[連載] | |
341 ~ 350 ( 鳴海 助一 ) |
前へ 次へ |
その341 「からがぐ」 動詞ガ行四段。からがぐ。 「が」は鼻濁音。門構え(もんがまえ)の「が」のように。 意味は、からみつける。結わいる・結う。結びつける・結ぶ。 ※ダンブリノオパコ、イドコデからがェデケロ。 ○トンボのしっぽを、糸で結んで下さい。(幼童) ※釘ウジヨリモ、なわからがぎノホァエガベネ。 ○釘で打ちつけるよりも、縄でゆわいた方が、いいでしょ。 (簡単な小屋掛けや、囲いなどの場合) ※ナンボガマデネ、からがえデヨコシタマンダガサ、チョコヤコド、ホドサエナェデァ。 ○どんなに丁寧に、ゆわいてよこしたものか、なかなかすぐには、(チョットヤソットデは)ほどけないよ。 (北海道あたりから魚類とか、着替えなどが届けられた場合) ※エジミデモ、カミ、ギリットからがえデ、エフリモシデナェ。タンダ、シゴドエッポンダオン。 ○いつ見ても、髪をギュウッと結って、おシャレもするでなし、ただもう、仕事だけに熱心でサ。 ▲「からがく」の二次的語源は、「絡み掻く」であろう。 「からむ」は「結ぶ」より、はるかに実態に即していて実感がある。 それに、クモの巣を掻く・左官が壁下地を掻く(構く)・橋を架く・小屋を掛く等の「かく」が熟合して、「からみかく」となる。 その中略が「からがく」であるとみる。 それで、どうしても「結ぶ」「結う」「しばる」よりは、この方が実感がこもっているわけである。 方言か知らぬが、なくしたくない言葉の一つであると思う。 この語の使用範囲は、北海道(松前)・仙台・新潟・岩手・秋田、それに青森県となっているが、家屋や小屋・囲いなどの建て方や材料などに、まだ大分原始的なものが残っていると考えられる。 北国だけに、この「からがく」が残っていることは、注意すべきことである。 なお、この語から転訛したものに、同じ動詞の「からがェる」もある。 これは着物の裾などを「端折る」というのに、「着物の裾からげる」などいう。 「端折る」のには、別に「かっくらげる」という言い方もあるが。 その342 「からくじ」 名詞。からくじ。空口。無駄口。口答え。 反抗する意味で、口を返すこと。へらず口。 ※マアコナシァ、オドナサからくじキデ。 ○まあこの子は、おとなに向かって口を返して。 ※からくじバレ、テエッパェエデバ、テアシァエモダ。 ○あの男は、口先だけは、りっぱなことを言うけれども、手足が動かない。 (実行が伴なわない) ※ガッコサウッテハェタキャ、コンダ、オヤサ、からくじグェンネナタナ。マアエガベ。 ○学校にうんと入ったら、こんど、親に向かって、口答えするようになったか……。まァいいでしょう……。 ※アノセンセァ、からくじァエグナェシテ。 ○あの先生(教員・医者)は、言う事が横柄で。 (口が荒いこと。または、他人を下目にみていうことなど) その343 「からきじだ」 形容動詞。からきじだ。 これは珍しい言葉で、「我ままなこと」「すべてにぜい沢なこと」。 「から」を略して「きじだ」ともいう。 ※フトリムスメダドゴデ、ナンダテ、からきじでサダダ。 ○一人娘なので、どうも「わがままで」こまる。 ※フトネツカラヘナェバ、からきじでマナェデァ。 ○他人に使ってもらわないと、わがままにそだって駄目ですねェ。 ※アシンデレバ、クジャからきじねナテ。 ○働かない(遊んでいる)と、口がぜい沢になって(食べ物がうまくないこと)。 ※コノマ、からきじで、カラクサダバカナゼグナッタ。 ○この馬は、口がおごって、ただの草だけだと、たべなくなったよ。 ※エマダキャ、ソンダノコンダノッテ、からきじコェデ、エラエナェヤェ。 ハネエドゴァアッタラ、ドゴサデモ、ハテオェダホジァエキャ。 ○今の世の中では、どうのこうのと、撰択(より好み)してはいられないゼ……。