[連載] | |
431 ~ 440 ( 鳴海 助一 ) |
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その431 「さしなェ」(2) 「さしなェ」の語源について。 あまりクドクなるから、第二次的(第二期)語源から簡単に述べてみよう。 まず、古代から、急ぐ意味の「せく」という語がある。 これは狭い意味の「せ」に源を発しその同類語が極めて多い。 二三あげるならば「せき・塞・咳・関」「せまる・迫」「せめる・攻・責」等々。 その「せく・急」が、形容的に活用して「せはし・急捷し・忙し」となる。 「いそぐ」が「いしがし・いそがはし」となるように。 この「せはし」が再び形容詞化して、「せはしなし」となる。 これの口語が「せわしない」。 この「ない」は、「甚しい」という意味で、「無い」ではない。 つまり「甚だせわしい」ということ。 この「セse・ワwa」の「s」と「a」が「サsa」となり、そこで「さしない」─「さしなェ」となる。 よってその意味も「せかせかといそがわしい」から、次々と聞こえて来て「さわがしい」「うるさい」「やかましい」頻繁に繰り返した場合の「うるさい」「あへじかし」等となるのである。 この成立過程を表示すれば、せーせし=せく─せわし─せわしない─さしない─さしなェ……となる。 津軽でも、弘前・黒石その他では「さしなェ」よりもやや上品?に「へァしなェ」という人も多いようだ。 平凡社大辞典も、国全方言辞典も、サシナイ=騒々しい(青森県)とだけ。 これこそ、他県にもありそうなものだが……。 その432 「さしへる」 連語(名詞・助詞・動詞)。 「さし」を「いれる」ということで、人の相談ごとの中へ横やりを入れて邪魔すること。 ※キマテシマタェジコト、ワギガラさしへらエデ、クヮレダジャネソラ……。 サダダモンダデバナ。 ○話が決まってしまったのに、はたから横やりを入れられて、破談になったそうだよ。 困ったものですねェ。 これは主として縁談の場合。 双方に不利なような事どもを、あること、ないことを告げ口すること。 田舎と都会とを問わず、よくあることだ。 その433 「さだだ」 連語(名詞・助動詞)。 これは「困った・大へんだ」の意味。 ※ワガェカラ、ソウカラダエグナェバ、さだだネシ。 ○若いうちから、そんなに身体が悪けれァ、困ったもんですねェ。 ※コレァさだだワラシダ。ツカテヤッタキャ、クルモンデナェ。 ○困ったヤツ(子)だ。使いにやったら、いつまでたっても、帰って来ないのサ。 ※ヨメノワゲデ、アエンドァエマ、さだでラデァ。 ○嫁の件で、あそこの家では今、困っていますよ。 ※ヨウシイジェゲノワゲデ、さだオギデランタデァ。 ○用水堰のことで、裁判沙汰が起きているようだ。 ▲この例のように、「さだ」は、「沙汰」が本元らしい。 「沙汰」は、中国古代の文献にも、しばしば見えて、本来の意味は、「泥砂」を洗って砂金を採ること、だそうだ。 「沙」と「砂」は同じ。 それから転じて、精粗を分かつ。 清濁を区別する正邪を判断する。 理非を裁断する等の意味となり、さらに裁判沙汰(サイバンザタ)、お上のお沙汰。 三転して、便り、訪れなどの意味ともなる。 「ご無沙汰いたしまして……」とか「音沙汰がない」などと用いる。 方言の「さだ」は、訴訟・裁判等に深い関係がある。 それで、困ったこと、面倒なこと、大変なことのすべてにわたるのである。 「……そいつはコトだぜ!」の「こと」も、「さだ」とほとんど同じ言い方。 その434 「さっと」(1) 副詞。「ちょっと」「ほんの少し」「いいかげんに」等の意味。標準語の「ざっとあらまし」とは、多少違うようだ。 ※アノワラシコァ、さっとデモアダレバナグァネ。 ○あの子は、ちょっとでも、手をふれれば泣くよ。 ※カラダ、シダリハンブサン、さっとアダタド。 ○身体の左半分に、ちょっとアタッタんだとよ。 これは中風に軽くかかったことをいう。脳いっ血の次にあらわれる麻痺の状態をさす。 中風にかかり易いとされる体質は、おおむね、まず肥満型で首が短く多血の者とされている。 さっとでも一度かかればなかなかもと通りに健康にはなれないようだ。 ※ジュンサキテ、さっとシラベデ、エテシマタ。 ○巡査が来て、ザット調べただけで、帰りました。 その435 「さっと」(2) ▲「さっと」の語源は、やはり風の吹く音からきた「さ」であろう。 副詞を作る「と」と続けて、「さと」という副詞になる。 これが「ささと」「さざと」となり、その上略されたものが標準語の「ざと」、促音が入って「ざっと」となる。 また別に「さっさと帰る」などとも用いる。 「さっと」も同じ語源で、言い方に多少地方的なものがあるだけ。 意味も少し変わって、「少しく・ちょっと」あるいは、標準語の「あらまし・ざっと」もなる。 また、「ささ・細少・笹」「ささやく・さざ波・ささめ雪・さざめく」などの「さ・細・狭」とも考えられるが、いずれがよきか。 筆者は今、ギ声語の「さ」(前説)をとる。 あるいは、これらの語の第一次的な根本的な語源は、みな同じもので、いずれも太古のギ声語が本元かとも考えられる。 その436 「さなぶり」 名詞。農家年中行事の一。 これは、結局は「田植え祭り」のことである。 古来ミズホ(瑞穂)の国といわれた我が国は、五穀のうちでも、特に稲に関する宗教的な神事・新嘗祭・大嘗祭を初めとして、民間各地の諸行事に至るまで。 季節も年中通じて行われた。 さなぶりも、まさにその一つである。 次に、その語源と内容について簡単に述べる。 まず「さ」は「植える」「田植え」の意味で、「なぶり」は、「のぼり・上り・登り」の転訛とみる。 よって「さなぶり」とは、「田植え上り・田植え終了」ということになる。 田植えの始まりを「さおり・さ下り・さ降り」「さびらき・さ開き」という地方も多いようだから、この見方にまちあるまい。 この「さおり・さびらき」もやはり、田植えの始まりを祝う行事であり、その名残りとして、現今津軽でもなお、田植えの第一日目にはかならず赤飯(小豆めし・おこわ)を作り、わかめ(海藻)と身欠きニシンを添えて、神棚に供え、田のみなぐち(水口・方言でめなぐじ)へも、一升びんと共に、うやうやしく供える。 その437 「さっぱどし(す)」(1) 連語。これは「さっぱりとする」「さっぱりする」「気が清々する」 「ほっと安心する」「すがすがしい」あるいは、あっさり・すっきり等の意味。 方言では「きれいさっぱり」とか、「さっぱり駄目だ」とか、「さっぱり音沙汰がない」 とかの、「さっぱり」の意味には用いないようだ。 ※タノクサ、シマタキャ、さっぱどしダデァ。 ○水田の草取りが終わったので、さっぱりしましたゼ。 「シマタ」は「しまった。すました。終わった」。 ※シンツコノ、ミズノンダキャ、さっぱどしタ。 ○清水(泉)の水を呑んだら、ほっと、生き返ったような気持ちになりました。 (暑い日、山路などで) ※バスガラオリデ、ウミバダサエタキャ、ナニホド、さっぱどしタガサ。 ○バスから降りて、海岸に出たら、どれほど、気が清々したことか……。 (これも真昼の観光バス。永い間むされるようなバスにゆられたあと……) ※ナンダテ、カラダ、マダさっぱどさナェデシ……。 ○なにしろ(どうも)、からだが(病気が)、まだ、すっきりしませんモンでね…… その438 「さっぱどし(す)」(2) ▲「さっぱど」は、「さっぱりと」の「り」が脱落した形ではあるが、実は、この「り」は後世になってから入ったもので、本元は「さぱ」であり、純然たる標準国語の系統に属す。 そのことについて少しく述べておきたい。 太古のことはしばらくおいて、まず「さはやか・さはらか」という語がある。 これは、平安時代のあらゆる文献にしばしば用いられ現代まで及んでいる。 同時代からこの「さは」を繰り返して「さはさは」ともいった。 これが後世の「さぱさぱ」ともなる。 この「さぱ」の中に促音の「ッ」が入って「さッぱ」となり、それが、津軽の「さっぱど」の正体である。 現今の「さっぱりと」は、昔は「さっぱと」ともいった。 その439 「しかへる」 動詞。これは「知らせる・教える」という意味。 「しらせる」が、「しかへる」と訛ったもの。 「せ」が「へ」に訛るのは普通だが、「ら」が「か」に訛るのは珍しい。 ※ワネ、ナンモしかへナェデ、ブダウテシマタデァ。 ○おれに、何も相談しないで、豚を売ってしまった。 ※オマェダジデ、ヤマサエグジギしかへデケヘ。 ○あんたとこで、山へ行く時、おしえてください。 ※ナンボキデモ、ワサダバしかへデケナェネ。 ○いくら聞いても、おれには知らせてくれません。 ※バゲ、オドァモドレバ、ミンナしかへるァハデヨ。 ○晩にお父さんが帰れば、みんなおしえてやるからね。 ※ドゴドゴサ、しかへダラエガサ、フンベツネアマタデァ。 ○何処何処に、案内状を出したらいいか分別に余りましたよ。 これは祝言があった場合など。 お知らせするお客の人選には、いろいろ苦慮することがあるもので……。 ▲「しかへる」は、おそらく津軽以外にはないだろう。 他県にも、もちろんあるまい。 「ら」が「か」になる例は、この外には容易に見当たらない。 秋田・岩手の北部地方は津軽方言と類似のものが多いが、「しかへる」だけは、津軽特有のものらしい。 これは特に矯正すべき訛の一つで、せめて「しらへる」とぐらいは、言ってもらいたい。 なお、「しかへる」の「か」は、あるいは「聞かせる」の「か」ではなかろうかとも考えられる。 つまり、「しらせる」と「きかせる」との混合ではないかと。 その440 「しぐだまる」 動詞。これは、「ちぢまる」「ちぢこまる」「萎縮する」「だまる」 「小さくなる」「すくむ」等の意味にあたる。 ※シナコネエデしぐだまテ、モノコカナェグナタ。 ○隅っこにいて、ちぢこまって、ものを食わなくなった (鶏が、いじめられて。あるいは病気になって) ※センキョデオジデカラ、しぐだまテシマタ。 ○選挙で落選してから、元気がなくなった。 ※オヤジァ、フトグジサガベバ、サンジンしぐむ。 ○親父が一言どなれば、すくんでしまう。 「しぐだまる」と多少ちがうが、恐れて、グウの音(ね)も出ない、というような場合の形容に、「さんずんすぐむ」というものもある(三寸すくむ)。 ※サビサビテ、しぐだまテバレエデ……。チト、ハケデアサガナガ。 (シゴドサナガ、ヌググナルネ) ○寒い寒いといって、ちぢこまってばかりいて……。少し走ったりしなさい。 (仕事をしなさい。運動をしなさい。あったかくなりますよ) ▲「しぐだまる」の語源は、すくむと、だまる(黙)を一つにした「すくみだまる」の約言かと思う。 「すくむ」と同意語に「すくまる」「すくめる」などもあるが、これの転訛か?。 やはり前者とみておきたい。 「し(す)ぐだまる」という地方は、関東以北の大部分にわたるようだ。 それほど聞きづらいわけでもなく、全然なくしてしまうには惜しい方言の一つ、だと思う。 津軽のことばTOP |
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