[連載]

  351 ~ 360       ( 鳴海 助一 )


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その351
「からへ」

 名詞。からへ。幹背(カラセ)のことで、身長または、背丈の意味。
「から」は、麦幹・稲幹・からだ・人柄・身柄・家柄などの「から」であり、胴体のことにもなる。
人の「からだ」は、「幹立・からだち」の下略であるという。
たとえば、木の枝の「えだ」も、語源は「枝立・エダチ」の下略であるように。
なるほど古代には「枝」は「エ」とも読んだようだ。
人の名前にも「枝直」と書いて「えなお」と呼ぶのがある。
十二支と十干の「干支」も、当て字か知らぬが、「エト」と読むし、鍬や鎌の柄も「エ」というのは、枝・肢と全く同じ語族だからである。

※からヘァエカワリニ、ヤパリシゴドモエデァ。
○身体が丈夫なだけに、やはり仕事もよくやるよ。

※マダ、ミコァハナェドモ、からへダバフトリマェダオヤジヨリ、オガタェンタデバ。
○年が若いから、からだに厚味はないけれども、身長なら一人前だよ。
お父さんよりも高いんでしょうねェ。

※からへバレオキタテ、ナンネモナナェデァ。
○図体ばかり大きくても、何の役にも立たないよ。

この「図体」は、「胴体」の訛りから、文字まで変わったのだという。
「からへ」は、同じく津軽方言の「ジャマ」と、ほとんど同じ意味である。
これは「ざま・態」の訛り。



その352
「からまる」


 動詞ラ行四段。からまる。
これは、普通の「からまる・まつわる・からみつく」であるが、方言では、ほかに「人になつくこと・慕い寄ること」の意味にも用いるので、取りあげてみた。

※アバアバテ、からまテクレバマダ、メゴェネナ。
○おあばぁちゃんおあばぁちゃんといって、なついてくればまた、かわいくなりますよねェ。
(孫達が祖母などに)。

※オヤブンオヤブンテ、ムッタド、からまテアサェテルドゴデ、ナガナガ、町長ノキネアテルンダアレァ。
○親分親分といって、しょっちゅう、まつわり歩いているから、随分町長の信用がありますよ、彼は。



その353
「かれご」(1)


 名詞。かれご。借子。仮子。
主として農家の奉公人で、男子のことをいう。
女の奉公人も、もちろんあるが、大ていは、家庭内の軽い作業や、炊事、子守りなどをする。
たまに女でも田畑に出て、年中男の人達と同じ作業をする者もあるが、それを特に「女借子・オナゴカレゴ」ということもある。
これは皆住み込みである。
また、「夫婦ガレゴ」といって、中年の夫婦が、適当な寝所をあてがわれて、一つ家に寝起きして二年とか三年とか期限づきで雇われる場合もある。
この場合、女の方は主として女中(召使い・アダコ)としての仕事にあたる。
召使いは別にやとって、この夫婦たちは、田畑の仕事の「先だち」となる場合もあり、その雇い主の都合で、いろいろである。
さて、借子の年期は満一ケ年で、筆者集落付近では大てい陰暦の十月十四日が、年期満了の日。
約十日ぐらい休んで、十月二十五・六日には、次年度の分として、再び働きに行く。
同じ家に続けて雇われる場合は、秋仕舞の都合とか何かで、僅か四・五日休んだだけで、連れて行かれることもある。
そして、行ったら最期、まる一ケ年の間、盆正月の外は、ほとんど、自分の日ということもなくて、働き続けるのである。
賃金は、例外なしに「玄米」で支払われる。
大ていは、最初に全額渡したようだ。
おおよその基準は、十四・五才は、一ケ年玄米六斗から一石ぐらい。
十六・七才で三俵から五俵ぐらいまで、次の二十才頃までは六、七俵から八・九俵まで。
それ以上になると、「上カレゴ」といって、十俵以上になる。
「上カレゴ」ともなると、一年中のあらゆる作業が一人前以上でなければならない。
田打ちも、田砕きも、草取りも、稲刈りも、一人役(約一反歩)の仕事が楽なくらいに。
また農閑期の作業として、ムシロ織り、コモ編み、俵編みなど、凡そ如何なる作業も一人前でなければいけない。
こうなると、十二・三俵という最高の給料も得られるが、そんな人は、集落でもいくらもなかったようだ。



