[連載] | |
201 〜 210 ( 鳴海 助一 ) |
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その201 「かがり」(その1) 名詞。かがり。 「が」は鼻濁音。「輝やく」の「が」のように。 これは純粋の国語「かがる」の連用形「かがり」であるが、現代では、編みもの・組みもの・裁縫などに用いられている。 津軽の農家で最も頻繁に用いられるのは、米俵を作る場合や、炭俵(スミダワラ・スミスド)を作る場合である。 俵を作るには、まず編んで、それから筒形の俵にして、それに、かがりを通すのであるが、これは米や炭などを入れるに、底になる方と、口になる方とは、サンダワラ(サンバェシ)をして塞ぐとき、交叉する縄の手掛りとなるのである。 これを通すに用いる針は、叺を縦に縫う時用いる長針でも出来るが、普通は、竹でひらたく作った、つまり竹べらを用いる。 これを、「かがりとし」という。 また、その縄を特に、「かがりなわ」という。ところでこの、「かがり」は、俵の生命(一番大切)であって、これがなければ俵の用をなさない。 米俵など、乱暴に取扱って、「かがりなわ」を切らせば、大へんな手数がかかる。 だから「かがりなわ」は、吟味して作らなねばならないのである。 その202 「かがり」(その2) ▲上代においては、編む・細む・縫う動作をすることを「かがる」ともいった。 俵や筵などを荒目に縫うことを「かがりする」というのも、その意味である。 それから転じて、編んで出来たもの、組んで出来たもの、つまり籠やビクなどをも「かがり」と呼ぶ地方がある。 参考までに他県の方言を少々。 1.竹籠のこと。 和山県有田郡。 2.魚釣りに用いる目の細い籠。 大分県久珠郡。 3.きこりや狩人の用いる網袋のこと。 島原・大隅半島・鹿児島県谷山等。 4.モッコのこと。かがいという。 佐賀県 5.草や藁製の袋様のもの。 かがという。 佐賀県。 6.父母の死亡した場合、米俵に特殊な縄を、網状にかがりして贈ることを、かがりをつけるという。 千葉県山武県。 7.標準語としては、カガリビの「かがり」が、これに相当する。 上代から用いられた。 万葉集十七「……ゆく川の清き瀬毎に可賀里さし、なづさひのぼる……」大伴家持作。 右の「かがり火」の「かがり」が、前の「かがり」と同じだというば、奇異の思いもするが、金製の籠の形をしたものの中で燃やすから「かがり火」つまり「籠火」の意味から、名づけたものである。 転じて、単なる焚火をも「かがり火」ともいった。万葉集の歌の意味は、これは長歌の一節であるが、「……今は鮎(アユ)が走っている夏の盛りであるから、鵜飼(ウカイ)をする人達は流れの清い川の瀬毎に「カガリビ」火を焚いて、水にぬれながら上がって行く…」というのである。 一説に、焚火の燃える形が、籠に似ているから「かがり」といったともいう。 ※コレァマダ、ジュウシジネモナテ、タワラサ、かがりモヘェナェダナ。ドンダバヘ、コノシタシゴドァ。 ○この子はまた、十七(才)にもなって、まだ、俵(たわら)に、カガリも入れ得ない(通せない)んですかェ……。どうです……。このやった仕事は……。 その203「かぎぎし」(その1) 名詞。かぎぎし。垣根・生がき(イケガキ)のこと。垣岸(カキギシ)の意味からきた「方言」であろうと思う。 「ぎし」は、初めは「岸・傍・根もと」等の意味が、はっきりしていたであろうけれども、だんだん接尾語化して、「岸・傍」の意がうすれて、とうとう「かぎぎしのきし」とか、「かぎぎしのそば」とかと、「きし・そば」を、別にもう一回いうようになったのである。 ※アンマリ、かぎぎしのきしマデウェレバ、アサグドゴァナェグナルベネナ。 ○あんまり、垣根の近くまで植えれば、歩くところがなくなるでしょうよ。 ※トナリデ、かぎぎしオシテキテ、サダダデァ。 ○お隣りで、だんだん垣根を押してきて困ります。 これは、いわゆる境界線の一種で、田舎とは限らず、どこでもよく聞かれることである。特に「いけがき」は手入れの如何によっては、どのようにでも伸び広がるものだから、ケチな人の手にかかってはたまらない。 