[連載]

  311 ~ 320       ( 鳴海 助一 )


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その311
「かちャぺなェ」(2)
▲「かちャぺなェ」の語源については、いろいろ考えられるが、とりあえず、それに関係があると思われる、他県の方言を若干あげて参考としたい。

1.ガンジヨ=やせ馬。
青森県。老馬。岩手・宮城。

2.ガンジヨウバ=やせ馬。
津軽地方。

3.カンシヨウレイ=やせている者。
信濃の国。

4.チヨロイ=弱い・弱々しい。
「チョロイ柱」。静岡・奈良・和歌山・京都・大阪・兵庫県佐用郡。

5.ヤジヨウナイ=か弱い。
愛媛県大三島。

6.カンチヨロ=脆弱(ゼイジャク)。
鳥取県。病弱者。壱岐。やせ者。大阪。

7.カンチヨラ=物の少なくなること。
京都・伊勢。

8.カンチヨウ=細い・弱い・病弱者。
岐阜県。

9.カンチヨロイ=細っこい・かよわい。
長野・京都。

10.カンチヨウライ=粗略・幼稚・薄弱。
島根県鹿足。

以上の例をみるに、まず「やせ馬」を「ガンジョ馬」というのは、津軽だけでないこと。

3の「ショ」も、これに関係があるとみられること。
さらに、この「ショ」はサ行タ行相通で、「チョ」にもなること。

そこで6から10までの各語と密接な関係があることが分かる。
津軽の「カンチヨペナエ」は、決して孤立したものではない、ということの証拠である。



その312
「かッちャまし(す)」

動詞。サ行四段活用。
アクセントは、かっちャまし(す)。
この語の意味は、「掻き廻わすこと」である。
「乱雑にする」ことである。
「カチャマシイ(形容詞)」とはちがうとみる。

これは、アンジマシイ(形)とアンジマス(案じ廻わす・考えめぐらす)とを、区別したのと同じ。
筆者はそう信じている。

※サカダェナェグナレバ、カガエナェコメェネ、タンスマデかちャますジャネソロ。
○酒代が無くなれば、細君の留守をねらって、箪笥まで掻き廻わすんだそうだよ。ほんにまあ……。

※ワラハドァ、ツクエ、グットかちャましテシマタ。
○子供等が、机の引き出しを、すっかり掻き廻わしてしまった。
(机の中を乱雑にしてしまった)

▲「かき」の「き」が「促音」の「ツ」になるのは普通だが、その「ツ」はタ行の音だから、「まわす」の「マ」と続いて「ツマ」、それが「チャマ」と訛るのである。
そとで「かちャまし」または、それに接頭語のように「かっ」が再びついた形で、「かっちャます」となる。
新潟県頸城地方では、「かきまわす」を「かェまうす」というそうだが、津軽にも「かます」という、同じ意味の語も勿論あるがこの二つの系統の語が、津軽には存在するのだと筆者は考える。



その313
「かちャくちャなェ」

 形容詞。かちャくちャなェ。

意味は、
1憂ウツなさま。くしゃくしゃする。

2物ごとがこんがらかる。複雑な事情。

3不確かなこと。頼りにならぬ。不安。

4方法・手段がない。5以上のうち2つ、あるいは3つを含むような場合。

※ドヘバエガサ、コヘバエガサ、かちャくちゃなェぐナタデァ。
○どうすればいいのか、(こうすればいいのか)どうにもしょうがなくなった。

※アノオナゴァ、かちャくちャなェコゴロモジダ。
○あの女の心(性格)は、ちっともとりどころがない。

※かちャくちャなェ総会だ。……天気だ。……話しだ。……役場だ。……学校だ。……新聞だ。

このように、いろいろ広く用いる。
集まるべき人数がちっとも集まらないとか、時間がメチャクチャだとか、ダラダラガヤガヤ、ちっとも相談がまとまらない、といったような場合、「カチャクチャナェ」総会だ、という。
降ったりはれたり一日中グズツイた天気などの形容には、最も適した言い方。



