[連載]

  321 ~ 330       ( 鳴海 助一 )


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その321
「かどこ」(2)

▲「かどこ」は、門(カド)に、津軽の接尾小詞といわれる「コ」がついたものであろうが、辞典によると、方言として、
1.家の前の空地。2.庭。3.泉。
(青森県南部地方・静岡県榛原郡)などとある。
1と2の意味には、全国各地方広く用いるようだ。
「かど」の第一期語源は、構戸(カキト)である。
「構く」は「掻く」と同じで木などを組み合わせて工作すること。
左官が「壁下地」を「かく」、クモが巣を「かく」も同じ。
つまり「カキト」は、木材などで組み合わせた戸「処」の意味で、門(モン)に当たるから、「門」を「かど」と訓んだわけ。
また、昔は大てい家のすぐ近くに、水田を耕作したもので、しれを「ヤゲシノ田・ヤゲシ」というのがある。
「ヤゲシ」は「家岸」の意。
近くの水田は、すべて都合がよいから所有者には、命の次に大切な「たから」であるし、他人からも大いに羨ましがられる。
「ヤゲシ」の五人役よりも、ニシギコァいだわし」
「家岸の水田五反歩を手放すよりも、朝の寝床から離れるのがおしい。」
これは、朝寝坊の人が、朝起きが大儀だ(朝の床がおしい)という意味の誇張であるが、おもしろいことを言ったものだ。
ところで、田舎でも、家の近くに「かどこ」のある場所は、特に、価格が高いようだ。



その322
「かなこ」(1)

 名詞。(虫の名)かなこ。
とんぼの一種で「燈心トンボ(とうしんとんぼ)」のことである。
夏のころ、水辺や草むらや、藪のあたりで飛んでいる。
普通のとんぼよりもはるかに小さく、か細く弱そうで、色も薄茶色をしているので、木綿糸(カナイト)で作った、燈心(とうしん)のようだから、「とうしんとんぼ」というのだろう。
津軽地方では一般に「かなこ」といい、これより少し大きくて、羽も肢体も真黒な(主として水を面飛ぶ)のは、「かっぱかなこ」という。
これは「おはぐろとんぼ」のこと。
普通のとんぼは(赤とんぼでも)なかなか捕れないが、「かなこ」は夢でもみてるように、ゆうゆうと飛んでいるので、小さな子供らにも手易く手づかみにされる。
やはり、細い糸を結びつけられたりして幼童の愛がん用となる。



その323
「かなこ」(2)

▲「かな」は、一般に「か弱い」という意味である。
津軽ではやせてか弱い子供のことを「かなこ」ともいいおとなでも、特に女の小柄なやせこけた人を、「かなこ」というようだ。
「とんぼ」と「かなこ」と、どちらがさきかは、よくわからないが他地方ではも、「線香(センコウ)とんぼ・ひかげとんぼ・あねさまとんぼ」などという。
また「か弱い」とか、「小さい」とかを、なぜ「かな」というのか、これもはっきりしない。

諸国の方言にも、
ガナズ=貧弱な体格(長崎)。
カナスズメ=セキレイ(小鳥)(秋田県鹿角郡)。
カナヘビ=トカゲ(山形・福島・新潟・長野)。
カナメ=目高(小魚)(長野県東筑摩郡)
等がある。

隠岐の知夫島では、新婚早々の男女共に、「かなこ」というそうだが、これは、女の方が本元で、後に、男をもいうようになったらしい。
その理由に、「かなこ」は本来は「かなむすめ」というのであり、それは、女子は結婚すると、母親から「オハグロ」や「オハグロ揚子(筆)」や、おしろいなどをもらい第一に「歯」を黒く染める。
津軽でも昔は、大ていの婦人は染めたものであるが、それを「かねつける」という。
隠岐島あたりでは、「かね」をくれる親を「カナオヤ」、娘の方は「カナムスメ」というそうだ。
さて、以上の如く、とんぼのかなこ、木綿糸のかないと、若い女性のかなめ・かなへび等何らかの関連がありそうだ。



その324
「かないど」
 名詞。かないど。木綿糸のこと。
これは現在では、田舎でもあまり用いなくなったが、実は普通の国語であったらしい。
上古の事はしばらくおいて。
室町時代文安年間(五一〇年前)の、「七十一番職人づくし歌合いなどにも見受けられるし、また名高い語源学書東雅(トウガ)」(新井白石の著)にも、「かな」の説明がしてある。
つまり初めは一般に「糸」の総称であり、近世に入って以来、主として木綿糸を意味し、現代では方言の仲間に入り、最近はその方言も、あまり聞かれなくなった、というわけである。
筆者は試みに、黒石市内某呉服店へ入って「かないど」ください、といったら、三十前後の婦人店員が、知らなかった。
もとは、弘前の「モメン屋」へ秋餅を持って行って、「かな糸」をたくさんもらって来て喜んだものだ。
「かな糸」は綿布を刺すのに、いくらあっても余らなかったからである。
▲「かな」の語源について、「東雅」によれば、「……かなは、蚕のマユの独つ糸のことで、片糸(カタイト)の意味である。つまり二本三本と、より合わせない、一本の細い糸のこと……。」とある。
タ行・ナ行の転音で「カタイト」が「カナイト」となった



