[連載]

  421 ~ 430       ( 鳴海 助一 )


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その421
 「くじもじて(ぐンじもじて)」
 連語?。ぐンじもじて。
多くは「ぐんじもじして」と繰返して用いる。
「ぐんじ」は「ぐじめぐ・ぐじやじ」の「ぐじ」「もんじ・もじ」は、例の単なる語呂上の繰返しであろう。

意味は「くじめぐ」とやや似ているが、これは、副詞のように用いるので、別に一語として取上げてみた。用例は次の如し。

※サキタカラ、「ぐンじもじして」グジメデラ。
○さっきから、ブツブツ不平を言っているゼ。

※ぐんじもじして、シゴドナンモサナェデ……。
○ブツブツ不平ばかり並べて、ろくに仕事もしないで……。

やはり、普通の「愚図々々」が本元であろう。
態度の上にも、つまりギ態語としても用いる。
だから、「引込み思案」「ためらう・逡巡」「右コ左ベン」等の意味にもなる。



その422
 「さがびら」(1)
 名詞。さがびら。「が」は普通濁音。
これは「坂平・さかびら」で、「傾斜地」のこと。
崖や坂道とは少しちがう。ひらたい傾斜地のことにいう。
しかし時としては、狭い場所や土地の場合にもいう。

※コゴァさがびらデ、アンジマシグナェデァ。
○ここは、傾斜になっていて、座り具合がよくないゼ。
 これは例えば、花見などに出掛けた場合、あっちこち、休み場所をさがし歩いて……七、八人も車座に座るに都合のよいところ……見晴らしのきくところ、汚らしいところはダメ、人通りがあんまりあってもうまくない、適当に芝生もあって……というわけで、いよいよ見つかって、さて円くなって座ってはみたが。
……どうも座り具合がよくない。
地面が「カシガッテイル」からである。
つまり傾斜になっている。そんなとき、田舎の中年以上の人たちは、「さがびらで……」という。

※オラェノハダギァ、ミンナさがびらダドゴバエダドゴデ、ハシゴァカシガテ、アブラェシテ……。オマェダジァ、キツケデケヘヤ……。
○うちのリンゴ畑は、全部「傾斜地」ばかりだから、ハシゴ(段ハシゴ)が、ぐらついて(傾いて)危なくて……。あんたたち、気をつけてくださいね。
 これは主としてリンゴの袋掛けの場合のこと。
山畑は、すばらしい質のいいリンゴが生産されるが、それだけ苦労もする。肥料や薬剤等の運搬から、収穫の取り入れやら何やら、平地に比べて、容易のわざではない。
その外にこの袋掛けの作業や、リンゴの採取作業など、またまた一苦労である。
特に袋掛けの場合は、大人数で一斉に取り掛かるので、なれない女子どもたちも居るのに、そうそう新調のハシゴばかりも準備できないので、たまには、グラグラしたのも二、三丁は混じっているかも知れない。
毎年のように一人二人はケガしたりもする……というわけで。
雇い主を初め家の者たちは、それも一つの心配事で……そこでそこの家のおかみさんなどは、口ぐせのように「……さがびら、気つけてくれ……」と頼むのである。



その423
 「さがびら」(2)
▲「さがびら」は「さかびら・坂平」の意味であるが、その「さか」と「びら」について少々。
 まず「さか」の語源について。
1.「シナカ・級処」というのが本居宣長の説。
2.「サカ・峻所」というのが飯田武郷の説。
1の「シナカ・級処」には「ダンダン・段々」の意味があり、「峻」は「けわしい」こと。
どちらとも決し難いが、筆者思うに、あるいは「さかし」(けわしいこと)という形容詞の下略の「さか」ではないかと。
しかし、その「さかし」の本元は、やはり2の「サカ・峻所」だということになるが。
 次に、「ビラ」は「ひら」で、「ひらたい」「ひろい」「はら・原」「はら・腹」などとも、同族語らしい。
津軽の「しら」というのも同族語。広く平坦な土地ということ。
そこで、「さがびら」は大たい「傾斜地」ということになる。



その424
 「さがし」(1)
 形容詞。「が」は普通濁音。これは「かいこい・賢」「りこう(利口)だ」「おとなしい・温順」などに当たる。

※アノフトァ、ツサェカラさがししテエタケァ、ヤッパリ、エフトネナタネナ。
○あの方(人)は、小さい時からかしこくてあったがやっぱり、りっぱな人(識見・人格)になりましたね。

※「ワラシァさがしバ、ウシァウエナェ」テシァ、ホントダネナ。
○「子どもがあんまりコザカシケレバ、牛が売れない」というタトエがあるが、ほんとうですねェ。

※アンマリ、エゲじゃがしドゴデ、ダンモシギガナェンタデァ。アノフトダバ…。
○あんまりコザカシイから、誰もすきがらない(いやがる・好まない)ようだゼ。あの人を…。



