[連載]

  11話〜20話( 佳木 裕珠 )


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◆その11
 「きっと僕のわがままだよね」
 お母さんは、僕の本当のお母さんなのは確からしいけれど、あまり僕に優しくないような気がする。
 僕がいなければ、お母さんはもっともっと一生懸命仕事が出来るんじゃないかと思う。
 何時も帰りが遅いけれど、それでも無理をして出来るだけ早く帰ってくるのだと、お母さんは僕に言う。
 でも、もっと早く帰って来てくれればいいのにと僕は思う。
 これって、きっと僕のわがままだよね。
 だって、お母さんは、僕のために遅くまで仕事をして、とても疲れているんだから。
 お母さんは、僕に携帯電話を持たせてくれている。
 用事がある時は、いつでも電話をしなさいと言うので、淋しくなって何度か電話をしたことがあったけれど、用事もないのに電話をしてと怒られてしまった。
 それからはなるべく、電話をしないようにしている。
 そして、淋しい時は携帯電話を握り締めながらお母さんの帰りを待つ。



◆その12
 「電話の向こうはとても賑やかで…」
 昨日の夜中、一人で寝ていて急に怖くなり、お母さんに電話をしてしまった。
 電話に出たお母さんの声は、いつもの疲れたような声ではなく、とても元気だった。
 僕がお母さんと言うと、あらと普段の声に戻って、こんなに遅くどうしたのと聞かれた。
 急に機嫌が悪くなったので、僕は電話をしなければよかったと思い、電話をかけてごめんなさいと謝った。
 何でもないんでしょう、今忙しいから切るわよと言って、お母さんは、ぷつりと電話を切ってしまった。
 僕は電話をしなければよかったとつくづくと思った。
 でも、一つだけ気になることがある。
 電話の向こうはとても賑やかで、いろんな話し声と一緒にカラオケのような音楽が聞こえて来た。
 無理をして元気に仕事をしているから、お母さんは家に帰ってくるとあんなに疲れて不機嫌になるんだろう。
 これからは、どんなに淋しくても、お母さんに電話するのはよそうと思う。



◆その13
 「ちっとも似合っていない」
 一生懸命仕事をしている分、僕のお母さんは、わがままなような気がします。
 特に自分のおしゃれには一杯お金を使っています。
 僕のために働いてくれるのは本当ですが、自分の服を買うために働いているようにも見えます。
 毎日違う洋服を着ていかないと恥ずかしいそうです。
 また、ブランド物が大好きでバーゲンがあると必ず買いに行きます。
 そして、これは何とかというブランドのバックだとか、これは、どこそこのブランドの服だとかと言って得意げに見せてくれます。
 何故、あんなにブランド物が欲しいのでしょうか。
 みんなと同じ模様のバックや財布を持って何が嬉しいのかなと思います。
 最近、黄色に赤や青の線が縦横に入った模様のスカートを買って来て、これはイギリスの何とかというブランドのスカートで、やっと手に入れたと言って喜んでいましたが、お母さんには、ちっとも似合っていないと思います。



◆その14
 「小さな車でもいいと思うけれど…」
 荷物を運ぶ訳ではないのですが、お母さんは、大きな車に乗っています。
 車のローンを払うのが大変だと何時も愚痴を言っています。
 ガソリン代も馬鹿にならないそうです。
 お母さんが一人で乗る車だから、小さな車でもいいと思うけれど、小さな車だと格好が悪いのだそうです。
 お母さんは、小さな車に乗っている人を馬鹿にしています。
 お母さんは馬鹿にされたくないから大きな車に乗るのかな。
 僕も大きな車が大好きです。
 大きな車に乗ると、なんだか自分も大きくなり、強くなって偉くなったように感じます。
 きっと、お母さんも同じだと思います。
 お母さんは家の掃除をあまりしません。
 でも、車は何時もピカピカにしています。
 ちょっと傷が付いただけでも大騒ぎをします。
 今は、車を買い換えたいと悩んでもいます。
 古いモデルだと、恥ずかしいのだそうです。
 だから、何時までも車のローンを払っているのです。



◆その15
 「学校に文句を言います」
 お母さんは、自分で髪を染めます。
 短い髪なので、ヘアカラーが余ります。
 その余った分で僕の髪も染めてくれます。
 茶髪にして学校に行った時、先生にしかられたことがありました。
 僕は、悔しくて悔しくてお母さんにそのことを泣いて話しました。
 お母さんは、髪の色で子どもの気持ちを傷付けないで欲しいと、学校に電話をかけてくれました。
 お母さんは、怒るととてもエスカレートするので、学校の先生も、それ以来、何も言わなくなりました。
 お母さんは、何でも気に入らないことがあれば、学校に文句を言います。
 また、親が安心して働けるように、無料で夜遅くまで子ども預かるようなことを、市役所がやらなければだめだと何時も言っています。
 自分の主張をはっきりと言わなければ損をすると僕に教えてくれました。
 僕はこれから、お母さんのように自分の主張をドンドン言えるような人になりたいと思います。