勤めるにいいところがあったら、どこへでも、入っておいた方がいいよ(安心だゼ)。 上のように、津軽では、「からきじこぐ」とか、「からきじこがなェ」とかと、誰でも普通に言う。 「ぐ」は普通の濁音で、「こく」の濁訛。 「何々する」の「する」にあたる。 ただし、この「こく」は多分に卑罵の意味が含まれている。 例えば、「おしゃれをする」ことを、「いいふりこぐ」とか、「グズグズ手間取っている」ことを、「シツモツこぐ」というなど……。 標準語の「嘘をこく・屁をこく」の「こく」の地方訛したもの。 ※からきじコエデルコマェネ、グット、トシァエテシマタ。 ○わがままをいって(お高くとまって)いるうちに、すっかり年がいってしまった。 これは、あそこも気に入らない、ここも駄目だなんて、断わっているうちに、娘さんが婚期を失ってしまった、ということ。 その344 「からきじだ」(2) ▲さて「からきじ」の「から」は、「ひどく・全く・無駄な」というような意味をもつ「接尾語」だとみる津軽の方言で、「から」のつく場合は、大ていそんな意味のものらしい。 もちろん本元は、「空・柄・殻」等の意味であったろうけれども、転じて単なる卑称の接尾語となったもの、とみるべきものが多いようだ。 例えば次のようなものがある。 ①からへ(柄せい。せいたけ。身長。) ②からこしャぐ(小癪すぎること。) ③からこッぺ(かしこ過ぎること。いけざかしい。) ④からくさい(小便くさい。) ⑤からこえ(じ声。もち前の大声。) ⑥からぽねやむ(骨惜しみをすること。) ⑦からえばる(虚勢をはる。) ⑧からッかぜ(から風) ⑨からッきし(全然。全く) ⑩からさわぎ(バカ騒ぎ。無意味な騒ぎよう。) 標準語にもたくさんあるが、三例だけに止めた。 「からきじ」の「から」も、まさにこのタグイだというわけ。 次に、「きじ」は、「気随・きずい」の訛りらしい。 つまり、「気随気まま」の意味に、卑称の「から」がついて、「からきずい」。 それがなまって「からきじ」となったとみたい。 次に、津軽の「からきじ」に似た他県の方言を少々。 まず、宮城県栗原郡では=からきずい。 青森・岩手・秋田では=からきじ。 大分県・北海道辺郡では=いばかり。 和歌山県南部地方では=がちまん。 仙台・鳥取・山口・高知では=きずい。 (津軽でも、単にきじだともいう。) また、石川県・富山県あたりでは、「無愛想・高慢」の意味として、「きずい」というそうだが、津軽の場合ともよく一致する。 新潟県では=せんしょう。 尾張・岡山では=まんがち。 隠岐島では=さいろく。 ……等々。 まさに、「所変われば品変わる」のたとえの通り。 なお、最後の、「さいろく」は、尾張・名古屋あたりでは、人の頭の形につくった人形(おもちゃ)だそうだがロクデナシのことを「さェんずず」という津軽のことばに、一脈通じるものがあるのもおもしろい。 その345 「がらえも」 名詞(卑語)。がらえも。 さっぱりだめなこと。 物ごとの成果(結果)が、おもわしくないこと。 からっきしゼロ。 これは「がら」と「えも」とを一口に言ったもので、「がら」は「から」とほぼ同じで、やはり「空」「無駄」の意味。 これが副詞となって、「がらっとマエナェ」(全然だめ)「がらっとヤメダ」(すっかり中止した・投げた・捨てた)、「からっきし駄目だ」等と用いられる。 「えも」も、正しくは「いも・芋」であり、食料としては貴重なものだが、米や麦などと並べて、主食とみた場合、はるかに劣るところから、卑語の代名詞みたいになったのか、とにかく、「つまらないもの・下手・未熟・臆病・弱者・劣等」などの意味に用いられる。 「がらえも」は、「がらっと、えもだ」というのが約まったものらしい。 なお、花札などの点の無い札(一点には数えるが)を「ガラ」というのも「空札」の意味だろうし、「芋粥・イモガユ」をすすってやっと暮している、などともいうところから、「いも」も、劣等なものの代表的な呼称とまでなりさがったものらしい。 ※キナ、ナェノオマ、ドデエタバ。カッタベ。――ナンニナニ、がらえもサェ。 ○昨日の馬力大会で、あんたとこの馬は、どうであった。勝ったんでしょうよ。なんのなんの(いやいや)、さっぱり駄目でしたよ。(賞にも入らない) ※チョネン、リンゴァ、ドデアエシタバ。――がらッとえもシ。 ○去年、りんごはどうでした。――全然だめでしたよ。 ※マグラェモノァオニコデ、シゴドコァえもコ。 ○食いものは鬼で(大食)、仕事はゼロ(無能)。 「えも」の話しを一つ。 ある年の村の、宮相撲をみにいった相撲ずきの親父、今年も、自分の倅が出場しているので、大いに張り切って見物していた。 いよいよ倅の取組みである。 ヤッと立ち上ったときの構えといい、たちまち攻撃に出たその花々しさといい、まことに堂々たるものである。 親父おもわず「オラェノアニモ、シモコダバ」と言いかけた途端に、もろくも投げつけられた。 親父すかさず「えもダネ」といったそうな……。 「うちの倅も相撲なら……ちっとばり強いよ」と言いたかったのに……、気の毒である。 「えもダネ」は、「いもだよ・さっぱりだめだよ」の意味。 その346 「からからど」 副詞。からからど。 これは、乾き切った様子を形容するギ熊語。 方言とも言えないが。 ※カェドコァ、からからどシテシマタデァ。 ○道路が、カラカラに乾いてしまいましたよ。 ※ノギ下サホシテラクジァ、からからダナッタ。 ○軒下に乾かしておいた藁ぐつが、しっかり乾いたよ。 上は、特に春雪の消えかけた頃のこと。 約半年も雪に埋まり、寒い寒いといって暮す北国では、毎年訪れてくる春先の「よろこび」というものは、まさに言語に絶するものがある。 とくに昔の田舎の人々には。 履くもの、着るもの、冠むるもの、すべてが粗末で不便なものばかりで……、ようやく雪も消え始めて、暖かくはなっても、しばらくの間は、雪どけの悪路にまた一苦労する。 日当たりのよい庭先や、通りなどからまずかわき始める。 ところどころ、軽い下駄やゾーリで歩けるようになる頃のウレシサッたら……。 「ドコソコの店までゾーリコはェで行ぐネよぐなったェ」などと、おとなも子どもも大よろこび……。 前掲の用例は、そんな「よろこび」の気持ちが含まれているのである。 その347 「からこッぺ」(1) 形容動詞。からこッぺ。 この語の意味は、小ざかしいこと。 小癪な振舞をする人。 出すぎた行いをすること。 ませた人。 こましゃくれた言動。 そんな態度を形容する語であり、または、そんな人そのものを指すこともある。似た言葉に、「えげじャがし」がある。 ※アノオドゴァ、チサェカラ、からこッぺでエタキャトシァエテモ、ヤパリ、ツトサガシシゲルデア。 ○あの男は、小さい時から、ませて、小癪であったが(小ざかしくてあったが)大人になっても、やはり……少し「利口すぎる」ネェ。 ※アノママタギァ、アンマリからこっぺだデァ。 ○あの女中さんは、あんまりサカシすぎますよ。 ※ワラシァ、アンマリからこっぺだバ、シギデナェ。 ○子供が、あんまり老成ぶっているのは、嫌いだね。 その348 「からこッぺ」(2) ▲「からこっぺ」の語源ははっきりしない。 「から」は空・虚・無駄などからきたもので、多分に接頭語化して、同時に、その意味も卑語に近くなったもの、とみることには間違いないようだ。 次に、「こッペ」の「こッ」は「小・子」であろう。 「ぺ」は「帯びる」などから転訛したもので、そのような様子、そのような風体、というような意味である。 例えば「大人ぶる・都会ぶる・へなぶる・田舎びる」などの「びる」はそれである。 そこで「こッぺ」の語源を、二次ないし三次的には、「こびる」つまり「小びる」だと見当をつける。 次に、大言海の説を借用しながら述べてみる。 