[連載]

    61 〜 70       ( 鳴海 助一 )


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◆その61
 「うるだぐ」

 動詞(ガ行四段)。うるだぐ。うろたえる・あわてる・いそぐ・あせる等の意味。

※ケサ、アンマリうるだェデ、タバゴイリワシエダ。
○けさ、あんまりうろたえて、煙草入れ忘れた。

※ナンボコレァ、うるだがナェマダバ。
○ずいぶんこいつぁ、急がない馬だ(歩かない)。

※ジュンサキタキァ、うるだェデハダシデネゲダ。
○巡査が来たので、アワクテ、はだしで逃げた。

※うるだくオドゴド、ハバガルオナゴア、カネニナナェ(津軽のたどえ。諺のこと。たとえ)
○あわてる男と、ハダガル女は、金にならない。

 これは思慮の浅い男と、浮気な女は、決して家庭が幸福にならない、という意。
 「ひょうたんなまず」の著者、甘茶勘平先生は(黒石市)、筆者のこの意の下の句を、「ハバガナェオナゴ」と訂正して(誤ったふりして)、紙上に発表したことがある。なかなか意味深いものがあるので敬服している。
 語源は「うろたえる」であるが、その「える」の部分が「ぐ」になるのは津軽ことばの訛りの甚だしい例である。似た例としては、あつらえるの転意並びに訛 語としての「アジラエル(預ける意)」を「アジラぐ」というのや、ゆわえる(結う)の意味の「カラガぐ」などがあるようだ。また「うろたえる」は、 「うろうろ」「うろつく」「うろおぼえ」等の「うろ」と、「倒れる」から変わった「たえる」とが結合したものである。



◆その62
 「うるうるって」

 副詞。連語。「うろうろして」の意。ただし、主として、人がひどくあわてたり、せき込んだりした場合の、マナグ タマ(眼玉)の形容にだけ用いるようである。「眼をみ張って」とか、「眼玉をギョロツカセテ」とか、「ギョロギョロ、キョロキョロ」とか。標準語で も、いろいろ形容のし方はあるが、津軽人には「うるうるって」の方が、どうもしっくりするようだ。

※マナグうるうるドヤッテ、カガッテキタ。
○怒って、本気になって、手向かってくる時の「眼」の形容だが、適当な標準語が思い出せない。

※アノフトノマナグァ、エジミデモうるうるって。
○あの人の眼は、いつ見ても、キョロキョロして。

 この場合も「おどおど」の方が適当かも知れない。
 津軽の「なぞなぞ」の一つを紹介する。
 甲「なんじょ」乙「たでろ」甲「あのはェ、うるうるてうなェもの」乙「まなぐ」甲「なぞなぞ」乙「かけて下さい」甲「あのね、売る売るといって、売らな いものなァに」乙「まなこ(眼)です」この「なぞ」はなかなかうまく洒落(シャレ)たものである。「うるうる」の「うる」が「売る」に通うところから、思 いついたものであろう。



◆その63
 「うるふるめぐ」

 動詞(ガ行四段)。うるふるめぐ。「あわてふためく・あわてておろおろする」という意味に用いる。「うるうるめぐ」が、さらに訛ったものか。「めく」は、例の動詞性の接尾語で、標準語の中でもたくさんみられる。

※クワンジダガドモテ、うるふるめデ、エガラデファタキャ、ポンプノエンシュダジデァ。
○半鐘が鳴ったから、火事かと思って、びっくりしてあわてて家を飛び出して来たら、消防演習だとよ。

※キップァメナェテ、うるふるめデサガシテエタェ。
○汽車の切符が見えないといって、ひどくあわてて探してあったぜ(出礼口などへ来てから、気がついた場合等、よくあることだ)



◆その64
 「うるまェ」

 形容詞。うるまェ。意味は、@ちょっとおつな味・気のきいた料理の味。Aなんとなく上手だ・どことなく立派だ。B魅力がある・愛嬌がある。

※オヤノオガ、ウダコウダレバ、ナガナガうるまェコエコダデァ。
○本家(ホンケ)のおかあさん、唄をうたえば、ずいぶん聞きやすい、うるおいのあるいい声ですねェ。

※コノアモノコァ、うるまェゴンジャ。アバ、ヨーリァ、ジョジデンジャ。
○この「あえもの」は、なんと、うまいですね。お婆さんなかなか料理が、上手なんですね。

※アノフトノハナシコァ、ベラベラテサナェンドモ、ナガナガうるまェドゴァアエシデァ。
○あの人(講師など)のお話しは、訥々(トツトツ)としているけれども、ずいぶん味わいのある内容でしたねェ。