また、冬季間の「雪落し」のために、この「かぎぎし」が、よく問題になる。隣人愛ということもあるが、これはお互い心すべきことである。 その204 「かぎぎし」(その2) ▲「かぎぎし」の「かぎ」の語源について。 「かぎ」は「かく」という動詞の連用形「かき」であるが、漢字の「掻く・構く・架く」の意味があり、「垣」の文字を当てる。 「かく」は、たとえば、くもが巣をかける。 左官が壁下地をかぐなどの「かく」であり、文字を書くの「かく」とも通じる。 人間の手で、何かを「組み・構える・かけめぐらす」などの意味を含んでいる語である。 ところでこの「かき」は、極めて古い時代からの語である。 原始民族が、その身の危険を防ぐために、我が家、我が部族を守るために、第一に必要なものは、その家、その境界であろう。 その工作・構築に大切な材料は、まず「土・石・材木」である。 鉄柵・鉄条網・レンガ・セメントは後世のこと。 1.土を高く積んで作ったものが、「ついひぢ・築土」。 2.樹木の幹や枝などを組み合わせて作ったのが「かき・棚」 3.石で作れば「石垣」である。 また、1の土(どて)に木を植えることを考えた。 土盛の必要のない場合は、平地に直接に木を植えてめぐらした。 これが4の「いけがき・生垣」であり、津軽の「かぎぎし」は、広い意味では、「生垣」全部を含んでいるが、狭い意味では、実は、一番低級な?「イブタ」の垣根のことである。 余談だが、地方によって、様々な果樹や、草花の垣などがあり、またその垣にも、風雅なものから全く泥坊除け、見栄・外観・威圧的なものに至るまで様々サマザマである。 逃げればいけない、「タゴ部屋」の高塀や、監獄の鉄柵などに至っては、思い出しただけでも、嫌になり浅ましくなる。なおまた、人垣・友垣・赤垣など……。 「垣根談義」でも書いたら面白いと思う。 その205 「かぐじ」(その1) 名詞。かぐじ。 意味は、主とし家宅の後方に当たる宅地(屋敷・敷地・空地)のこと、野菜などを植えた裏畑のことなどにいう。 家の前の方は「おにゃ」という。 お庭の意味。田舎では大てい、「おにゃ」も「かぐじ」もすばらしく広い。 裏からすぐ、広大な野菜畑や、果樹園に通じるのなんか、まことに羨やましい限りである。 屋敷と畑とを区切って、「垣根」を植えるこちころもある。 こう考えると、語源は、あるいは「隔地」はではなかろうか。 「隠地」も一応考えられるが……。 いずれにしても、単に「裏」というのよりは、たしかに実感がある。花咲爺い(ハナサカジジイ)の「裏のはたけで、ポチがなく……」の「裏のはたけ」もこの「かくじ」が、しっくりするようだ。 ※トナリデかぐじァフレェドゴデ、オーニオ四ツモツンデモ、ナンモジャマネナナェデバシ。 ○お隣りでは、裏(屋敷)が広いから、大乳穂四つほど積んでも、少しも邪魔になりませんねェ。 田舎の大田作り(大農・大やけ)では、取り入れした稲の置場が大へんである。 センコキ(稲扱器)でコクのだから、三四ヶ月もかかるし、脱穀が終わっても、その藁がほぼ同じ量だから、やはり広い場所が要る。家に近いと、第一火災が心配である。 それに、物置き、薪小屋、馬小屋、堆肥小屋、土蔵などから?大へんだ。 広大な地面が必要な所以である。現今機械のお陰で、秋中に、たんぼなどで大方片づけてしまうし、また、馬も二頭の三頭のという必要もなく、だんだんだん無駄?な地面が要らなくなった。 しかし、なんといっても、かぐじやおンにャの広いのは、人の心までユッタリするようだ。 その206 「かぐじ」(その2) ▲「かぐじ」の語源は、矢張り漢字熟語の「隔地」であろう。 そうなると、これは漢字音で漢語だから、上代からとも考えられ、また、比較的後世のものではないかとも考ええれる。 標準語辞典には「隔地」は「遠隔の地」、「離れた国・土地」という意味になっている。 しかし、漢字辞典には、この熟語は見当たらないから、津軽方言で、「宅地の裏手」「裏の畑」等の意味として用いるようになったのは、せいぜい室町時代の初め頃あたりではなかろうか。 ただし、その本元は、「遠方の地」「離れた所」というのに変わりはない。 平凡社大辞典の旧第六巻二頁に(新縮印版第三冊目) カクチ=方言。 