[連載]

  161 〜 170       ( 鳴海 助一 )


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◆その161
 「おどごあねこ」

 名詞(卑称)。「女のような男」の意。1やさしく、すなおで、声までが女の声のようで、すべては男性的というには縁遠い人。2普通の男子が、何かの都合で、女のする仕事をしている場合。

※オヤオヤ、おどごあねこヤッテエシタナ。
○まあ、今日は、おくさんのお代わりですかぇ。

 これはダンナさんが襷(たすき)がけで、流しにでもおって、何かやっている場合。(ほめる・からかう・見下げるなど、その人と時によってさまざまなり)



その162
 「おばぐだ」

 形容動詞。主として「くじ(口)おばぐだ」という。意味は、「口が悪い・口のきき方が横柄だ・言葉が荒い」ということ。

※アノフトァ、ヘワジギデ、ウッテエエ人ダバテ、くじァおンばぐで。
○あの人は、せわ好きだし、うんといい方だけれども口が悪くて(言葉が乱暴で)…

※アノオナゴァ、クジァおンばぐデ…。ダェッサデモ、ドホンドホンドサベテ…。
○あの女は、口が悪くてねェ…。誰にでも、ゾンザイな言い方をして(あるいはガミガミいって…)

▲大辞典・方言辞典のどちらにも1.言葉が荒いこと。青森県。2.人の悪口。秋田県鹿角郡とある。青森県と秋田県だけに限られた、珍しい方言であるが「お ばぐ」の語源は、研究しかねている。「あ」の部の「アバグチ」あるいは「アヤバグ」などに関係があるのか。あるいは神奈川県・愛媛県の一地方の方 言といわれている「おばぐ」あたりに、案外関係あるかもしれない。「おばぐ」は、「麦めし」「麦ばかりの飯」(山梨県)のことをいうのだそうだから、「口 が粗末だ」などから手掛かりが得られそうだ。津軽の「アラゲナェご馳走」なども、考え合わせて…。結論は、今はさしひかえる。



◆その163
 「おぼさる」

 動詞(ラ行四段)。これは「おぼる(負う)」の「おぼ」に、津軽特有の動詞性の接尾語「さる」が接続したものとして、一応一つの動詞とみておくが、多少 の説明がいるようだ。「おぼさる」の意味は、例えば、子守りが幼児を「おんぶする」場合、子守りは幼児を「おぼる」といい、幼児の方からいえば、子守りに 「おぼさる」ことになる。これを、電車と人の場合に比較すると、
1. 電車に「のる」…電車が人を「のせる」
2. 子守りに「おぼさる」…子守りが幼児を「おぼる」
 このように「のる」と「おぼる」とは、似ている動詞だが、性質は、自動詞(のる)と他動詞(おぼる)とのちがいがある。また、「おぼさる」と「のせる」とも、似ているようだが、やはり自動詞(おぼさる)と他動詞(のせる)とのちがいがある。つまり次の通り。
1.人がのる。幼児がおぼさる。…(自動詞)
2.人をのせる。幼児をおぼる。…(他動詞)

※オヤジサおぼさて、ヤットデンシャガラオリダジャネソレ…。
○夫(亭主)に負わされて(オンブされて)、ようやく電車から降りたそうですよ。ねェ大へんでしたでしょうよ。(ケガ人など)

※ヨッツノジキ、アヤサおぼさテ、オヤマサンケネエタ。
○四つ(四才)の時、お父さんにオンブされて、岩木山に参詣に行った。(お山参詣に行った。)

※ヨベラ、ネデラェツサ、タマシァオボサタツコド…。ワモナモ、エギァトマタデァ。
○ゆうべ、わたしが寝ていたのに、タマシイ(魂、生霊)が、おいかぶさったもンだ…。息が止まるとこしたゼ。

※ソウナレバナルホド、ソレダケ、ミナサ、おぼさテエグワゲデスァェ。
○そうなればなるいほど、その分だけ、みんなに、負担がかかっていくわけですよ。(割り当が、加算・追加されるということ)

※サァサ、おぼさテ、オンニャサ、アシミネエゲヘ。
○さァさァ、オンブされて、おもてに遊びに行きなさいよ。

 この用例では、「おぼさる」の連用形だけになったが、他の五つの活用形も正しく活用する。次の通り。
1.父におぼさ(ら)ない。…(未然形)
2.山サおぼさッって行った。…(連用形)
3.誰にでもおぼさる。…(終止形)
4.おぼさる子どもがない。…(進体形)
5.おぼさればすぐ眠る。…(仮定形)
6.アダコさおぼされ。…(命令形)