◆その16
 「千円札を僕に渡して」
 お母さんは、美味しいラーメン屋や焼き肉屋をよく知っています。
 そして、僕をその店に連れて行ってくれます。
 僕は、何処のラーメン屋が美味しかったとか焼き肉屋が良かったなどと友達に自慢します。
 お母さんも、食事の支度をしなくてもいいし、後かたづけをしなくてもいいから、外で食事をすることが好きみたいです。
 はっきり言って、お母さんは、料理があまり得意でないようです。
 だから、家でご飯を食べる時でも、スーパーで買ってきたおかずやコンビニ弁当が多いのです。
 この頃では、少なくても週に一回はコンビニ弁当が食べたいと思うようになりました。
 そのことをお母さんに話すと、お母さんは嬉しそうに千円札を僕に渡して、今晩、お母さんは仕事で遅くなるから、これで、あんたの好きなコンビニ弁当を買って食べていなさいと言いました。
 千円もあるから、コンビニのおでんも食べようと、僕は思いました。



◆その17
 「最後にこう漏らしました」
 お母さんは、煙草を吸います。
 離婚する前、お父さんがお母さんに煙草をやめろと言った時、お母さんは、自分も吸っているくせに、何で私だけ煙草をやめなきゃいけないのと、とても怒りました。
 そのとおりだと思います。
 だから、僕が煙草を吸ってもお母さんは怒らないだろうと思います。
 今は、ただ煙いだけでちっとも美味そうでないから、吸わないけれど、もう少し大きくなったら、きっと煙草の美味しさも分かってくるのだろうと思います。
 だから中学校に入ったら、僕は煙草を吸ってみようかなと思っています。
 お父さんも以前、自分は中学校の時から煙草を吸い始めたと自慢げに言っていたのを思い出しました。
 何故、煙草を吸うのと、お母さんに聞いたことがありました。
 その時、お母さんは、ほっとするし太らない、そして格好もいいでしょうと言いながら、最後にこう漏らしました。
 結局のところ止められないのよと。



◆その18
 「そんなこと僕が聞いても…」
 妹は、お父さんと別の女の人の間に出来た子どもだと、お母さんが教えてくれました。
 つまり、僕と妹のお父さんは同じだけれど、お母さんが違うのだそうです。
 お母さんは以前から、あまり妹を可愛がらないし、お父さんとの喧嘩の中で、それらしいことを言っていたのを聞いていたので、僕は、その話を聞いても別に驚きませんでした。
 それよりも、お母さんがお父さんのことを憎んでいると言ったことの方が、とても哀しいのです。
 お母さんに、妹のお母さんはどうしたのと聞くと、そんなの知らないと言いました。
 ある時、お母さんと仲が悪かったので、淋しくて浮気したと、お父さんが話してくれました。
 本当にその人が好きだった訳でもなかったとも言いました。
 そんなこと僕が聞いても、大人の気持ちはさっぱり分からない。
 大人になれば分かるのかな。
 そして、大人になると、子どもの気持ちが分からなくなるのかな。



◆その19
 僕を見て「よう」とだけ言いました
 この前の日曜日、久し振りにお母さんと遊園地に行きました。
 僕は、とても嬉しくて朝から、はしゃいでいました。
 お母さんも、いつもより念入りに化粧やお洒落をして、そわそわしていました。
 毎日夜遅くまで働いているお母さんも、久し振りの遊園地行きが嬉しいんだなと思いました。
 お母さんの大きな車に乗って、遊園地に向かいました。
 車の窓を開けて顔一杯に風を受けると、とても気持ちが良くて、まるで空でも飛んでいるような気分になりました。
 途中、車は狭い道に入り、アパートの前で止まると、お母さんはちょっと待っててと言って降りて、その建物の中に入り、しばらくしてから見知らぬ男の人と一緒に出て来ました。
 そして、僕を後の席に移動させて、その男の人を助手席に乗せました。
 車を出発させてから、今日はこの人も一緒だと、お母さんが言いました。
 その男の人は、僕を見て「よう」とだけ言いました。



◆その20
 「なぜだか知らないけれど」
 久し振りに連れて行って貰った遊園地は、ちっとも楽しくなかった。
 だって、お母さんと一緒にいろんな乗り物に乗れると思っていたのに、どれにも、僕一人で乗ったからです。
 お母さんは、友達だという男の人と、おしゃべりをしたりふざけ合ったりして、僕の相手をほとんどしてくれませんでした。
 朝の出掛ける前のワクワクした気持ちは、萎んでしまいました。
 昼、遊園地の中のレストランでご飯を食べた時、お母さんが煙草を吸いました。
 その時、男の人は、何もことわらないで、お母さんの煙草の箱から一本取り出して吸ったのを見て、なぜだか知らないけれど、お母さんとこの男の人はとても仲良しなのだと思いました。
 帰りにショッピングセンターに寄り、夕食も三人で食べました。
 男の人は、ビールを飲みながら、ちょっとだけ、僕に話しかけてくれました。
 お母さんは、その男の人に、にこにことビールをついでいました。



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