その354
「かれご」(2)


▲「かれご」については、民俗学や農村労働問題などの立場から、いいたいことも大いにあるが、他の機会にゆずることにして、ここでは、総合日本民俗語の中から、若干参考事項を転載する止める。
同書一巻四二五頁に、①カリコ。労。漁。青森県南津軽郡竹舘村で、今では普通の奉公人をいう(民電一一ノ一)。
借子の意か。
宮城県本吉郡大島村では、多数のカツオ船の乗組員を必要とする時、他所から借りて来る者を「カリコ」という(沿海手帖)同四三〇頁に②カレコ。労。
青森県西津軽地方で下僕のことをいう。
若者は、他家に「カレコ」として、三・四年奉公しないと、一人前にはなれないといわれ、自分の若者を他家へ、他からもカレコを頼むという形が行なわれる。
……三・四年経つと一人前になったといってお祝いをする云々。
(津軽民俗二)。秋田県鹿角郡で、大家に寝泊まりしている下人のことを「カリゴ」という。
宮城県気仙沼大島のカツオ船の雑夫をカリコと呼ぶのも同系統のものであろう云々。
( )の中の書名は、この大辞典が参考にした、雑誌または記録書の名前である。
民伝とは、「民間伝承」という月刊雑誌のこと。
①の記事の資料は、竹舘村の相馬某氏の投稿か。



その355
「がわり」


 名詞。がわり。
これは、傍・側・そば・かたわら・周囲・あたり・側面等の意味。
※がわりデミデレバ、てまエバテ、ジッサェ、ヤッテミレバ、ナガナガ、ムジガシモンダネ。

○傍で見ている人は、手易いと思っても、実際、手を下してみれば、ずいぶん面倒なものですよ。
これは、傍観者と当事者とのこと。「オガ眼八目」という諺にも通じる。

※フトンノがわり、マデェネ、フンデケロ。
○布団の周囲(まわり)を、よく押して下さい。

※がわりサ、ビント、サグマワシテシマタ。
○果樹などの周囲に、厳重な棚を立ててしまった。
これは、盗人を防ぐためには止むを得ないが、あまり見よいことではない。
売り物なら仕方もないが、近所の子供ら程度の泥坊なら、一度二度は、皆に分けてやったらいいと思うが如何。筆者には、一本もないが……。
それにしても、徒然草の一節が思い出される。
同書の初めの方に、……大へん風流な人でも住んでいるような佗住居の様子に、いたく感心していたら、「かなたの庭に、大きなる柑子の木の、枝もたわわになりたがるが、まわりをきびしくかこひたりりしこそ、少しことさめて、この木なからかしかばとおぼえしか……」云々。

これは、厳重な囲いをみて、やはりその庵のあるじも、俗人のような欲があったのかと、すっかり興ざめてしまい、この木が無ければよかったのになァと、深く感じられた、というのである。
異論もあろうが、筆者は一応兼好に同意する。

▲「がわり」の「がわ」は、「側」で、「右側・左側」の「がわ」である。
正しくは「かわ」であるが、例の津軽式の濁音化。
「ひだりがわ」の「が」いったのではなくて、「か」を濁音にしたとみるべきである。語の最初の音が、鼻濁音になることは、日本語にはないからである。「針金・ハリガネ」の「ガ」は鼻濁音であるが、「金」だけいうのに、「がネ」とはいわないように。
すべて、語頭には鼻濁音はない。