◆その164
 「おぼさる(2)」

 この「おぼさる」という語は、「た」の部の「だがさる」という語と共に、津軽方言のうちでも、特異な性格をもつものとして、極めて注目すべきことばであ る。津軽では、子どもを背負うことを「おぼる」(次の条に)というが、これの標準語は「おう」であるが、「おぼさる」の説明の都合で上、「おぼる」という 標準語があるものと仮定して、少しく述べてみる。

1. 「おぼさる」に使役の助動詞「す」を続けると、「おぼらす」となる。これの口語訳は「おぼらせる」。これは、母が子守りに幼児を「オンブ」させる場合の 言い方となる。つまり、母が、子守りにある動作を「させる」のである。ある動作とは、この場合は「幼児をオンブする」こと。
2. 次に、前述の「おぼらす」に、さらに受身の助動詞「らる」を、続けるとどうなるか。「おぼらせらる」となる。これの口語訳は「おぼらせられる」。これは、 例えば、子守りが、母にある動作を、「させられる」という場合の言い方である。つまり、子守りを主体にして言えば、子守りが、母に、幼児を「オンブす る」を動作を「させられる」ということになる。
3. この「させられる」が、慣用によって、「される」となる。「泣かせられる」が「泣かされる」となるように。そこで、「おぼらせられる」も「おぼらされる」となり、さらに訛って、「おぼ(ら)さえる」となる。
4. 津軽方言のうちでも、特異な性格をもつところの「おぼさる」という動詞は、たしかに前述の「おぼさえる」から転訛、転意、もしくは転用されたものにちがいない。「た」の部の「だがさる」の意味と比較してみるとよくわかる。
5. なお、津軽方言の「さる」という動詞性の接尾語と比較してみる必要がある。この「さる」も独特な意味をもっている。例えばハケラさる。ワララさる。呑まさる。ツカラさる。などの「さる」である。この用例は次の通り。
 ひとりでに走らさる。(坂道を降りるときなど)
 笑うなといえば却って笑わさるものだ。
 医者から止められているが、やはり呑まさる。
 あれば、どうしても使わさる。(お金など)
6. 前述の「@さる」と「おぼさる」「だがさる」の「さる」とは、成立過程は全く同じ。ただしその意味は、前者は転意の途中の段階にあるといえる。即ち次の通り。
 走らされる。(他から動作をされている)
 走らさる(ひとりでにそうなる)
 おぼさる(進んで動作をする)



◆その165
 「おぼぎ」(1)

 名詞。昔、裁縫の用具などを入れるに用いた籠のこと。あけび蔓で編んだもので、形も大きさも、今の「お茶びつ」ぐらい。三、四十年前までは田舎のお婆さ ん達には、ただ一つの、身の回りの調度品でもあった。貧しい家庭では若い人達でも大てい用いたようだ。当時、針さし箱も、もちろんあったけれども「おぼ ぎ」は、今の簡単な「裁縫箱」に相当する。筆者幼年の頃、貧しい母の、手近な調度品?といえば、古びたこの「おぼぎ」が一つあるだけだった。その頃の母は 田畑の仕事や、むしろ織りに忙しくて、日中、針を持つということは、めったなになかった。夕飯後も、大ていは縄ないをしたので、台所(居間)はいつもカッ チャマシイ。暗いランプの下へ、押し入れ中から「おぼぎ」を取り出して、繕いものでもする時は、決まって母の機嫌はいかったようだ。「おぼぎ」には、財 布も入っている。飴玉の袋がかくされていることもある。だから、子供らにとっても、家の中のただ一つ、めぼしいものといえばこの「おぼぎ」であった……。 なつかしい思い出である。

※ナンドァ、マンダおぼぎカマシタベ、モノァメナェグナテサダダ。(筆者の母の言)
○お前ら、また「おぼぎ」を掻きまわしたナ。ものが見えなくなって困るよ。

※オラハケデエタジギ、アコノアバ、おぼぎフトツモテ、トゴジネエデ、マヤマヤテエタ。
○おいら駆けつけた時は、あそこのお母さんが「おぼぎ」一つ持って、入口で、おろおろしておったぜ。(近くに火事があった場合)



◆その166
「おぼぎ」(2)

