[連載]

  231 〜 240       ( 鳴海 助一 )


前へ          次へ



その231
「かしべ」(2)

 ▲総合日本民俗語彙第一巻・三五一頁の説明がおもしろい。
 かすべ(漁)=菅江真澄の天明五年(一七〇年前)初秋の旅行記に、津軽の大鰐で、カスベというのは王余魚の類で、「カスエイ」という魚の乾肉である。
とあつて夏の頃、エゾ人がこれを捕って、秋味(アキアジ)に積んで来るという。(外ヶ浜風)。
ここに秋味というのは秋の頃北海道松前から来る船のことだが、「カスベ」という名前も、アイヌ語の「カシュムベ」と同じ意味のものか。
去々。また同書に、「カスベキ」(漁)=壱岐で鯛(たい)の子をいう、とも書いてある。
また、平凡社大辞典の一説には、「粕倍えい・かすべえい」の下の語を略して「かすべ」という、とあるが、その「粕倍」も、前掲の「カシュムベ」の転訛の「カスベ」の当て字かとも考えられる。
同書にはまた、「雁木えい類」の方言(東北地方)、とも記している。なお、「王余魚」は、「カラエヒ・カラエイ」と読み、約(つづ)めて「カレイ」となり、津軽方言では「カレ」と短かくいうようだ。
これは「鰈」の字を当てる。要するに「かすべ」は「鰈」即ち「カラエヒ」の一種だ、ということになる。源順の和名抄(一〇〇〇年前)にも、「加良衣比・俗に加礼比」とある。
「エヒ」の漢字は、むりに示そうとすれば、魚扁に「賁」の字などがあるが、あまりクドくなるから省略する。



その232
「かだくらだ」

 形容動詞。かだくらだ。頑固だ。きちょうめんだ。
クソまじめだ。融通のきかない人。または義理固い人。遠慮深い人。
善い意味にも悪い意味にも用いられるようだ。
標準語に、古代から「かたくな」という語があるが、「かたくら」はそれの訛りか。
津軽発音では、「ナ」を「ラ」と訛ることが多い。
例えば「手綱・たづな」を、「タズラ」「ハズラ」と発音するなど。
(既出)あおこで「かたくら」の意味は、標準語の「かたくな」とほぼ、同じことになる。
「かたくな」の語源について、簡単にいうと、「かた」はやはり「片寄る」の「かた」、あるいは「偏」の漢字に当る「たかよる」の「かた」で、結局、普通でない、正常でない、という意味。
「くな」も現今の「ひねくれる」にあたる「くね」という語が本元らしい。
「舟・ふね」「ふな」のように、「くね」も「くな」も同じとみる。その二語を続けて「かたくな」。
古語には、「かたくなし」という同じ意味の形容詞もある。「固くない」とか「固さが無い」とかではない。
むしろ「固い」ということになる。「頑固」というのもそれ。
ところで、標準語の「かたくな」は、ほとんど悪い方面に多く用いられるが、方言では、むしろ、よい意味に多く用いるようだ。
例えば、「義理堅い」という意味になど。したがって、義理を欠かない、人に迷惑をかけない。
人の世話になれば、いつかはきっと恩を返す、といったような人をいう場合が多い。しかし「頑固か」と、「融通がきかない」とかの意味にももちろん用いる。

※オマェサママダ、かだくらデ……。エデシァネ、ワジャヽモテコナェシテモ……。
○あなたはまた、義理固くて……。いいんですよ。わざわざ持って来てくれなくても……。(返しに)
大辞典三巻・二二六頁に、カダクラ=方言。かくたな。剛情。青森県。とあるが、筆者の知る範囲では、それほどでもないようだ。



その233
「かだみしぼまり」


 成句。かだみしぼまリ。
これは、「肩身が狭い」というのに同じ。
急に身代が衰えた者。世間に対して顔向けの出来ないようなことを、自分か、家族か、あるいは近親者の誰かがした場合。
あるいはまた、自分はいつもかわりがないのだが、同僚とか、隣り近所の者とかが、ずんずん幸運に恵まれて、それを羨ましく思うと同時に、こちらは肩身が狭いような気がする……そんな場合「かだしぼまりだ」という。

※ホガノヨメンドァ、タンス・ナガモジ、ミシンマデモテエグジギ、アンマリ、かだみしぼまり肩オモェ、サヘタェグナェデヨ、ヘメデ、ヤグフトンバエデモアマリ、メグサェグナェグ、モダヘテヤタェシテシ。

○よその嫁さんたちは、箪笥・長持ち、それにミシンまでも揃えて持って行くのにね……。
あまり肩身の狭い思いをさせたくなくってサ。
せめて、夜具ふとんばかりでも、あまり恥ずかしくないようにして、持たせてやりたくてね……。
このように、どんなに生活改善が、やかましく叫ばれても、長い間の習慣から、世間体をも考え、娘に「肩身の狭い思い」をさせたくない一心から、あれもこれもと、ついゝ多額の金をかけることになる。

