[連載] | |
361 ~ 370 ( 鳴海 助一 ) |
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その361 「かんとまめ」 名詞。かんとまめ。 落花生(ラッカショウ・ラッカセイ)のこと。 これは、青森県と、秋田県の北部ぐらいのもので、他県では、別に種々な名称で呼ぶようだ。 南京豆(ナンキンマメ)などは普通の国語ともいえようが、厳密には、どれが正しいの、正しくないのとは、きめられないようだ。 別名の主なるものは、(カッコ内は筆者の推定)次の通り。 とうじんまめ(唐人豆)・とうまめ(唐豆)・おにまめ(鬼豆=大粒だから)・カララマメ(唐・韓豆)・カントマメ(広東豆)・ジゴクマメ(地獄豆)・ジマメ(地豆)・タワラマメ・(俵豆=形から)・オタフクマメ等々「かんとまめ」は、あるいは、我が国の「関東」の豆の意味か。 このものの原産地は、南米だそうだから(植物大図鑑)南豆とか唐人とかは、どうかと思われるが、しかし昔は、外来のものは西洋東洋を問わず、一がいにトウ・カラと考えたとも、あるいは、南米は原産でも、支那から日本へ移植されたからとも考えられはしまいか。 落花生のイワレは不明。 その362 「かんつける」 動詞(カ行下一段)。 かんつける。 この語の意味は、①か弱い・貧弱だ・弱小。 ②活気を失う・気が滅入る・臆病になる等。 ※オヤネニデ、ワラハドァミンナ、かんつけデ。 ○親に似て、子供らがみんな、か弱くて。 ※ミンナネカテ、エジメラエデ、かんつけデシマタ。 ○みんなにいじめられて、瘠せ細ってしまった(鶏) ※ビンボヘバ、フトマデかんつける。 ○貧乏になれば、人の心まで小さくいじけてくる。 ※アノフトァ、エマ、グットコゴロモジァ、かんつけデシマタナ。 アノガラガラジフトァマア。 ○あの方は今、すっかり元気がなくなってしまいましたよ。 あんなに気前もよく、元気だった人がね。 ▲前に何回かふれたように、「かんつける」の語源は「かじかむ」であろう。 その「かじかむ」と同じ意味で「かじく」という動詞もあるが、実は、それが「かじける」となったものらしい。 それに、津軽の「ん」が入り「じ」が「つ」となって、「かんつける」となる。 「何時間」を「なんつかん」というように、「じ」を「つ」と訛るのも津軽の特徴。 「わずか」が「わんつか」となるなど。 ところで、この「かじく・かじかむ」の意味は①疲れる・瘠せる。 ②手など凍えて動かなくなる。 であるが、その②の意味は、津軽では、「かげる」という。 「手ァかげで、ボタンかけられない」などと。 なお「かじく・かじける」は、「くじく・くじける」とも関係がありそうだ。 「気がくじける」「相手の勢いをくじく」など。 また、方言の「かんつける」は植物・野菜などのことにも、ひんぱんに用いる。 ※苗代の苗コァかんつけだ。 茄子苗コァかんつける。 ※校門の松の樹が、だんだんかんつけできた等々。 その363 「かんつる」 動詞。(ラ行四段)。 かんつる。農耕作業の一種で、「水田を耕して軟らかにする」こと。 ただし馬鍬でするのではなく、人が鍬や「くわさび」などでこなすのにだけいうのである。 馬鍬が出来る前までは、全耕作田を、みな人の手だけで、都合によって残った場合などあるいは、馬を入れることが出来ないような「小田コ・コタコ」や、「堰田・セキタ」などは、すべてこの「かんつる」という方法ですませている。 (荒掻き・代掻きの代用)この語も、「くだく・くじく・かじく」などに関係があるらしい。 その364 「かんなべ(かなべコ)」 名詞。かんなべ。かなべこ。 鉄(銅)製の小さな鍋のこと。 