家の裏。宅地の裏。 青森県・南部地方・岩手県中道地方・遠野地方・秋田県仙北地方とあり。 さらに、カクーチザケに同じ。 熊本県南関。ともある。 この、「カクーチザケ」というのは、酒屋の土間あたりで桝(ます)あるいはコップなどで、立ち呑みすることだそうで、それを熊本県の南関あたりでは、「かくち」というのだと。 これはあるいは、「隠し酒」などからきたものか……。 その207 「かくらげる」(その1) 動詞(ガ行下一段)。かくらげる。 着物の裾(スソ)をたくし上げること。着物の前の方(ツマ)を、ちょっとたくし上げたり、帯にはさんだりするのは、「たぐる」というようだ。 「かくらげる」は、着物の裾全部を、大きく端折(ハショ)ってツマを交叉して前方の帯にはさむ、それをいうようである。 津軽でも所によって多少ちがうかも知れない。 「民族語い」の一巻、三三二頁にカクラゲル 青森県の弘前市で、着物の両ツマを、別々に上げること。 下北郡では、マエカクラゲルという。(方言一ノ四)。 と記入してある。 ※キモノかくらげデ、ハナホカブリシテ、ヤシキブシオタェ。 (宴席などで、思いがけない人が)裾をはしょって、はな頬冠りをして、あの方がね。安来節を踊りましたよ。 その208 かくらげる」(その2) ▲「かくらげる」の、第二期的語源は、「掻き繰り上げる」の約語とみる。 「たくしあげる」「タグル」の「タク・タクル」は、「手繰る」であろう。 「かく」も、「髪を掻き上げる」などの「かき」とみて、結局、その過程は、次のようになろう。 カキクリアゲルヨコカクリアゲルーカクラゲル。 また、「カッパラウ・カットバス・カッポグ」等の「かっ」もこの「掻き」で、それが、一種の接頭語のようなのである。 津軽の「カクラゲル」も「カックラゲル」が正しい言い方らしい。 ただ、前の「タグル」を「手繰る」とみるのには、いくらか疑問がある。 それは、「皮をむく」を、「ムグル・タグル」などともいうからである。 「むく・はぐ・巻く・マグル・手繰る・タグル・たくし上げる・まくし立てる」など、各語相互の関係は、「た・ま」の部で詳説する。 その209 「がげ」 名詞。がげ。「ガ」は普通濁音。 「げ」は鼻濁音。タコ(凧・紙魚)の上半に取りつける糸紐のこと。 タコが風を受けて上昇するためには、揚げ糸に直角になるような、タコの傾斜が必要である。 そのために、タコの上半身に、三角スイの形になるような、つまりタコの上部左右の端と中央とからの三本の糸を、適当に結び交わらせてそこから揚糸を続けるのであるが、その、三角の糸蔓を「がげ」という。 「タゴのがげァまがた」とか「タゴのがげァふかがた」「タゴのがげ切れだ」などという。 「がげ」が曲がると、タコは、平衡を失って、グルグル廻るか、片カシガリがして、落ちついて、悠々と揚がれないのはもちろんである。 大辞典には、ガゲ=凧の糸。 青森県。方言辞典にも、ガゲ=凧の糸目。青森県。 とあり、前述のような凧の挿画まで載っているが。 「ががぐし・画用紙」の頃で、ちょっとふれた、凧の「グング」や、ここの「ガゲ」など他県ではなんと呼ぶやら。 その210 「かげ」 名詞。かげ。アクセントは前回の「かげ」と全く同じ。「げ」は鼻濁音。これは「陰」ことだが、方言では、「裏」の意味にも多く用いるので、取りあげてみた。 ※ソモツノかげサ、ナマェコツケデオガナガ。 ○本の(教科書)裏(表紙に)名前を書いておきなさいね。 ※コヤノかげガラ、ベロットデファテキタドゴデ、ワモナモ、コシヌガシタデァ。 ○小屋のうしろから、ヌッと出て来たもんだから、わたし、びっくりして、腰を、ヌカシたよ。(暗い夜に不意に物かげから誰かが出て来た場合など……) 以上、五つの類似語は、ちとややこしいので、まとめて表示しておく。 1.がげ(「げ」は鼻濁音)=凧の糸目。 2.がげ(共に普通の濁音)=酒の幼児語。 3.かげ(普通の濁音、中高)=懸。店貸し。 4.かげ(普通濁音、中高)=賭。かけごと。 5.かげ(鼻濁音、中高)=陰。裏。 津軽のことばTOP |
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