※アノオナゴァ、アエデ、うるまェツラコダデァ。
○あの女(女給さんなど)あれでも、(あまり飾らないが)、愛らしい顔つきですよ。

▲語源は「うる」と「うまい」と、二語に分けて考えればはっきりするようだ。まず「うる」は、「うらうら・うあららか・うるわしい・うれしい」等の「う ら・うる・うれ」と同じで、「心」が本元であり、それから転じて心にしみじみと「よく感じること」の意味ともなった。この「うる」が、「うまい」という語 の接頭語となって「うるうまい・うるまい・うるまェ」と、つづまり、そして訛ったのである。「うまい」は言うまでもなく、舌で味わう「甘い・美味い」か ら、「上手・立派・美しい・愛らしい」等に広がっていく。そこで「うるまェ」は「なんとなく─甘い・上手だ・美しい・魅力的だ─」というような意味になる のである。



◆その65
 「うるまェこ」

 名詞。小魚の名。うるまェこ。いわゆる「めだか(目高・丁班魚)のこと。淡水産の小魚だから、好んで稲田や小堰な どに住む。うるめいわし(潤目イワシ)という、三十センチぐらいの細長い魚があるが(サンマに似ている)この魚をそのまま縮小したような形だから「うるめ こ」と名づけたものにちがいない。前の「うるまェ」とは関係あるまい。さてこの「うるまェこ」は、せいぜい二センチかそこらだから、雑魚の仲間には、とう ていはいれないけれども、小さいながらも、形は魚と同じであり、如何にも整ったかっこうで、しかもキビキビしているところから、子供らには大へん好か れる。青田の頃、温く澄んだ田の水が、コボコボと落ちる「みな口」のあたりに、小さなヒレを動かして群れ遊んでいる様子は、まことにか愛いものであ る。五十男もすっかり童心にかえって、つい両手で掬い上げてみたくなる。詩や歌などに、たくさん詠まれるのも、もっともなことだ。



◆その66
 「えがさま」

 副詞(応答語)。えがさま。いかにも。なるほど。いかさま。ああそうですか。そうそう。ごもっとも等の意味。標準 語が、少し訛っただけである。標準語の「いかさま」は、「如何なるさま(様子・状態)」「どのようなさま」「どんなさま」というのが、本来の意味であるの を、いつしか約まり、または略されて、副詞的の語となり、意味も前述のように変わったのである。転意の例としては珍しい変り方だと思う。なお、これと形の 似た「いかさまもの」という語があるが、これは略して「いかもの」となり、「いせもの・まがいもの・似て非なるもの」等の意味であって、本元は「如何様」 であろうけれども、現代語としての用法の上からみると、やはり関係のない別々の語だと考えたい。要するに「えがさま」も「いがさま」も、成立過程の判然と しない、あいまいな語としておきたい。ただ、「いかさま」の本来の意味としての用例は、古く万葉集にも見えていることは注意を要する。

「いかさまに、思ほしめせか、天ざかるヒナ(夷)にはあれど……(万葉集、柿本人麿の長歌の一節)
〔訳〕「どんなにお思いになられて、このような遠い遠い田舎の地なのに、都をお遷しになったのでしょうか」となる。

 また、壱岐島の方言に「イカサム」というのがあって、意味は、「多分、きっと、よもや、まさか」だという。



◆その67
 「えがな」
 否定語。いやいや。どういたしまして。どこにどこに。

※キナマダ、タェシタヘワネナレシアデァー。−えがなえがな。
○昨日はまた、大へんお世話になりました。−いやいや、どういたしまして。

※…コレダバ、カェテ、コジガラオレエサネバマナェンテシジャ。−えがなシ、なもなも。
○これなら却って、こっちから、お礼申し上げなければならないようだね。−いえいえ、そんなことありませんよ。

▲これは、語源とその成立過程とが、ややはっきりしているようだ。手っ取り早く言えば、
1.いかなることがあっても。2.いかなること。3.いかなだいたい、この順序で省略されたものとみる。そうして1は、「いかなる事があっても、どうあっ ても、誰が何と言っても、それは賛成しかねる・承知できない・駄目だ。いやだ、ありえないことだ」のように否定する意味になるところから、それの略された 「いかな、えがな」も、すべての事柄の否定語となったのである。

 ただし、この語の類似的な言い方は極めて多いので、例外や、転意も少なくないようだ。「イカナコテ」これは九州鹿児島の方言で、「まさか・よもや」の意味だそうで、やはり津軽方言と、最もよく似た意味に用いている。



◆その68
 『えがべ』(1)