かぎのはな(自在かぎ)に掛けるように出来ていて、ツルがあり、突き出たクツコ(注ぎ口)がついて、主として、お酒を燗するのに用いるところから「燗鍋」といったのを、転じて、酒のかんに用いないものでも、小さく、形の似たものは、「かなべコ」というようになった。 陶器製の同形のもの(ツルはない)は、別に「カダグツコ(片口)」という。 ※ババァ、なかべカゲダデバ、ジョシギダ。 ○女房が、いろりに、かんなべをかけたらもう、しめたものだ。 (盃に手がかかったも同様だ) ジョシギ(定式?)というのは、「キット・タシカニ・間チガイナシ」というような意味で、津軽方言のうちでも名高いものの一つ。 これは、お酒の好きな親父さんなどの、よくいう言葉である。 例えば、夕方野良から帰って来る。なお、薪を入れたり、ニワを掃いたり、片づけたり……。 台所をのぞくと、まぎれもなく「かんなべ」がかかっている。 のどがゴクリとなる。 親父さん上機嫌。 疲れも忘れて、ついでに、藁の一把も打つ……というのである。 ところが、反対に、何日も「かんなべ」がかからないこともある。 今晩も……。 それとなく様子を見るのだが、一向にそのフウがない。 そんな場合、親父すこぶるゴウハラで、納屋の止り木で、もう眠りかけたニワトリの、居場所が悪いのなんのといって、天井を突っついたりなどする……。ニワトリこそ災難である。 その365 「かんば」 名詞。かんば。印半纏(しるしはんてん)のこと。 もちろん津軽でも、普通の看板(広告・立看板・門標)の意味にも用いるが、同じ趣旨から出来た「印半纏」のことも、昔から「かんば」といった。 理由のないことではないと思う。 ※カェゴノタェンダァ、フトジかんばバレキテ、ジャックドソレテェタ。アシテエゲバマダエァネナ。 ○獅子踊りの連中が、揃いの半てんを着て、みんな揃っていったよ。ああして行けばまたいいねェ。 ※サンネンホウゴシタキャ、アガジルシノかんばモラタデァ。 ○三年も働きましたら(鳶職・土建業など)親方から朱入りの半てんをもらったよ (昔は、朱入りの半てんを許されれば、乾分(子分)として、特に目をかけられたもの)。 ▲大辞典に、標準語としての開設の③として、……昔武家で、主家の紋所などを染め出して、下郎や出入りの者に仕着せとした衣服。とあり、その例として、「聞上手」という江戸時代(安永)の書物の一節を引用している。 「……足軽どの、対のかんばんを着て、しゃちばりかへっている」云々。 (得意顔で力みかえっている様子のこと)また、「万載狂歌集」という、江戸末期の頃の、有名な狂歌集の、秋の部に「七夕に、貸しかんばんの古ものを、けふ(今日)中元の着替へたるかな」作者は坂上竹藪という人。 (大辞典四巻二五三)なお、印半てんのことを「かんばん」といって、方言とされてる地方は、秋田市、山本郡・宮城県石巻市・栃木県・群馬県・埼玉県川越市・山梨県・富山市付近・愛知県知多郡(大辞典)とあり、津軽とは載っていない方言辞典には、青森県九戸とある。 その366 「かんば」 名詞。(植物)かんば。桜の一種。 普通いわれる山桜のことか。 夏の頃、小さな実が熟す(黒紫色に)。 子供の頃、友達と一緒に、鎮守のお宮の境内で、この実を喜んで食べたものだ。 かんばのみコクネエグベァ(食べに行きましょう)といって……。 年上の子供たちは、ずうと上まで登って、たくさんとれるので、ずいぶんいばられたものだ。 それに、この実のツユのために、唇が紫色に染まるので、先輩たちは、その唇を見せびらかして、たくさん食べたことを誇るのである。 筆者はフガイなくて、多くとれないので、無理に口バシに塗って、皆と調子を合わせていた。 そうして、村へ帰ってから行かない子供らに、めいめい自慢するのである。 