その314
「かッて・かて」

 小詞。特にアクセントは認められない。
意味は「……のために」である。
ここに「小詞」とは普通の品詞の、どの仲間にも入れられないようなものを指す。
助詞・助動詞・接辞のどれかに入れることのできるのもあるが、一括して、「小詞」といっている。
例えば、津軽ことばで言えば、「ソダハデ・ソダバテ・コレンキ・ソレバコ」等、みな「小詞」という。
これ等の意味は、上から順に「ソレダカラ・……ダケレドモ・コレダケ・ソレダケ(少ない)」となる。「かッて・かて」もその小詞だというわけ。

※アレネかてマゲダ。サゲネかてノマエル。
○あの人のために負けた。酒のために呑まれる。

※キシャチンネかてコマル。
○汽車賃に困る。



その315
「かで」(1)

 名詞。かで。
これは古代からの国語の「かて」が濁っただけであるが、標準語の方では、1主食米に混ぜ合わせるもの。
2食料のこと、であるが、方言では主として1の意味にだけ用いるようだ。
「かて」は、普通漢字の「糧」を当てるが、これは2の意味で、古代の乾飯(カレイヒ・カレヒ)にあたる。
昔は、米を一度飯に作って、それをまた乾かして、保存したり、旅行用(軍旅なども)の食糧にしたりしたそうだ。
万葉集・古今集その他の古書にもしばしばみえる。
しかし1の意味、即ち方言の「米に混ぜるもの」としても、上古からたくさん用いられた。これは漢字の「ジュウ」という字(米扁に柔)を当てた。
この字の意味は、支那でも、混ぜる・和(あ)える・合わせる・搗(つ)く等であるらしい国語の訓は、「かつ」で、その連用形が「かて」である1の意味にだけ用いられる方言の「かで」は、むしろ由緒の正しいものであると筆者は思う。

※ハンマェタエナェグシテ、ボンマェカラ、かでマジェデクテシタデァ。(雑食・混食)
○飯米を足りなくしたので、お盆前からもう、かて(麦・いもなど)を混ぜて食べていますよ。

※サラシアンツカレバ、テマナェバテ、かでァハテ。
○晒しアンを使えば、簡単だけれども、混ぜ物が入って。

これは、餅のあんなどに、店から買う袋入りの「さらしあん」は、何か混ぜものが入っているようで、たしかに、手作りの「小豆あん」よりはまずい。



その316
「かで」(2)
▲筆者が「かでめし」の「かで」という名を、初めて覚えたのは、大正二年の凶作の年である。
小学校一年(七才)の時。
稲を刈る前に雪が降ったあの年である。
その冬から次の秋頃まで……。
田舎でも、時々巡査が廻って来て、鍋のめしを調べられた。銀めしは勿論、まっ黒なものでも、とにかく「米」だけだと、きついお叱りを受けたものである。
ある日のこと、隣りまで来たというのを聞いて、母があわてて、菜葉汁と混ぜ合わせておいて、間もなく、ガッツガッツド入ってきた巡査の前で、膝をついて、鍋のフタを取ってみせた。
巡査は、帖面を出して、人数が何人だのと聞いて、なんにも叱らないで出て行った。
その年の四月、入学式におぶさって行っただけで、間もなく父とは別れたので、その時は母と、七つ五つ、三つの四人であった。
巡査が、「かでヘデラガタェ(かてを入れているかね。)といって、入って来た時のことが、四十何年後の今も、不思議にはっきりと記憶にある。
 なお、古来の国語に「かてて加えて」という接続詞があるが、この「かてて」は、とりもなおさず、前途の「かつ・かて」の動詞に、「て」という助詞がついたもので、「なおそれに、合わせ加えて」という意味であるが、そうなると、いよいよ、「かて」は、食糧の意味よりも、方言の「混食」だけの意味とする方が、正しいことになるようだ。



その317
「かでくさ」

 名詞。かでくさ。
これは、主として、ご飯の「おかず」の意味。前出の混食の「かで」からきたこと勿論である。

※クジァカラキジネナテ、かでくさ(かでもの)エグナェバ、ミシケナエグナェシタデァ

○口がぜいたくになって、おかずがまずいと、ご飯が食べられなくなりましたよ。



その318
「かど」(1)

