[連載]

 その11話〜 その15話( 神谷 直樹 )


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●その11


「ら」

ラーメンたべよ
そう決まってかれこれ
どの店の
どのラーメンにするか
妻は小一時間
ラーメンラビリンスで
こだわりの糸が
ほどけないでいる

ああ
そういうものなんだと

なに店の
なにラーメンにすべき
ようやく決まれば
あたふたと
服えらびにうつる妻

ああ
そういうことなのよと
くち紅をひきながら




●その12


「む」

ムスコとしてか
あるいは
ムスメとしてか

ぼくらの生命は
この星の孤独から
解き放たれる
別の名まえを
持っていない





「う」

薄くつもる雪…
…やがて解けかかる雪

聞き忘れた事はないか
話し損ねた事はないか

冬の出口にぼくらは
みず鳥のように身繕う

見失ったものを
朝の雪原に掘り起こす

ひとつの冬が秘匿した
ひかりの湖がある筈だ



遥か飛び立てるよう
冬は鳥たちを
赤子のように眠らせた




●その13


「ゐ」

ゐどのゐもりと
いへのいぬ

ゐぐさ刈るいもうとは
ゐなかにいます

@みたいな不細工さに
…ゐ…

糸井さんは
いとゐさん

猪木さんは
ゐのきさん
なんでんかんでん
3、2、1、ダアアアア






「の」

のどの奥の洞に
ひっそりうずくまる
なつかしい部品たち

(骨は骨として)
(肉は肉として)
(血は血として)

のどの奥の洞に
(の)という小石を
投げ入れると

その洞のくらがりから
鈴の音が
いっせいに鳴りはじめ

なつかしい部品たちが
(生きもののように)
(立ち上がる)

血は血として
ぼく(の)内そとで
鳴りやまない




●その14


「お」

おおきな手は
ぼくの坊主頭のうえに
そっと置かれて
まだあるんだろうか
あの日のように

雪どけの野に
ひかりの春はあふれ

眼に見える
すべてのものたちが
子犬のように
おなかを
空にさらして見せる
ひかりに
たっぷり愛撫されて

ようやくめざめた
おじいちゃんみたいな
春の手のひら




●その15


「く」

くらいすとちゃーち!
だにーでん!
おーくらんど!

北緯40度の
黄砂にけむる3月

あさい春の家なかは
泡たつように
耳なれない地名で
あふれかえっている

にゅうじーにゅうじー

ひかる4月
夢のバルーンを
北半球から
南半球へはこぼうと
あたたかなかぜが
垂直にふきわたる

かぜ つち うみ
鳥 花 ひと

南緯40度の
あさとひるとよるに
まな子をゆだねる 春



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