その425
 「さがし」(2)
▲「さがし」は「さかしい」で、古代語の「さかし」である。
この「さかしい」と「かしこい」の語源について、かんたんに述べておきたい。
 まず、「さかし」の「さ」は、「すすむ・進」「さむ・覚」「しる・知」等に通じ、「さとる・さとし・さかしり」等と同じで、歴史的には、「かしこし」よりも古くかつ、いわゆる「利発・利口」の意味の語として根本的なものである。
 次に、「かしこし」は、周知のように、「恐し・畏し」が本来の意味で、「おそろしい・おそれる」である。
昔から「さかしい」人は、他に「おそれられる」。
すべて人間は、普通以上の力をもっているものに対して、「畏敬」の念をもつ。
神・天・自然・偉人・知者・勇者はもちろん、鬼・魔・怪・妖その他。
 要するに、「かしこし」を「賢」の意とするのは、第二義的のものであり、その本義は、現在の「さかし」が近世以後、次第に地方語のようになり、今はただ、「こざかしく振る舞う」などの「こざかし」などに、その名残を止めているだけだ、というわけである。



その426
 「さきた」
 副詞(名詞)。これは「さっき、先刻、ついさっき」の意味。
※さきた、エットマガキタケァ、マダデファタネ。
○さっき、ちょっと来て(見えて)あったが、また、出かけたようですよ。

※オラェノアヤダキャ、さきたーさきた、エタェ。
○うちのお父さんは、もうとうに、出かけましたゼ。

 このように、時間的に長い場合は、「さきたー」とか、「さきたーさきた」とかいう。
標準の言い方の「とっくに」とか、「もうとうに・もうとっくに」などに当たるか。
▲「さきた」の語源と成立について。はっきりしないが、私案を少々。
まず「さき」は「先き」であろう。
標準語の「さっき」も、おそらく「先・さき」に「ッ」の促音が入ったものだろう。
「こち・そち・あち」が、「こっち・そっち・あっち」となるなど例多し。
 次に「た」は何かということになる。
これは、おそらく「かなた・こなた(彼方・此方)」の「た」ではなかろうか。
この「た」は「方・かた」であり、時間的にも空間的にも用いられる。
例えば「何十年このかた」の略約言である、と断定しておきたいのだが……。



その427
 「さぐらどり」
 名詞。これは「むくどり」のこと。
青森県のほか、秋田県、岩手県あたりでも大てい「さぐらどり」というそうで。
桜の実を好んで食べるから名づけたものだろうか。
雀と鳩の中間ぐらいの大きさで、頭部は黒、背は灰褐色、腹と尾羽は白。
サクランボの熟すころなどよく見かける。
鳴き声は「ギャーギャー」ときこえて、はなはだ愛らしくない……あの鳥のこと。
方言では、アホードリ、カラハト、キャラムク、サクラゴ、マメマワシ、ヤマスズメ、ギャラモズ、ホシドリなど八・九十種に及ぶ。



その428
 「ささめ」
 名詞。これは魚の「えら」のこと。
魚のジャパといえば頭や背骨などのこと。
「えら」だけを指す場合は「ささめ」という。
例えば、春にしんを乾かす場合、この「ささめ」などを取り去って、口からワラを通して、それをサオに結びつけて吊るす。
「えら」を「ささめ」という地方は青森県、岩手県九戸郡、秋田県、福島県双葉郡のほかに伊豆八丈島など。



その429
 「ささめならし(す)」
 連語・成句。「ささめ」を「鳴らす」ということで、津軽では、「あごを動かす」つまり「口を言うこと」の意味。
「ささめ」は「えら」「あご」のこと。

※ナンネモナナェジ、マダ、ささめならしテラェ。
○何の役にも立たないのにサ、また「べらべらしゃべってるよ」
(おしゃべり、出しゃばり)

※ジョウクワイデ、アレァフトリ、ささめならしテラタテ、ダンモ、ユグダネキガネェデァ。
○常会で、あの人ひとりで、何の彼のと理屈をいっていたが誰も、ろくに聞きもしませんよ。

「口を言う・しゃべる」という意味の卑罵の語として、「ささめならす」というのは、ちょっと珍しく、かつなかなかおもしろい言い方である。
これは津軽だけのものか、どの文献にも見当たらないようだ。
なお「ささめ」の語源については、「ささ」「ささやく」あるいは、竹製の「ささら」などと関係がある。
「えら」を「ささめ」と言ったのも、おそらく、その細片の連なった形からであろう。



その430
 「さしなェ」(1)
 形容詞。「なェ」は一音節。
つまり「さ・し・なェ」と三音節に発音する。
標準語の「やかましい」に当る。

※ラジオァさしなェしテ、ベンキョァナナェ。
○ラジオがやかましくて、勉強が出来ない。

※バゲサナレバ、ヨガさしなェシ、フルマアツシ。
○晩になれば、か(蚊)がうるさいし、昼間は昼間で暑いし……。
仕事もなにも出来ません。

※ヤパシ、さしなェぐエグンテナェバ、カシダバ、アジバラナェデァ。
「カシ」は店の掛け金など。
○やはり、うるさく催促に行くようでなければ、貸し金(掛け金)は、集まりませんねェ。

▲この例のように「さしなェ」は「やかましい」に当たるのだが「うるさい」と訳してもいい。
実は標準語の「うるさい」に当たる語としては、別に「あへじかし」というのがあるのだが……。
つまり、方言の「さしなェ」と「あへじかし」は、標準語の「やかましい」と「うるさい」のように、意味は大たい同じということになる。



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