名詞。魚の名。
かど。
「鮫・サメ」の一種である。
「アオザメ」「ネズミザメ」のこと。
魚類図鑑等によれば、
 アオザメ=ほとんど全世界に分布する。
長さ七メートルに及ぶものもある。
甚だ狂暴で人間にも害を与える云々。
 ネズミザメ=寒帯性魚で東北地方から北海道に多く、長さ三メートルに及ぶものあり、性狂暴で人に害をなす云々。
さめは種類が多く、その一種類についても、地方によって、呼び方がまちまちである。
例えば、
アオザメ=アオザメ(東京・三崎)アオヤギ(関西)イラギ(和歌山・福岡・熊本)カツザメ(仙台)カトザメ(青森)以下省略。
ネズミザメ=ナズミザメ・ラクダ・ゴオシカ(東京)モオカ(仙台)カトウザメ(北陸地方・釧路〈クシロ〉)というように。
 さて、津軽の「かど」は、図鑑によれば、はっきり「かとざめ・青森」とあるから、アオザメをいうのにはちがいなかろうが、七メートルにも及ぶものがあるとすれば、日常もう少し大きいのも見受けられる勘定だが……
ネズミザメの方は、大きいのが三メートル位いというし、寒帯性・東北地方・北海道云々とあり「かとうざめ・北陸・釧路」とあるから、あるいは、津軽でいう「かどは、このネズミザメの方ではなかろうか。
 ところで「かど・かどざめ」は、美味で、肉も豊富だから「カマボコ」なども造るようだが、概して安値に買えるから、昔から、特に田舎では重宝がられている。
ただし、人によっては、「かどは人間を食う魚」だといって、全然食べない人もあるようだ。
それほどに考えなくても、妙にクドイくらいな味だから、田舎では、早いところ、大根と組合せる。
大きな鍋に煮る大根汁・ナマスあえ、オロシを添えたやきざかな、あるいは、テンプラなど。



その319
「かど」(2)

▲「かど」「かどう」の語源について。
1「ニシン」のことを、古くから「かど」といった。
方言としても、盛岡・仙台・秋田・岩手等。
大言海は、蝦夷語であろう。
ニシンは、東海の魚という意味の合字であろう。
魚の名。東北の海に多く産す去々と説明している。
また、岩手県・宮城県の一部では、「かどいわし」といって、やはり「ニシン」のことだそうだ。
2(カツオ)のこと。
これは、南島喜界の方言に、「かとう」といって、「カツオ」のことだそうだが、筆者も大分以前から「かど・かどう」の語源は「かつを(お)」だと信じていた。
ただし、「カツオ」の漢字を、魚扁に堅を書くのは、単なる当字であって、語源は「頑魚・カタクナウヲ」の略転だというのが、大言海の説である。
すでに万葉時代には「カツヲ」といっており、和名抄(千年前)にも、堅魚=加豆乎とある。
 再三述べたように、タ行の五音が相通することは、極めて普通のことだから、「カツヲ=カトウ=カト・カド」と転訛したものではなかろうか。
前掲の、仙台地方語の「カツザメ」津軽の「カヅブシ・カヅダシ(ダシ・汁のこと)」また、通(ツウ・トウ)。豆(ヅ・トウ)。図(ヅ・ト)。
落ちる(落とす)等。
結局、「かど」の語源は、「かつお」にちがいない。



その320
「かどこ」(1)

 名詞。かどこ。
門口や、家の周囲を流れる小川や堰などをいう。
簡単に足場を作って、洗濯をしたり、農具を洗ったり、桶・樽などを浸しておいたり、または、牛馬の手入れや、人も野良帰りの手足を洗ったりする。
そしてまた、用心水にもなるなど極めて利用の途が多い。
なお、その「かどこ」の水を、屋敷内に引いてきて、そこに小さな溜池を作ることがある。
その「ため」のことを「タナギ」という。これは、特に「種籾」を漬ける場合に必要であり、また「あひる」の飼育にも養魚のためにも好適である。
とにかく、宅地内に、または近くに、流れ水のあることは、何かにつけて重宝である。

※オマェダジデ、かどこァツカェシテ、エナシー。
○あんただちでは、水が近くて、何かと便利ですね。

※ワラハドァ、かどこネエデ、ミンジアブテラキャジュンサネカテ、シカラエダ。マダハヤェテ
○子供らが、門口の堰で、水浴びをしていたら、お巡りさんにしかられました、まだ早いといってね。

※オドァバゲネヨッテキテ、かどこサオジダ。
○うちのお父さん、ばんに酔ってきて、門口の堰に落ちました。



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