次に、「がわり」の「り」は、はっきりしないが、恐らくは、「わたり・あたり・ひだり・みぎり」などの「り」から転訛したものであろう。




その356
「がんがら」


 名詞。ギ声語。がんがら。
「が」は二つとも普通濁音。ブリキ製の空罐などを総称して「がんがら」という。
いうまでもなく、「ガンガン」「がらがら」と、やかましく鳴るから、そう呼んだものにちがいない。
やはり同じ意味の方言として、山梨県・神奈川県高座郡などがある。
また、共通語としても、「かんから太鼓」の略として、「かんから」という語もある。
津軽でも「がんがら」とは別に、普通の小さな「罐詰」の空きかんなどは、「かんから・かんからコ・カンコ」などという。
ギ声語などは、どの地方の、誰が聞いても、同じに聞こえるから、そうちがうわけがない。
カァカァ・チュンチュン・モウモウ・キンカンコンその他同じ。
耳は同じだが、復唱するとなると、「ガァガァ」なんて、すぐ濁音にするのがよくないが。
鳥の鳴声などは、「がァがァ」も悪くない。
「ガヤガヤ騒ぐ」ともいうのだから……。
などと言ったら、都の人達におこられるだろうか。ついでに一つ。
津軽では、小人数の話し声や、遠くからの話し声などの場合は、「カヤカヤ」と清音にいうことが多い。
鳥の啼き声は「ガァガァ」で、話し声の場合は「カヤカヤ」で……。
どうしてこんなに、中央の発音とはアベコベなのか。

※ヤゲシダドゴデ、シジメァサシナェシテ、サダダモンダデァ。
エジンジエツパェ、がんがらタダェデレバゲ、ウデァヤメデクルァネ。

○家岸の田(集落にすぐ近くの水田)だから、すずめ(雀)がうるさくて困ったもんですよ。
一日いっぱい、空き罐を叩いていると、夜に、腕が痛んで大へんですゼ。

上は、稔りの秋の頃、村近くのたんぼで雀追いをすること。
むらすずめ(群雀)とはよくいったもの。
大群をなして稲を食い荒す。
農家の大敵であつた。特に家岸の田は被害が大きい。
「オキたもで」(遠くのたんぼ)だと、それほどでもない。
特に日中暑い日は、雀もあまりうるさくない。
ただ、家岸だけは、ほとんど一日中、追い立てていなければならない。
「案山子」や「鳴子」ぐらいではビクともしない。
筆者らは、鉄砲も使用したけれども、火薬を求めるのがいろいろめんどうであった。
結局、「鳴子」も張りめぐらし、(引き板のこと)、案山子も立てて、その上、ガンガラを叩いてワメキながら、畦を廻り歩かなければならない。
ことに朝・夕は、雀小屋でちょっとも息をつく間もないほど。全くの重労働であった。



その357
「がんがらど」(1)



副詞。がんがらど。下の「が」は鼻濁音。これは、ひじょうに明るい様子を形容(修飾)する語であるが、標準語では、どう言うのか、容易にみつからない。
※デンキ、がんがらどツケデ、ダンモエナェデァ。
○電燈を、あかゝとともして、誰も居ないぜ。

※ニワサ、アカシがんがらどツケデ、モシロオテラ。
○納屋に(土間の作業場に)電燈を、あかあかとつけてみんなで夜業のムシロ織りをしている。

※ケサ、オドガテミダキャ、マドァがんがらどシテエタドゴデ、アワクテ、シタェダネ。
○けさ(今朝)目を覚ましたら、すっかり明るくなっていたので、あわてて、火をたいたよ(ご飯の支度をしましたよ)。

※ダェガオギヨジャ。マドァがんがらどナタネ。
○誰か起きて下さい。外は明るくなったんだよ。

※デンキがんがらどツケデ、ネテシマテラデァ。
○電燈つけっぱなしで、居眠りしているよ(勉強しているのだと思ったら)。

このように、急に明るくなった場合や、意外に明るい場合、または少し誇張していう場合など、大ていこの「がんがらど」という副詞を用いる。例のとおり、清音で「あがしコ、かんがらどツケデ」などともいう。例えば、仏壇などに。




その358
「がんがらど」(2)