その325
「かぱかぱ」(1)

 名詞。かぱかぱ
旧正十五夜の夜(年越しの夜)子供らが持ち歩く「カミで作った人形」のことである。
大正四・五年頃まで、この風習は、年中行事の一つとして、田舎には行われていた。
旧正十五日といえば、津軽地方では、第二回目の年越しの日である。
それともう一回、一月の末日(二十九日か三十日)の年越しと合わせて、三年(さんとし)という。
また、十二月末日の年越しから、一月七日までを「大正月」といって、男子の正月といい、十五日から二十一日までを、「小正月」といって、これは女子の正月となっている。
それで十五日は年越し日、翌十六日は、お盆の頃から待ちに待っていた若いお嫁さん達が、朝から着飾って、あるいは子守りをつけて、あるいは、若い夫が馬橇(そり)を引いて里方へ遊びに行く。
前の晩の年越しは早めに終るので、これを待ちかまえていた子供達は、折からの満月の光を浴びながら、かんかんに凍った雪道を、めいめい「かぱかぱ」を手に持って、部落の戸毎に廻り歩く。
三人五人と連れだって、戸口の所で口々に「アジノホジガラ、かぱかぱネキシタェ」(あっちの方から、カパカパに来ましたよ)と、半ば歌うような口上をのべる。
どの家でも「サァサァ」といって、みんな心より餅を一つずつくれる。円いのや四角なのやヨモギ餅・小豆餅・ゴマ餅等。
また家によっては、特に「かぱかぱ」用として、ひどく小さく切ったものなどもあった。
若者達は、空俵に五色の紙や、鈴などをつけた「福俵」なるものをかついで廻った。
「アッジノ方ガラ福ノ神ァ舞イコンダ」といって、台所の方へ投げてやる。
餅や魚のつとや酒までくれる家もあったようだ。



その326
「かぱかぱ」(2)

▲「かぱかぱ」の語源は不明。
大辞典には、青森県東津軽地方の正月十四日夜の行事。
大根を切って首頭をつくり、鳥帽子を冠らせ、紙の衣を着た人形。
「春の初めに、カパカパが参った」といって……とある。
「万才」などの風習の名残りなのか。
総合日本民俗語彙第一巻には、「年中行事」。
津軽の各郡とも、以前は正月十五日夜、男女の子供が、「カパカパ来たよ」といって村々を廻って……。
「かぱかぱ」は、本来は、お盆や折敷(お膳の小さなもの)の底を叩いて訪れたもので……。
関東でも、常陸の龍カ崎の町では、大正の初め頃までこの子供の風習が残っていた……。
これは、「カパカパ祝います」といって、通行人から小銭を乞うた……とある。



その327
「かぱじュし」

 動詞。(サ行四段)。
かッぱじュし。
主として、手に持っているものを落とすこと、に用いる。
「か・かっ」は、語調を強めるための接頭語で、別に意味はない。
「ぱじュし」は「はずす(外)」であり、上の語に「促音」があるから、「半濁音化」して「ぱ」となる。
「張る」が「引っぱる・突っぱる」となるのに同じ「じゅ」は「ず」の訛り、そこで、「かッぱじュし」となる。

※リンゴ、カワタクテラキャ、アワクテ、テガラかぱじュしテ、アグサオジダェジガ……。
○(お客様の前で)りんごの皮をむいていたら、そわそわしていたもんだから、手から取り落として、灰の中にころげこんだのサ、恥ずかしいったら……。

※ワガェモンドド、ヤッテミダバテ、マルァ、テガラかッぱじュエデ、マエナェネ。
○若い連中に混じって、やってみたけれども、ボール(野球)が、手から逃げて(外れて・落ちて)駄目なのサ。

※ハヤグウレバエシテアッタェジ、エエドゴ、かっぱじゅしテシマタデァ。ツット、ヨグシタンダァ。
○値段がいい時に、売ればよかったのに、もうけぐちをにがして(外して)しまいました。
ちっと、慾ばりましたおンねェ。
(リンゴなど)



その328
「かぷける・かぷけさし(す)」

 動詞。かぶける。かぷけさし。
これは「カビ」が活用して「かびる・かぶる・カプレル」あるいは、「かび」がさす、等となったもの、それらの方言である。
食物その他のものが、湿気・温度等の関係で、その表面に一種の菌を生じ、腐敗していくことを、方言では「かぶける」という。
「かび」が生えたことを「かぷけァさした」という。
名詞にして、「かぷけ」といえば、「かび」のこと。
標準語でも、転じて頭に「カビ」が生えたとか、古くさいものなどにもいう。

※アダマサ、かぷけァさしたェンタフトバレアジバテソンダシタッテ、ナニァデギルモンダバ。
○頭に、カビが生えたような人(老人)ばかり集まって、相談したって、何が出来るもんですか。