 連語。慣用成句。アクセントは@えがべ。Aえがべ。@の「べ」は中の高さで、「念を押す」または「疑問」の意味がある。@は本来の意味でAは転意したもの。厳然とした区別はつけかねるが。

※ナシロサ、カミカブヘレバ、ヤパリえがべ。
○苗代に、紙をかぶせれば、やはりいいでしょう。

※チョァカサモダナシテモえがベガ。
○今日は、かさを持たなくてもいいでしょうか。
(雨が降らないでしょうか。暑くならないかな)

※ホケンサ、カダレカダレ(ハレハレ)テキタバテ、ドシタラえがベガナ。
○保険へ、はいれはいれ(加入せい)といって来ているけれども、どうしたらいいかね。

※コンキヤタハデ、アドァ、アンフトリデえがべ。
○これだけやったから、このあとは、お前一人でやれるでしょう?

 以上は、みな@の例である。「疑問」「念を押す」「?」「半信半疑」等の意味を含んでいる。

※アドオマェシギウゲルベ。ヨシえがべ。A
○後は、あんた引き受けてくれるでしょう。─よし、引き受けた。(大丈夫です)

※キョダバ、カジネえがべ。
○今日は、大丈夫勝てるよ。

 標準語の「…でしょう」は、語尾を上げるか、下げるかによって、意味がちがってくるのと同じく、「えがべ」も、アクセントによって、@とAとの意味にな る。Aの方は、疑問と推量の意味があるが、えん曲に言う言い方として、断定するによいところを、わざと「べ」を用いるのである。標準語でも、このえん曲な 表現法は常に用いられる。



◆その69
 『えがべ』(2)

 ▲ヨイ(善い・好い・良い)ユク(行く・往く)は、近世の初めごろから、すでに「イイ・イク」と、両方の発音が併行して現代に及んでいる。
 ヨシ=ヨイ=イイ=と変化し、それが、津軽の「エエ」と訛ったもの。そこで、語源はすぐわかる。
「えがべ」の「えが」は、「ヨカ」であり、(西郷南洲の「ヨカヨカ」も同じ)。「べ」は「べし」である。「ヨガベ」が「エガベ」となった。その成立の過程は次の通り。
@よくあるべしAよかるべしBよかるベエCよかんベエDヨカンベEエガンベFエガベ。
 だから、@からFまでは、形が短くなったり、訛ったりしても、意味はみな同じ。本元は@の「よくあるべし」で、「よくあるでしょう−よいでしょう」の意 味。そして「べし」には、以前詳しく述べたように、「推量・可能・命令・勧誘」などの意味があるから、津軽言葉の「えがべ」も、前述のように、@とAと、 両様の意味になるのである。
 津軽ことばでは、「えがベシ・えがベナ・えがベガナ・えがベジャナ・えがベネ」などとと、さかんに用いられる。



◆その70
 『えがめる』

 動詞(マ行下一段)。えがめる。「が」はG濁音。津軽方言としての、この語の意味は、「川や堰の水」をセキトメル(塞き止める)ということである。したがって他動詞である。自動詞は「えがまる」。

※ナシロサ、ミジャアクテラデァ、カミサエテ、ツトえがめデコェデァ。
○苗代に、水が溢れているよ。みなかみ(水上・上流)へ行って、少し塞き止めて来なさい。

▲「えがめる」は、方言の意味とは多少違うが、標準語として、江戸時代の文献に用いられている。すなわち同時代(享保の頃、二三〇年前)の「聖徳太子絵記」の中に「牛頭・馬頭・悪鬼が責めよかし。此の婆がえがめてやる…」
 同じく享和年間の(一四〇年ぐらい前)「箱根霊験イザリ仇敵」の中に「源左衛門が邪(ヨコシマ)は、来るより早う見て取れど、えがめられぬは、俺より上役(ウワヤク)、あんな奴に出逢うたが、この身の不幸…」とある。(大辞典に引用されている)
 この例における「えがめる」の意味は、「こらしめる(懲)いじめる・困らせる」である。また、この場合の発音は、「が」が鼻濁音(ビダクオン)すな わちユガメル・ハリガネ(歪・針金)等の「ガ」であろうと思われる。しかるに、津軽方言の「えがめる」は、学校・硝子(ガッコウ・ガラス)等の 「ガ」と発音するのであるから、いくらか疑問の点もあるが、江戸時代に用いられたこの「えがめる」が、方言の「えがめる」と同じ語である、と断言しがた い。ただし、語源の本元は、いかめしい・いかる・いがめる(厳・怒・歪)等に関係あると見当をつけたが、なお研究の余地がありそうだ。



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