▲「肩身」の広い狭いということは、しかし、うまいことを言ったものだ。
得意な時は、おのずから胸を張って歩くようになるし、失意の時は、自然と両肩がションボリト見えるものだ。
「しぼまり」は「すぼまり」で、「つぼ・つぼまり」の「つ」の転音だとみる。
これが、「しぼむ・しぼまる・しぼめる」とも同じで、「萎・凋」等の意味にも展開する。
津軽で、「口コしぼめデ笑ル」(口をしぼめて笑う)とか、「朝顔ノ花コァしぼまタ」などという、その「しぼまる・しぼめる」は方言ではない。
「肩身しぼまり」も、その成句の成り方、には地方的なところもあるが、「しぼまり」そのものは方言ではない。




その234
「かだじぐ」


 動詞(自動詞・ガ行四段)。かだじぐ。片付く。
嫁や婿が他家へ縁づくこと。
これを親の方から言えば、他動詞になって「かだじげる」という。
この場合は、ガ行下一段となる。「ぐじげ」は共に普通濁音。

※ワラシ、オヤモドサオェデ、エドゴァアレバ、かだじぐドモテラバテ、チョンドエドゴァ、ナガナガナェモンデシ……。
○子どもを親許に預けて、適当なところがあれば、縁づきたい(再婚)と思っているんだけれども、なかなか、ちょうどいいところがなくてねェ……。

※ムシメ、サンニンモかだじげダキャ、ジコババ、グット、トソテシマエシダデァ。アンマリクミデヨ……。

○むすめ三人も嫁にくれてやったら、親父とかかァはこの通り、めっきり年寄ってしまいましたよ。
あんまり苦労しましたねェ……。
この「ジコ」「ババ」は、「あじいさん」「おばあさん」のことだが、津軽の田舎では、まだ五十代・四十代の頃から、自分の子ども(二十前後ぐらいの)の前や人前では「ジコ」「ババ」などという場合もある。
諺(ことわざ)にも、「むすめ三人あれば、かまどかェす」というのがあるが、それほど、嫁入りの経費は、何かと大へんなもので……。
それも、無理に借金までしてカダジゲルというのでは……。
よほど考えなければならないところ。老い先き短かい両親が、その借金のために一生苦労する、というのでは、あまりにも気の毒である。
この「かまど」とは、財産・身代のこと。「かェす」は、「財産を失う」こと。
 
さて「かたつける」というのは、物を整理・整頓することや、仕事や物事に言う言葉だが、嫁や婿にしても、本人にとっては一生の大事であるし、親にしても、これほどホッとするものはあるまい。
「かだじぐ・かだじげる」とは、言い得て妙なりと言うべきであろう。
津軽ことばでは、「かだじぐ」に、さらに使役の助動詞「せる・ヘル」を続けて、「かだじがへる」ともいう。



その235
「がだげ」(1)

 接尾語(助数詞)。「がだげ」「が・げ」は共に普通の濁音。
意味は、一食二食の「食」にあたる。
「ひとがだげ・ふたがだげ・みがだげ」などという。
この語は標準語としては、今でこそ一般的には用いられないが、室町時代、あるいはそれ以前から一般に、俗間には用いていたものらしい。
津軽地方では、今でも、一食・二食という人よりも、「がだげ」を用いる人がはるかに多いようだ。

※マノツカラダメシダジンダバ、ミソ、ふとがだげ・ふたかだげ、カナェシテモカガル。

○馬の力試しだ、というと(なると)、ごはんの一食や二食は、食わなくてもガンバル。(手伝う。あるいは観ている)
これは、少し笑わせるためには、そのあとへ、「ソバか、モチでも食べればヨ」などつけ足す。

※ワラハボァ、ツンブフラテキタドゴデシ、ミジサ、ウルガシテオゲェシタネ。
コレデモ、トフガナニガデアエレバ、ふとがだげァナンボダバァエシァネ。

○子どもらがツブ(田にし)を拾ってきましたので、水に浸しておきましたよ。
(土くさい臭いを去るために)これでも、豆腐か何かであえれば(料理すれば)一食分やそこらのおかずにはなりますからねェ……。



その236
「がだげ」(2)

▲「がだげ」の濁音をとれば「かたけ」となる。
この「かたけ」について、大辞典その他に頼って、その正体をたしかめてみたい。
かたけ=片食(カタケ)。
朝飯または夕飯のどちらかをいう。
カタケ=一回分の食事の分量をいう食事の度数を数える語。
丹波興作(江戸時代の宝永年間の書)に「……帳面は忘れぬ。
旅籠(ハタゴ)が六かたけ。酒四升五合……」去々。
浮世風呂「江戸時代・文化年間の書」に「……達者な身でも、一かたけおまんまを食べねぇと、気色が悪くなりますのに……」
 