すなわち同書二巻三四三頁に、「こびる」の意味として、①小さく細る、伸びずしてあり。 コビレル。 静岡県にて、小男を「小びた男」という。 ②の意味として、コマシャクレル・ナマイキ云々とある。 ここにおいて、「こッぺ」は、「こぴっちょ」などの転訛だということは、一応考えられると思う。 次に各地の方言をしらべてみる。 ①こーへー・こーへる=老成。対馬。 ②こーべッたい=ませている。なまいき。三河。 ③こびる=こましゃくれる。仙台・山形県米沢。 ④こばくれる=気がきく。こましゃくれる。岡山。 ⑤こんびい=小さい。山口県祝島。 ⑥こんびんくさい=大人くさい。新潟県。 ⑦こッぺちョる=ませている。岐阜県山県郡・愛知。 ⑧こッぺーもの=追従かましい多弁者(おしゃべり)坂東。小才子の意味として。千葉県安房郡。 ⑨こッぺろく=物事に通じた人。 奈良県吉野郡。ませた子の意味として。三重県北ムロ郡。 これらの例によって、津軽の「こッぺ」は決して孤立したものでないということ、「小びる」がその本元であることなどが了解出来ると思う。 なお、津軽の「ゴッペカェシタ」の意味も、極めて明瞭になる。 つまり「あんまり小ざかしく振舞って、却って失敗した」というのがその原意である。 その349 「からぐり・からぐる」 動詞。名詞。からぐる。からぐり。意味は、 ①不如意ななかで、いろいろと、やり繰りすること。 ②いろいろと、かれこれ頭をつかって、修理修繕などをして、間に合わせること。 「からぐり」は、その名詞形(連用形)だから、転成の名詞となっただけで、意味は大たい同じ。 たとえば、「曇る」と「曇り」。 「笑う」と「笑い」。 「あざける」と「あざけり」のように。 ※アノオナゴァ、ベンチャラバレエタテ、ワラハドノヘンダクモノモ、からぐえナェジァネ。 ○あの女は、おしゃべりは、達者だけれども、自分の子供たちの着物も、ろくに繕えないんだとサ。 ※コトシエジネン、ドダリカダリ、からくてキル。 ○今年一年、また、どうにかこうにか、繕って着る。 ※オマェマダ、ソレァナェノ、コレァナェノタテ。からぐりァエシテ、リッパダモノァデギダデバ。 ○あんたはねェ、板が足りないの、金網が無いのたって、やりくりがうまくて、立派な鶏小屋が出来上ったじゃありませんか。大したもんですねェ。 この外に、「陰で、こっそり悪事をやっていること」なども「からぐり」ということもある。 ▲「からぐり」は、「絡み操る」であろう。 早い話しが、操り人形(浄瑠リ)の「アヤツル」である。 たくさんの糸や針金や何かで操作する。というのが、この「からくる」の意味。転じて、やりくり算段する意となり、陰謀などの意ともなる。 また、修理・修繕(一時の間に合わせ的な)の意ともなる。 津軽の言葉に、似たようなものとして、「くすぐる」がある。 「ぐ」は普通の濁音。やはり、修理する。一時的な繕い、というほどの意味。 その350 「からし(す)」 名詞。からし。これは、物忘れすること。 また、その人をいう。 自分でもいい。他人のことをもいう。 ※ワ、からしダドゴデ、キデモ、シングネワシエルハデ、カミコサ、カェデエテケロジャ。 ○わたしは、物忘れする性で、聞いても、すぐ忘れるから、この紙に書いていって下さい。 ※オマェモマダからしダデァ。コゴネアルデバナ。 ○あんたも、また忘れっぽい人だね。ちゃんとここにおいてあるんじゃないか。 (神棚の上とかに) ▲物忘れする人を、「からし」というのは、これこそ津軽だけのことだと思ったら、他地方にも、また標準語の言い方にもあるようだ。 「からし」は、もちろん、「からす・烏」で、この烏は、せっかく見つけた餌を、よく置き忘れるということから、物忘れする人を、そう呼ぶようになった。 方言辞典には、静岡・山口県大島。阿呆・ばかの意味として和歌山、があげられているだけで、青森県とも津軽とも出ていない。 津軽のことばTOP |
前へ 次へ |