境内には、千年以上という「オッコノ木」も一本あって、これの実は、一段と甘いものであった。 銀杏の大樹も二本あり、その下には相撲場もあって、……だから、夏から秋にかけて、よくここで遊んだものである。 ▲「かんば・かば」の語源その他について。 まず漢字の「樺」を「カバ」というが、これは、「カニハ」の転じたものだという。 カニハ=カンバ=カバとなる。 何と=ナニト=ナンド=ナドとなるように。 アイヌ語の「カチハ・パ」の転音だという説も捨て難いが、以前から筆者は賛成しかねている。 樺の木は、その樹皮が堅くて美しく、しかも、横に容易に剥ぐことができる。 あらゆるものの表皮は「カワ・カハ」であるのに、地方的な言い方では、単に「かわ」といえば、大てい毛皮(獣皮)のことを指す。 もっとも代表的なものだからであろう。 「皮・カハ」の語源は、「毛羽」だという説に随いたい。 しかし、まだにわかに、「樺」と「皮」とを関係づけるわけにはいくまい。 それで、やはり「カニハ」の語源が先決問題となる。 日本語源(賀茂百樹)には、「加丹延(映)」なるげし、とある。 樹皮が、あかく(丹)映えている状態から「かには」といったものではなかろうか。 また、樺の皮が、横に剥げるところから、弓に、藤や糸を巻くことを、「かばをまく」というそうだし、巻いたところを「かば」というそうだ。 かの「白樺シラカンバ」の古名が「カバ」であり、その「カバ」は、アイヌ語の「カリパ」の転訛だという説も、繰返して考えてみる必要はありそうだが……。 要するに、確言はできない。 また桜の種類と樺との関係、「カバ・カンバ」は、「山桜の方言」という記事もあり、植物学者の教示なしには、うっかり言い出せない。 辞典によると、青森県の東南・上北・下北・三戸の各地方。 岩手・秋田の一部とある。 また「アカメガシワ」の方言(周訪)とも記してある。 その367 「きがへなェ」 形容詞。意味は、 ①勝気だ。負けずぎらい。 ②荒々しい。気性がはげしい。 ③元気がよい。若々しい。勇ましい。 ④きかんぼう。きかん人。 ⑤きかん。きかない。 うんといわない……そのような人の性格の形容に用いる。 ※アコノオガサマ、ナガナガきがへなェオナゴダゴドデ、カマドァ、エマデモ、ビントシテジォンネシ。 ○あそこのうちのおかみさん(奥さん)は、ずいぶん勝気な、しっかり者だから、今でも家計は(家の経済状況)しっかりしている(裕福)そうですねェ。 ※カラダコァ、チサェバタテ、きかへなェマコダ。 ○なりは小さいけれども、元気な馬だ。(荒々しいところもあり、何の仕事にも耐久力があるなど) ※オヤジァ、きがへなェフトダドゴデ、コドモドァダンモ、カラキジコゲナェ。 ○親父が気性のはげしい(頑固・きびしい)人だから子どもたちは、誰一人として、わがままをしい。 ▲「きがへなェ」の語源は、どうもはっきりしない。 「きかない」が本元だとすると、「へ」の解釈に困る。 「きがへ」を、既出の「がへ」(精力)に、さらに「気」がついたもの、とみられなくもないが、そうなると、「ない」は、これも既出のように、「甚だ」の意味の「ない」だということになる。 「あらげない」「あどけない」などの「ない」は「甚だ」の意味。 しばらく、「きかない」の訛りとしておく。 津軽では普通誰でも用いるし、そんなに聞きづらい語でもないから、おそらく、三十年や五十年では、なくなることはあるまい。 次に、「きがへなェ」に似た意味の、他県の方言を少々あげておく。 ①エグイ=根性の悪い(奈良)。気強い(大阪) ②キスイ=気強い。きつい。(山口県周訪)。上の「きつい」は津軽にもある。後出。 ③ガイキ=気が強いこと(三重県度会・ワタライ郡) ④ヤギノショウ=負けぬ気の性質(壱岐島) ⑤ゾンキモノ=気の荒い者(福島県三イ郡) 変われば品変わる。というが、こんなにもちがうものかと、ただ驚くほかなし。 その368 「きくらめぐ」 動詞(ガ行四段)。 きくらめぐ。 「きくら」は、骨など(関節)がカクカクと鳴る場合の「ギ声語」であるが、それに、「めく」という接尾語がついて動詞となったもの。 標準語でもこの「めく」はさかんに用いられる。 「春めく・時めく・うごめく」など。 津軽方言では特に勢力がある。「グスラめぐ・ウンンジャめぐ・バホラめぐ・ウルフルめぐ・ガラめぐ」等無数。 この「めく」は、上の語の動作が継続的に行われることを表わすのが本意で、接尾語のうちでは重宝なものの一つ。 「きくらめぐ」というのも、時々「きくらきくらとなる」という意味から。 ※ヤマノモドリ、キュウネ、アシャきくらめデ、ナモアサガェナェグナタモンダ。 ○山からの帰りに、急に膝のあたりがキカなくなってちょっとも歩かれなくなったんですよ。 なお、「きくらめぐ」の外に、「かくらめぐ」ともいうが、ほとんど同じことらしい。 ただ「かくらめぐ」といえば何か恐ろしい目にあった場合、膝が「ガクガクする」それに当たるようだ。 「きくらめぐ」の方は、適当な標準語をみつけかねる。 その369 「きくらへんき」 名詞。きくらへんき。 病気の一種。 「坐骨神経痛」のことか。 「へんき」は「せんき」で、「疝気」のこと。 病状はヤヤコシクて、素人の筆者らにははっきりしたことは言えぬが、普通、脚や腰などが、自由に動かせなくなる、などをいうようだ。 前項の「きくらめぐ」は、その状態語だともいえようか。 男女共に老年層に多い。 生命にはさほど関係がないようだが、不意に動かなくなったり、急に他の動作に移る場合など痛みを感じたり、とにかく不自由この上もないらしい。 筆者らも、そろゝその年になったらしく、不意に腰・膝などが痛みだしたり、一時的に動かせなくなったりする ※きぐらへんきァオギデ、マエナェグナタテ、エマ、トンジネエテエシタネ。 ○最近、ひんぱんに神経痛がおこって、困るといって今、湯治に行っておりますよ。 その370 「きしびじ」(1) 名詞。きしびじ。 これは「米びつ」のこと。 「ひつ」は、貴重なものを入れる箱の意味がある。 「お茶びつ」の「ひつ」も同じ。 また長持(夜具などを入れる大きなハコ)に似て、形のやや小さいのを、田舎では「しじ」というが、これも「ひつ」の訛りである。 (旧家などには、今でも残っている。) ※きしびしァ、タッタエマ、カラネナルタテ、シゴドネエブモンデナェ。 ○米びつが、今にもカラ(空)になるといっても、働きに出る気が全然ないのサ…。 (怠け者の亭主) ※きしびじァナルジァ、エジバンオコナェデァ。 ○米びつが鳴るのが、何よりも一ばんこわいよ。 これはもっともなことで、米びつに米が少なくなれば、「マス」で米を掻き集めるから、ガラガラと音がする。 間もなく、また米がきれるのである。 何よりもこわいと昔からいわれてきたのも道理。 誰かの俳句に、次のようなのがあったことを思い出す。 米びつの 米かきならす 夜寒かな ひどく寒い冬の夜、あるいは年の暮れの頃でもあろうかあすの鍋の中のものを支度するとて、女房が台所でまだガダゴトさせている。 何よりもお米がさきだが、ソレがもう底をついたのか、ガリガリと掻き集めている……。 聞くたびごとに肝の冷えるこの「米びつの音」……。 たださえ寒いのに、あの音を聞いては、思わず背筋がゾッとする……。 津軽のことばTOP |
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