▲「かんがらど、がんがらど」は、津軽ことばの中では、それほど聞きづらいわけでもなく、残しておきたい語の一つである。
語源は、いかんながら、はっきりしないが、試みに述べてみよう。
まず、次の語族にかならず関係あるものとみる。
すなわち、カゲ(光・景・影・陰)カガヤク(輝・晃・煌)カガリビ(炬・篝火)及びカ(日)ヒ(日・火)ヒカリ(光)ヒル(昼)等である。
これらの語の中、「カ」の音はすべて、本元は「日」であり、「ヒ」の音も、その本元は「日」である。
「日」は漢字でその音は、「ニチ・ジツ」であるから、「カ・ヒ」は、いずれも大和言葉の「訓」である。
その「ヒ」は、主として太陽の霊力(不可思議)の象徴であり「カ」は、その偉大なる光輝の状よりして名づけられたるものである。
「日がカンカン照る」。
「カガ・カギロヒ・カグヤヒメ・カゲ」などは、皆「日カ」の活用したもので、「カガヤク」はさらに発展したもの。
他の語の成立過程にも、同様の例は無数にある。
ここまでくると、どうやら正体はつかめそうだ。
結論を急げば「かんがり・がんがり・かんがら・がんがらがんがらど」の過程が考えられはしまいか。
イ段の「リ」は、津軽ことばでは、最もひんぱんに、「ら」とかわる。
「コッソリ・こっそらど」「ゲッソリ・げっそらど」の如く。
「がんがらど」の「ん」は、これも津軽特有の「ハツ音便」で、語間に「ン」を入れるのは普通である。
従って注意すれば、入れないでもいうことがある「まずまず・マンズマズ」「必ず・カンナラズ」等々。
だから、「カガラッ・ががらッと」ともいうことができるのである。
要するに、「かがやく・かがり」などからの転訛であると一応断定しておく。
大方の教示を得れば幸いである。




その359
「がんかれェこ」


名詞。(サ変動詞とも)がんかれェッこ。
これは、二つのものがお互いに「ブッツカり合う」ことである。
柱などに頭をブッツケル、という場合には用いない。
人の混雑するような場合には用いる。
また、同業者が、二人三人と、競争して何かふれ歩いているとか、軒を並べて商なっているとか、そんな時にも「がんかれェッこ」してらという。

※キャンデ売りァ「がんかれェッこ」シテアサェテラ。
○キャンデー屋が、そっちからもこっちからも来た。

※アジデモエッタェジサ、コジデモエタドゴデ、ケサツデ、がんかれェッこシタデバ。
○同じ日に、相手方(敵)でも行ったのに、こっちでも行ったもんだから、警察で鉢合わせしたよ。

これは、「出合う」ことであるが、いいあんばいに、都合よく「出合う」場合には、多く用いない。
不意に、運悪く、思いがけなく、という時に用いるようだ。前の例も訴えに行った双方が鉢合わせをしたこと。
▲物と物とが、突き当たる・打ち合う場合のギ声語の代表的なものは、「ガン」という音(おと)の「ガン」であろう。
「がんか」の本元は、この「がん」にちがいない。
「れェッこ」は「……合い」に津軽の「こ」がついたもの。
中間に「ッ」の促音が入る。「取り替えっこ」「かけっこ」「鬼ごっこ」「笑いジョッコ」「ハケジョッコ」等と同類であろう。
一種の接尾語とみておく。




その360
「がんけ」


 名詞。がんけ。
これは、すべて「出張った」ものにいう。
語源は「崖」からであろう。
それに似ているところから、「がんけなじげ・がんけあだま」などともいう。「なじげ」は「ナズキ・ひたい」のこと。
「ナズキ」は青森県の方言とされているが、古代の「うなづく」「ぬかづく」の名残りであって、決して由緒がないわけではない。
「崖・がけ」の語源は、「切り懸け」の上略。

※アコノがんけサ、ヌルネエグベシナ。(雪遊び)
○あそこの崖に、スキー乗りに行きましょうねェ。

※アコノエノウシロノ、がんけクジュシテ、ツヅモラテキテ、オニャサ、ジートシガナェバマナェデア。
○あそこの家の後ろの、崖を崩して、土(シアシ)をもらって来て、お庭に敷かなくちャならないね。

※アノがんけなじげサ、モゴハジマギシテカガタ。
○あのオデッコに、向う鉢巻きをして、頑張ったぜ。





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