以上の例だけでも、津軽地方に「がだけ」という語の存した、また現に用いられている理由はわかる。
すなわち、濁音訛はよくないとしても、濁音を除いた「かたけ」は、普通の国語として昔からあったのである。
昔は、朝飯か昼飯をヌキにして、一日二食にすることが多かったそうで、つまり二食で一日分とした。
そこでその二食のうちの一食を、半分の意味で「片食・カタケ」といったものらしい。
大言海にも、「ひとかたけ・ふたかたげ」と、数をかぞえる接尾辞(一台・五本・ひとまわり・ふたまわりなどと同じ)にも用いるとある。
ただし、標準語の場合の「かたげ」の「げ」は鼻濁音である。
「朝餉・昼餉」を「あさげ・ひるげ」というその「げ」と全く同じ意味。
津軽では既出のように、鼻濁音で発音すべきものをも
普通の濁音にするから、この語も聞きづらくはあるが、古語の名残りを止めていることはたしかだ。



その237
「かだる」

 動詞(ラ行四段)。かだる。
1.加わる。仲間にはいる。
2.一緒について行く。お伴をする。連れていってもらう。
3.相続人にきめて、老後を養なってもらう。
4.慕い親しむ。なつく。
5.共鳴する。賛成する。

※チョキンクヮエサ、かだらナェフトァ、ダェダバ。
○貯金会に入らない人は、誰ですか。

※アヤサかだ(ッ)テ、カンゴクヮエサエタ。
○おとうさんに連れられて、観桜会に行ったよ。

※アニァシンダドゴデ、オドトサかだるベンネナ。
○長男がなくなったから、次男を相続人にして、それに、老後の世話をみてもらうんでしょうよ。

※ミナエナェダナテシマテ、かだるコドモァナェツケァナ。オヤダジモ、オヤダジダジンダ……。
○子どもら(むすこたち)が、みんな家を飛び出していなくなってしまって、頼る者がないんだとよ。
(あそこの)親たちも親たちで、素行がよくないんだってサ……。

※カッチャエネエレバ、アダコサかだりタガラナュ。
○かあさんが家におれば、子守りに行きたがらない。
これは勤め人などの家庭のこと。
普通の日は、子守りさんによくなつくが、日曜など、かあさんが家にいると、あまえて、お守りさんの許へはいきたがらない。
ということ。

※ナンボネマゲルノ、カンボネマゲルノタテ、トギコゲダモンダドゴデ、ダンモかだれヘンジャ。
○いくらにするの、いくらにまけるのったって、季節外れのものがから、誰も見向きもしませんよ。
これは、春先の毛布とか毛皮など。
今日あすの生活費に追われている身分では、どんなに割引きをするといっても、冬のものを今からなんて、そんな余裕はない。
「かだれへん」は、「かたりません」の津軽訛り。
以上のように、かだるの使用範囲は相当広いようだ。



その238
「かでる」
 動詞(ダ行下一段)。かでる。
前回の「かだる」は自動詞だが、その他動詞は、この「かでる」である。

1.保険サかだる。運動会サかだる。(自動詞)
2.保険サかでる。仲まコサかでる。(他動詞)

※エネエデ、ワラシかでデ、アシンデル。
○家にいて、子どものお守などして、遊んでいる。
これは、これという仕事もせずに(あるいは仕事がなくて)、うちでブラブラしていること。
卒業したての女の子とか、病気がちな父とか母とか、あるいは隠居さんなど。

※メンゴァェハデ、バゲマデ、オンボバかでョ。
○いい子だから、(メンコイ子だから)ばん(晩)まで、坊やをお守りしてくださいねェ。



その239
「かだりこ」
 名詞。かだりこ。これは相続人のこと。
家系を継がせる子ども。
前回の「かだる」の連用形「かたり」に、「子」がついたもの。

「かたり子」。親の老後のめんどうをみてくれる人。

※ニバンメサかだりタェテ、アニハベジネシタバテ、ソノニバンメァ、トォキョサエタキャ、ジュウデコナェドゴデ、かだりこァ、ダモナェグナタデバシ。

○二番目のムスコに家を継がせたいといって、長男を分家させてしまったけれども、その二番目が、東京へ行ったきり全然家に寄りつかないので、頼る子がなにもなくなってしまったのサ……。



その240
「かつぐ」
 動詞(ガ行四段)。かつぐ。
「ぐ」は普通の濁音。追いつくこと。
追いついて同じになること。

※オンジャ、アニサかつぐデバ、ジンブオガタナ。

○弟さんが、兄さんに(もうじき)追いつくね。ずいぶんせいが高くなりましたね。

※アドガラマエダナェコァ、かつデシマタデァ。

○おくれて蒔いた苗が、追いついてしまいましたよ。

※ハヤグサキサかつげ、オグエレバコェシテマナェ。

○早く先頭に追いつきなさい。おくれると(おくれて歩けば)疲れて駄目です。(遠足などで)

※トウト、かつがエデ、シテラエデシマタ。
○とうゝ追い越されてしまいました。

▲大辞典にはカッツグ。方言。追いつく。
青森県南部地方・岩手県紫波郡・長野県東筑摩郡・西筑摩郡と出ている。
また方言辞典には、北海道・青森・岩手・秋田・宮城・山形県最上地方・長野とある。
意味として「匹敵する・及ぶ・張り合う」福島県岩瀬郡・静岡ともある。
ところで、「かっ・か」は、単なる語調を整えるための接頭語であるか、それとも、「追っ」の訛りなのかはっきりしない。



津軽のことばTOP
前へ          次へ

トップページへ