[連載] | |
81 〜 90 ( 鳴海 助一 ) |
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◆その81 『えしから』 名詞。えしから。これは、いしかわら(石川原)のこと。方言では、かならずしも、水の乾いた「川原」のことだけで
なく、石ころの多い道路などにも用いる。「えしから、ハダシで歩いて足いたくないか」、「この街道、えしからバェデアサガェナェ」等。こうなる
と、「えしから」は「えしころ(石ころ)」の意味ではないかと考えたくなるがどんなものか。もしそうだとすれば、「犬ころ」などの「ころ」と「石ころ」の
「ころ」とは、同じ性質の接尾語ではないということになる。
◆その82 『えしからサべご』 成語。えしからさべご。津軽の諺である。「えしから」は「石川原」だから、草など生えていない。そんな場所へ
「牛・ベゴ」を放しても、「ベゴ」は、甚だ楽しくない。ボンヤリ立って、あっちこち首や尾を動かしているだけである。そこで、「素気ない・手持
ち無沙汰だ・ご馳走のない客間に待たされた時・ぶ愛想にされた時」など、「ナンダバ、マルデ、エシカラサベゴダデァ」(なんですか?これで
は、ちょうど(恰も)、石川原につながれた牛みたいですねェ。)という。
◆その83
『えじだかじだ』 副詞。これは、「時を定めないで、いつでも」「時知らず」「普段」というような意味。 ※えじだかンじだ、町サアサェテル。 ○何でもない日でも、いつでも、よく町へ行く。 しょっちゅう遊び歩いている人などを、悪くいう場合。 ※えじだかじだ、ベントクテ。 ○時でもないのに、弁当を食べて。 ※シツムジカンネコエジャ、えじだかんじだキタテドヘバ。(役場の窓口などで) ○執務時間内に来てくれよ……。そう勝手に、時間外に来たってどうなるもんですかェ……だめですよ。 ※コノゴロ、ナンモシゴトサナセグナタネ。アサマネダテ、えーじだかんじだオギデサェ……。 ○この頃、全然仕事をしなくなりましたよ。朝だってとんでもない時間(遅く)に起きたりしてサ……。 ※えじだかじだ、ナェンタモノネ、マゲデエラエルナ……。 ○いつもいつも、テメェみたいな奴に、負けていられるカッテンダ……。 ◆その84 『えたでね』(1) 副詞。えたでね。意味は、一度に、急激に。休まず、ぶっ通しに。いっしょくたに。
※アマリえだでねケバ、ハラァエグナェグナルァ。 ○あんまり一度に食べれば、腹を悪くするよ。 ※フナェデフナェデ、フタデバ、えたでねフル。 ○何日も降らないで降らないで、降ったとなると、むやみやたらに降る。(ヒデリと大雨は農家の敵) ※ボンモ、ソングワジモ、えだでねキタェンタデァ。 ○(お)盆と(お)正月が、いちどにきたようなアンバイ(塩梅)ですナ。(お芽出たいことが重なること) ※オヤドコドモド、えたでねコロシタ。 ○祖母(父)と、孫が続けざまに亡くなった。 ◆その85 『えたでね』(2) ※ゴグワジド、フゴロカゲド……、えたでね、エソガシグナエシタデァ。
○田植えとリンゴの袋掛けと一緒になって……。急に忙しくなりましたよ。(その年の気候によってそんなこともある。) ※カラポネヤミノえたでしごと(津軽の諺) ○怠け者は、人と一緒に仕事をしないで、終る頃になってから、あるいは人が休んでいる時に、急に、無理して、せっかちに仕事をするということ。だから、その仕事は満足なものは出来ないという風刺。 これは、いい意味で、芸術家・名人などは、気が向くまでは、決して仕事に手をつけない。かかったとなると、徹底してやる。そして素晴らしいものが出来上 る……ということもあるが、普通人では、この「えたでしごと」は、大ていは、いい結果は見られないようだ。仕事の内容も、身体の調子も。雅俗を問わず、金 言・格言・諺等には、かならず一つの真理・哲理・道理・処生術といったようなものが含まれている。「カラポネヤミノエタデシゴト」は止めよう。 ▲「えたでね」の語源は、いかんながら、はっきりしない。「一度に」「いちどに」ではないかとも考えるがつまり、五音相通の理から、「イチドニ」が「エタデネ」とならないでもない。あるいは「いちどきに・一時に」の訛りか。 その86 『えッつね』 副詞。意味は、標準語の「もうとうに終ったよ」の「とう」である。だから、アクセントも、初めの「えッ」にある。
「とう」は、「とく」の音便で、「とく」は「疾し」という形容詞の連用形であり、意味は「早く」である。風速の程度をいう「疾風」「はやて」などの語に
よっても分かると思う。その形容詞の連用形、「とく」に、副詞を構成する「に」がついて、珍らしくも副詞になったのである。標準語のこの「とくに」は、促
音を入れて、「とッくに」というが、これと、方言の「えッつね」とは、意味もアクセントも全く同じ。ただし、語源の方は関係がなさそうだ。それでは、
「えッつね」の正体は何か。結論は「いつに・何時に」であると断定したい。その理由は次の通り。