※オヤオヤ、ドシテラバ、かぷけるダケ、シアシブリダナ。エージモドエッシタバ。
○おいおい、どうしていたんです。ずいぶん久し振りだねェ。いつお帰りになったんですか。

▲「かぷけ」の語源について。
結論として、恐らくは「カビ気」の転訛であろうと思う。
太古のことは、臆断は禁物ながら、かの日本書紀や、古事記の初めにある、名高い「葦牙・アシカヒ・アシカビ」等の例に徴してもすべて、ものの表面に蒸し生じるものを「カ・キ・ク・ケ・香・気・毛」等の国語の音で呼び、それに、語尾を加えて、後世の国語になったものが極めて多い。
「かび」もその例である。
「毛」もその通り。
草木の(クサ・キ)もそれ。
第二期的な解釈としては、まず「か」があり、活用して「かぶ」という上二段動詞となり、その連用形が「かび」である。
という説も成り立つ。
それに、さらに、接尾語の「け・気」がついて、「かびけ」これは、味気・塩気・寒気・かなしげ・人っ気・飾り気・いろ気」等の「け」とほとんど同じ。
髪のことを「かみげ」という。
その「げ」も、「かびけ」の「け」もまた同じ。



その329
「かぽぐ・かッぽぐ」
 動詞(ガ行四段)。「ぐ」は鼻濁音。
「急ぐ」と、活用は全く同じ。かぽぐ・かッぽぐ。
この語の意味は「大急ぎで、ものを食べること」である。
ガツガツと、むさぼるように食うさまをいう。
転じて、すべて物事に「大いに乗り気になる」という意味にも用いる。

※ナンボガメェガサ、トナリノアネァ、ネリゴミかッぽいデラデァ。
(祝言のお手伝いなどに行って)
○どんなにうまいのか、お隣りの若い嫁さんが、ウマ煮を、ほおばって食べているよ。
これは、田舎の祝言などではよくあることで、田舎では、お膳の料理は、大てい自宅で作る。年功を経た料理人が一人指図して、親類隣り近所の、オガ・アネ達が、十数人もその手付きとなる。それに子供が二人三人と随いてくるから、また男の手伝い人が、十人内外は必要なので、これだけでも大へんなものである。ところでその男女の手伝い人が、朝・昼・晩の食事は、大ていは、納屋などの料理場の片側で、いろいろな余分なものをかき集めて食べるのであるが、この「ネリゴミ」は、女達には特に喜ばれるので、一鍋ぐらい多く作る。これは、宿のおかみさんが、特に気をきかして作らせる。例えばお昼の時。大てい時間は一時すぎ。若い女達は腹が空く。中皿に山盛りにしネリゴミを、ついうっかりして、音をたてて「かっぽぐ」のも無理ないこと。去年来たばかりの若い嫁が、「アレダバ、シンドイ」と、口さがないオガ達が、陰口いうのもまた無理ないはなし。「ネリゴミ」は、サツマイモ・ササゲ・コンニャク・油揚など、それに葛粉と、大量の砂糖を入れて作る。普通料理でいう「うま煮」ともちがうようだが、本名は何というかわからない。あるいは「煮込み」の訛りか。また「かッぽぐ」も、標準語では適訳が見当たらない。あるいは「掻っ込む」が本元なのか。

※サアサア、シルカデデ、かッぽェデケョ。
○さあさあ、おつゆかけて、早く食べてしまいなさい。(これはまた、なぐさみして、しばらく坐っている子供らを、たしなめていう時のこと)

※スコシグラェ、エグナェシテモ、エナダバ、六百円ジンバダ、ナガガェドァ、かッぽぐァ。
○少々質が悪くても、今なら、六百円と言えば仲買い達はさらうよ。いくらでも買うよ。(りんご)



その330
「がほらど」

 副詞。がほらど。
これは、すべて、「中が空いていること」の意味。
中空。がらんどう。がら空き。空虚なこと。
これは、「空洞」「ほら穴」と関係がある。
津軽の外、秋田・岩手・宮城の諸地方で用いる。
三重県度会(ワタラエ)郡では「洞」。

※アシノホジァ、がほらッとシテ、サビシテ……。
○ふとんの、裾の方が空いていて、寒くて駄目だ。

※ハリグジネエデ、ナガ、がほらどシテラネ。
○入り口にだけ居って、中はガラ空きだよ。(バス)

※ワラハドァ、エジノコマェネタナェダガサ、カギノタワラ、ナガ、がほらがほらどナテラデァ。
○子供らが、いつの間に持って行ったのか、蒸し柿の俵が、がらん洞だよ。(からっぽだぜ)

※ヌグェドモテ、チャファンヌェダキャ、モンペノシソァ、がほらンとシテ、アジマシグナェシテ。
○あいつと思って、脚絆を脱いだら、モンペの裾が空いて、ヒヤヒヤして気もちがわるくて……。

▲語源については、確信はないが、恐らく、「空・カラ」と「洞・ホラ」とのアイノコ「カラホラ」だろうと思う。
「ガラン」とあいている。
「ガホラン」としているなどともいうし、「カラ」「ホラ」の種々の用例から考えて、一応そのように断定しておく。



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