰りが遅いだろうと思うと、僕の気持ちは沈んでしまいます。
 そんな時、お母さんの仕事が早く終わりますようにと、僕は神様にこっそりとお願いします。
 でも、そのお願いは、ほとんど聞いてもらったことがありませんが、何時かは聞いてくれるだろうと思っています。
 だって、僕の願いを叶えてくれるのは、神様しかいないのだから。



◆その4
 「妹はお父さんと暮らしています」
 僕には、神様にお願いしていることが、もう一つあります。
 それは、お母さんとお父さんが仲直りしてくれることです。
 僕には2歳年下の妹がいます。
 妹は僕によくなついて、とても可愛いんです。
 僕は妹が大好きです。
 妹はお父さんと暮らしています。
 お父さんとお母さんが仲直りをしてくれれば、僕と妹は、また一緒に暮らし仲良く遊ぶことが出来るのです。
 お父さんとお母さんが喧嘩をして別れてから2年になります。
 時々僕は、お父さんと妹に会っていますが、お母さんはお父さんの顔も見るのも嫌だと言って、一度も会っていません。
 だから、妹にも会っていないと思います。
 僕がお父さんと会ったことをお母さんに話すと、とても嫌な顔をするので、この頃は、お父さんと会っても、お母さんに話さないようにしています。
 お父さんも、僕に、お母さんのことを一度も聞いたことがありません。
 でも、僕はお父さんも大好きです。



◆その5
 「お互いに凄い目つきで睨むのです」
 お父さんとお母さんが、どうして喧嘩したのか、理由は分かりません。
 僕は、お父さんも大好きだし、お母さんも同じくらい好きです。
 だから、お父さんとお母さんが喧嘩するととても悲しい気持ちになりました。
 僕たち家族4人が一緒に暮らしていた時、喧嘩をすると、お父さんとお母さんは何日でも口をききませんでした。
 そして、お互いに凄い目つきで睨むのです。
 特にお母さんの方が冷たい目つきだと僕は思いました。
 ぷりぷりしていて僕や妹は、話しかけることも出来ませんでした。
 ある朝、その日までに学校へ持って行かないといけないものがあったので、恐る恐るお母さんに聞いた時、そんなこと朝言っても困るでしょうと怒られたことがありました。
 僕は、何日も前から何度もお母さんに言っていたのですが……。
 お母さんは、お父さんとの喧嘩のことで気持ちが一杯で、仕方がないと思ったけれど、とても悲しくなりました。



◆その6
 「黙っているお父さんが可哀想でした」
 僕は、仲良くしているお父さんとお母さんをほとんど見たことがありません。
 結婚したんだから、きっと前は仲が良かったと思うけれど、僕の記憶の中には、仲の良いお父さんとお母さんはいません。
 喧嘩をすると言っても、お父さんはお母さんを叩いたりしませんでした。
 逆にお父さんが叩かれたり、私よりも給料が少ないとか、だらしないとか、男らしくないとかと怒鳴られていました。
 黙っているお父さんがとても可哀想でした。
 でも、お父さんは、とうとう我慢できなくなって一度お母さんを叩いたことがあります。
 お母さんは泣き喚きながら、手当たり次第に茶碗や皿をお父さんに投げつけてから、家を出て行ってしまいました。
 そして、その晩は帰って来ませんでした。
 次の日、女を殴るような男に、大事な娘を預けてはおけないと、お祖父ちゃんが怒鳴り込んで来ました。
 お父さんは頭を下げ続けていました。



◆その7
 「自分達はちっとも仲良くなかったじゃないか」
 お父さんとお母さんが離婚したのは2年前で、僕が小学校一年生の時です。
 妹は、保育園に通っていました。
 あの頃、お父さんとお母さんは毎日のように喧嘩をしていました。
 僕と妹は、何時も二人で泣いていました。
 お父さんも、お母さんも色々な物を僕達に買ってくれたけれど、そんな物よりももっと欲しかったのは、お父さんとお母さんが仲良くしてくれることでした。
 でも、二人が笑顔で仲良く話す姿を、僕は一度も見たことがありません。
 そして、とうとうお父さんとお母さんは離婚してしまったのです。僕はお母さんと、妹はお父さんと暮らすようになりました。
 お父さんと離れることよりも、僕には妹と別々に暮らすことの方が、とても悲しいことでした。
 お父さんもお母さんもどうして仲良くできなかったんだろう。
僕と妹には何時も仲良くしろと言うくせに、自分達はちっとも仲良くなかったじゃないか。



◆その8
 「最悪だよ。ひどいよ」
 妹はどんなにお母さんに会いたいだろうかと思うと、僕は妹が可哀想になります。
 時々、僕はお父さんと会えるけれど、お母さんはお父さんや妹と決して会おうとはしません。
 どうしてか分からない。
 お父さんのことを話すだけでも、お母さんは機嫌が悪くなる。
 妹のことを話すともっと悪くなる。
 だから、僕はお父さんのことも妹のことも、お母さんには話さないようにしています。
 どうして、お母さんには僕が、お父さんには妹がついて離婚したのか分からない。
 小学生の僕には分からない複雑な訳があるのだと思う。
 大人には大人の言い分があるのだろうけれど、僕達子どもに悲しい思いをさせないで欲しい。
 お父さんとお母さんが喧嘩をしたり離婚したりする時、僕達は何処にも避難する所がないんだから。
 僕と妹は、お父さんとお母さんの両方とも大好きなのに、そんな二人が、喧嘩をして離婚するなんて最悪だよ。
 ひどいよ。



◆その9
 「お父さんと妹が出て行く日」
 お母さんは、離婚して清々したと言うけれど、僕はお父さんと妹を一遍になくしてしまって、とても悲しかった。
 でも、子どもの僕にはどうすることも出来ない。
 だから、子どもの自分が、また悲しかった。
 もし僕が大人だったら、お父さんやお母さんに離婚するなと言えたのに。
 お父さんと妹が家を出て行く日、僕とお母さんは朝早くからお祖父ちゃんの家へ遊びに行った。
 お祖父ちゃんとお祖母ちゃんとお母さんは、一日中、お父さんの悪口を言っていた。
 僕は、聞こえないふりをしてずっとテレビを見ていた。
 お昼が過ぎ、夕方になり、夜になった。
 長い長い時間が過ぎて、家に帰ると、もうお父さんも妹もいなかった。
 僕はその日初めてワーワー泣いた。
 泣いても泣いても涙が止まらなかった。お母さんは、男のくせに泣くんじゃないのと言いながら、本当に美味しそうに煙草を吹かしていた。
 そんなお母さんを嫌いだと思った。



◆その10
 「あんたはお母さんの子ども」
 妹は、どうもお母さんの子どもではないらしい。
 でも、お父さんの子どもなのは確かだ。
 僕が、妹のことを好きだと言った時、お母さんは、きっとした目つきになって僕を睨んで、あんな子、お母さんの子どもじゃないと言った。
 僕は、お母さんが何を言ったのか分からずに、きょとんとしていると、あの子は、お父さんの子どもだけれども、お母さんの子どもじゃないと、はっきりと僕に言った。
 お父さんの子どもでも、お母さんの子どもじゃないってどんなことと聞くと、お母さんは、大人になったら分かるわよと言って、それ以上は何も話してくれなかった。
 自分のことが心配になって、僕もそうなのと聞くと、お母さんは首を横に振り、あんたはお母さんの子ども、そしてお父さんの子どもだと言ってくれた。
 僕は、何がなんだか分からなくなったけれど、お父さんとお母さんが離婚した訳が、そこら辺にあるような気がした。



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