 ▲「おぼぎ」の語源は、いまだにはっきりしないが、試みに二、三のことがらを申し述べてみたい。

 1.結論として、「おぼぎ」は「うぶげ」の訛りであり、「うぶげ」は「うむけ」の音変化である。
 2.その「うむ」は、麻糸をうむ(績む)の「うむ」であり、「け」は、いうまでもなく「笥」であり「容れもの」の代表意的な呼び名である。籠(コ)の意味であり、箱・函・笥の意味である。
 3.そこで、「うむけ」は、「績む笥」である。「績む笥」は、麻糸を作る時、「麻」から剥いだ「繊維」を、細く長くより合わせた(績んだ)その糸を容れる「竹籠」だそうだ。
 4.その「うむけ」が「うぶげ」となるのは、「産屋・産着(ウムヤ・ウムキ)が、「うぶや・うぶぎ」となるのに同じ。五音相通の理から、少しも不自然で はない、この「うぶげ」が「うぶぎ」となることも同じこと。ただし、この場合の「ぎ」は、鼻濁音ではない。普通の濁音、たとえば「義理」の「ぎ」のよう に。産着の「ぎ」は鼻濁音である。たとえば「鍵」の「ぎ」のように。
 5.「うぶぎ」が、方言で「おぼぎ」と訛るのも例のことである。「産着」のことも、津軽では、ほとんど「オボギ」という。
負う。負ふる・おうる・おぶる・おぼる・(子供をオボル)の過度も同じ。
 6.オボギ=方言。裁縫用具を容れる器。津軽地方。
 7.オボゲ=方言。績み麻を入れる籠。岩手遅野。
 8.オボケ=方言。績み麻を容れる器。青森県南部地方。山形・茨城・北飛騨・石川郡・金沢市等。
 6-8は平凡社大辞典



◆その167
 「おぼこ」(1)

 名詞。おぼこ。意味は@赤ん坊。A幼稚なこと、うぶなこと、青二才、世間知らず。

※キョァ、おぼこンドノ、ホソコウェルシダド。
○今日は赤ちゃん達の、ほうそうを植える日だそうだ
(種痘のこと)

※アンサマおぼこダェデ、フタリアシビネキタエ。
○だんなさんが、赤ちゃんをだっこして、奥さんと二人遊びに来ましたよ。(若夫婦がお盆などに)

※マダおぼこデ、トテモケデヤラエヘンデスジャ。
○まだほんの子供で、とても、お嫁になど、差し上げられませんですよ。(自分の娘を謙そんしていう)

※エマキタセンセァ、ワガェシテ、マダおぼこダ。
○今度おいでになった先生は、若くて、まだほんの子供ですねェ。(「子供」は妥当ではないが、簡単にいえる適当な語が見当らないので……。これは、診療所の医師や、学校の教員などの場合)



◆その168
 「おぼこ」(2)

 「おぼこ」の語源については、さしあたり、@「お坊」と、A「産子」とが考えられる。

1.お坊=これは、赤ん坊・坊や・坊っちゃんなどというから、関係ありそうだが、そもそも「坊」は地面の区画や建物などからきた名称で、「坊主」というの も、僧侶の住む建物(部屋)の「あるじ」という意味である。それから御坊・坊さんは、僧侶・和尚さんと同じになった。ところで、その坊さんの「頭つき」 と、子供の「頭」と似ているから、親称・愛称の意味で「坊ず・坊や・坊ちゃん」などといったのにちがいないとすると、これは、「乳児や女児」には妥当でな い次に、「赤ん坊」の「坊」は、ただ単に親愛の意味を添える接尾語だとみる。つまり「坊や」の「坊」とはちがうのである。かくて、@の「お坊」は、「おぼ こ」の語源とは関係ないと、結論したい。



◆その169
 「おぼこ」(3)

 2.産子=これが「おぼこ」の語源らしい。参考事項を、全国方言辞典その他より引用してみよう。

@おぼこ・おぼっこ=方言。東北各地及び、群馬・山梨県の一部。意味は、子供・幼児・小児。
A嬰児・あかんぼ。東北・山梨・徳島。
B内気な娘・きむすめ。埼玉県川越。
C未婚の女。処女。栃木県下都賀郡、和歌山県日高郡。
Dおかっぱ髪。鳥取。広島県芦品郡府中。
E「おそない」の上部の小さい餅。秋田県鹿角郡。 
F「ボラ」の小さいもの。東京。 
G「蚕」のこと。山梨・静岡県富士郡。



◆その170
 「おやがだ」

 名詞(人称)。おやがだ。津軽方言では主として「兄・兄貴・長男」の意味に用いる。

※おやがだ、カマドコノンデシマタバデ、オドトァタェシタモゲダォン。
○兄貴の方は、呑んで、財産をなくしてしまったけれども、分家した弟は、たいした裕福になったよ。

※ナランデアサェテレバ、ドジァおやがだダガサ、ワガラナェグナタデァ。オドトァトショロクサェシテ。
(あるいは、兄貴が若くて)
○二人並んで歩いてるのをみれば、どっちが兄貴だか分からなくなったよ。弟がふけてみえて……。        

▲「おやかた」について、他県の方言を少々。
1.兄・長男=東北一帯、九州・四国・広島等。
2.下男=福島県伊達郡・千葉県。
3.田主=島根。
4.地主=愛知・香川・大分。
5.戸主=荘内・熊本県上益城郡。
6.財産家=山形・長野・岐阜・島根等の一地方。「親方」と「お舘」に関係あり。



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