[連載]

 その21話〜 その24話( 神谷 直樹 )


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●その21


「め」

めやぐ だじゃ
ぼん くれ ぼん
季節のあいさつごとに
玄関のその人は
ぼそっと呟くのだった

めやぐ だじゃ

開くことのない
シャッターを前に
たむろする青白いかげ

迷惑かけてねえだろう

新町は熱帯夜
よどむ夜気を
わずかにふるわせて




「み」

みをこなにしようが
なんにしようが
それぞれのみひとつ
みずてんのみに
さびがでようと
なにがでようと

みひとつでと
めとり めとられ
やや子でにぎわう
はるもあきも
みのたけにあった
某年
某月
某日 某時
それぞれのみひとつ
この世にうまれ
この世をしりぞく

さよならまでの人生だ




●その22


「し」

(S)(I)を入力する
咲き誇るヒマワリの
ら旋にめぐる
夏の回路

ふかくうなだれる
花茎のあしもと
うすずみ色の石塔に
ゆらぐひとと
きたるひとと
ゆくりない会話を重ね

ひとり
輪からはずれた
半袖のセーラー服の
少女は少女なりに
ゆくりない入力を
みえない彼岸へと
くりかえしている
ケイタイという墓石

すべてが
(S)(I)を拒絶する夏
ひびわれた花器に
花を投げ入れ
枯かつを養生する作法

服用すべき(S)(I)の
用法・用量を
まちがえないで…





「ゑ」「ひ」

ゑひ
ゑひ

わたくしがわたくしで
ありません
だんじて

酔ひ
酔ひ

ぬかるみがぬかるみで
なくなりません
いっかな




●その23


「も」

もういいだろうか
たとえば
1個のスイッチを
切るというやり方
たとえば
空気のほかの
吸引すべきものの調合

もういいだろうか
もういいだろうか

死の技術について
問われる者も
問う者も
決裁を迫られる
ひたすらしずかな
水ぎわがある
たとえば
夕ぐれの病棟

もういいかい
もういいよ…





●その24


「せ」

世界の中心は
ぼくらにひとしく
ひとりずつの
ぼくらそのものだから

愛であれ
にくしみであれ
さけぶべき
ぼくのコトバたちは
あめゆきのように
ぼくの唇に
ふりかかる





「す」

素顔
素手
素足
素肌

うまれてしばらくと
死ぬという瞬く間と

あとは
まるで
素っ頓狂の
す(素)





「ん」

おどろきや悲嘆
失意やよろこび
たったその1音だけで
母音はヒトの感情を
豊かに伝導してくれる

ヒトとしていきること
意味をリレーしあう
生きものとして
感情の抑揚を
a.i.u.e.o.の母音に
羽のように託し
もっとも沈黙にちかい
はるかに遠い
暑い砂漠の砂に
6番目の母音
…(ん)…を拾いだす


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