※アノフトァヨメコモラタガ。えじだば、モウニサンネネナルベネ。(二人の対話のことば) ○あの方お嫁さんをもらいましたか。いつのこった、もう二・三年にもなるでしょう。(もうとっくに) 上の「いつのことだい」が、その正体である。これが「とっくの昔だよ」という意味を持つようになるのは、いわいる、「反語」の用法によるのである。「誰が行くものかイ」は、「行かない」という意味になるのと同じ。標準語にも、方言にも、反語の用例は極めて多くみられる。 さて、途中の説明を少し省略するが、「いつの時に・いつのことに」が、津軽の「えッつね」に訛ったということは、間違っていないようだ。 ※トウキョウダラ、えッつね、サグラサェダベネハ…。 ○東京なら、もうとっくに、桜の花が咲いたでしょうよ。 ※オマェダジァ、ママクェシタナ。アア、えッつね…。 ○あんたたち、ごはんすみましたかェ。ああ、もうとっくに…。 ※ノボリァ、えッつねタテシマタェダツシデァ。 ○上り列車が、もうとうに、発ったんだそうでございますよ。 るがつまり、五音相通の理から、「イチドニ」が「エタデネ」とならないでもない。あるいは「いちどきに・一時に」の訛りか。 ◆その87 『えッちャェ』
連体詞。意味は、「小さな・わずかな・大したことのない」である。
※えッチャェだカラダコダバテ、シモコァツヨェ。 ○身体は小さいけれども、相撲は強い。 ※ミレバ、えッちャェだフトコロダバテ、アエデ、ギクワエデダバ、ダンモ、ネヘオコヘヘナェド。 ○ただ見ただけでは、大したことのない(風采があがらない)人だけれども、あれで、議会では、誰も太刀打ちが出来ないんだとよ。 ※最新式だの、新発明だのツテシハデ、ドウシタモンダガド思っタキャ、えッちェだモンダデァ。 ○……というから、どんなものかと思ったら、なに、ちょっとしたものだよ。大したことありませんよ。 ▲この「えッちェ」だの語源については、永いことなやんでいたのだが、最近ようやく見当が付いた。石川県(加賀能美郡)の方言に、「エッチャイ」というの があって、「小さい」の意味だそうだ。これにヒントを得て、次に音韻学上の「略言・約言」の方法で、調べていくうちに解決がついた。本元はやはり、「チイ サイ・チイサナ」である。それが「チイチャイ・チイチャナ・チエッチャダ」と訛っていく。「サ」が「チャ」になるのは、音韻変化の上では、極めて普通の ことである。例えば「オトウサン・オトウチャン」「茶サホウジ・チャホウジ」アイヌ語の「坂チャガ」。方言の「ひっ裂けるが、ムンチャゲル」 等々。また「ナ」と「ダ」との関係も、前に何回も述べた。 そこで「ちいッちャだ」となるのは異論はなかろう。音韻変化の略約の一つに、「語首上略」というのがある。一つの語のうち、上の音が省略される現象であ る。例えば、「サキノヒ・先日」が「キノヒ・キノウ」となるなど。「既の日」かとの論も出てくるが……。「ちいっちゃだ」の「ち」が語首略格によって 「いっちゃだ」となるのも不自然ではない。それが訛って、津軽の「えッちェだ」となった、と断言しておくッ。 ◆その88 『えッとごま』 副詞。えッとごま。意味は「ちょっと(一寸・鳥度)」「ちょっとの間」「少しの間」「僅かの時間・暫時」である。 ※えッとごまキテケヘジャ。えッとごまネルジャ。 ○ちょっと来て下さい。ちょっとの間寝るよ。 ※オマェダジノ、ハシゴコえッとごまカシテケヘ。 ○あんたたちの、ハシゴちょっと貸して下さい。 また「ね」をつけて、「えッとまがね」という副詞にもなる。意味は、「ちょっとの間に」。 ※自転車ダハデ、えッとまがね行って来ルァネ。 ▲語源は「イットキマ」すなわち、「一時間」「一時の間」である。それが訛って「エットゴマ」となったもの。青森県・秋田鹿角・岩手志波等共通。岩手県の遠野町・石巻市あたりでは「えッとぎま」というそうだ。 ◆その89 『えッとまが』 副詞。前項の「えッとごま」と、意味は全く同じ。ただし「えッとまが」の方が、訛りがひどい。そして、田舎になればなるほど、この方が、よけい用いられるようだ。
※えっとまがマジデケロ、エマエグハデナ。 ○ちょっと待っておくれ。今すぐ行くからね。 ※えっとまがね、カェデシマエシタネ。 ○ちょっとの間に、書いてしまいましたよ。 ※コンキコダバ、ミナシテヤレバえっとまがダネ。 ○これだけなら、みんなでやれば、ちょっとだよ。 ▲この語の成立を、「ちょっと・ちょいと」と関係づけて考えようとしたが、無理なようだ。やはり「いっときま」の訛った「えっとごま」が、更に訛ったもの だと考えたい。それは、例の音韻学上の「音韻変化」の諸現象のうち、「音韻転倒」ということで説明ができるのである。「転倒」は「ひっくりかえる」という ことだが、ある語の、上の音と下の音とが、逆に発音されるというのである。 ○例えば、子供らや、時としてはおとなでも「卵・茶釜」を「タガモ・チャマガ」と、発音するが如きはそれである。純然たる国語の中にも、例えば「あら たし(新)」が正しいのに、平安時代の頃から、「アタラシ」と転倒して、それが現代に伝わっているのである。「えっとごま」が「エットマガ」と変ったの は、この「音韻転倒」の現象であるとみることは、間違っていないようだ。 ◆その90 『えで』 名詞・人称。父親のこと。「オド(父)オガ(母)」のアクセントは同じ。「ちち・はは」の呼び名として、津軽
ことばの、もっとも古い代表的なものは「えで・あっぱ」であることは、周知のことである。「えで」の本元は、「チチ」であるが、平安時代の頃から既に、
「テテ」ともいわれた。その「テ」の子音「T音」が略されて、「エデ」となったもの。「てで」の名残りとして「てでなし子」などがある。「あば」の条で
もいった通り、「えで・あっぱ」は、あまり聞かれなくなった。詳しくは「て」の条で述べるつもり。
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