[連載]

 1話〜10話( 佳木 裕珠 )



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◆その1
「再びの出会い」(1)


 さほど勉強することもなく、昌郎は、その高校に入った。就職する者と進学する者がちょうど半々のその学校は、二人の兄の母校でもある。兄達は家業の自動 車整備工場を手伝っている。昌郎も卒業後は兄達と同じように家の自動車整備工場で働くことにしていたが、一応高校だけは卒業しておこうという程度の気持ち で、その高校に入学した。
 彼は高校生活にあまり期待はしていなかったから、入学式は緊張もしなければ感動もしなかった。ただ、兄たちと同じ高校に入れたことだけが満足だった。
入学式の次の日に、新入生が先輩達と一堂に会する生徒会主催の対面式というものがあった。2・3年生が居並ぶ体育館に、昌郎達新入生がおずおずと入って 行った。先輩達の視線が新入生達に一斉に注がれた。昌郎は、前日に行われた入学式の時よりも緊張した。どんな先輩達がいるのだろうか。生意気な奴だと目を 付けられやしないかなどと考えて体を硬くした。250人ほどの新入生がいる中で、自分だけが目立つことはないだろうとは思いながらも、緊張して昌郎は体育 館の中に入って行った。
 「これから対面式を行います。2・3年生は右を新入生は左を向いてください」ざわつきながら上級生達は体の向きを変えた。1年生達は緊張の面持ちで、先輩達と対面するように右側を向いた。新入生と2・3年生達の間に手早く教壇が運ばれ、そしてマイクが設置された。
 「それでは、新入生歓迎の言葉を生徒会長からお願いします」司会のその言葉で、新入生の前に登場したのは勝ち気そうだが綺麗な女子生徒だった。1年生の間から驚きのざわめきが起こった。生徒会長は当然男子生徒だと、新入生達全員が考えていたのだ。
生徒会長は壇に上がり、新入生達をゆっくりと見回してから、落ち着いた声で堂々と歓迎の挨拶を始めた。



◆その2
「再びの出会い」(2)


 昌郎は、女子の生徒会長の登場に驚いた。そして堂々と挨拶をする彼女を眩しいように見ながら、何処かで出会ったことがあるような感じがした。
 何処で会ったのだろう。彼女の姿を凝視しながら、心の奥にある遠い記憶を彼は探った。
 昌郎は懸命に記憶の糸を手繰り寄せた。中学校や小学校の学校の中ではない。かと言って家の近所でもない。とすれば、ねぶたに関係する場所しかない。
 昌郎はねぶたの囃子をやっている。父と二人の兄達は太鼓、彼は笛をやる。囃子はねぶた祭りの期間中だけの活動ではない。祭りまでは毎日のように練習があ る。そして祭りが終わった後も、何かの行事やイベントに囃子を頼まれることがあるのだ。そんな囃子の活動の中で、彼女に出会っていたのかも知れない。昌郎の記憶は段々と狭められて行った。
 そして、花火がぱっと開くように突然に思い出したのである。そうだ、彼女はあの時の女の子だ。昌郎は彼女と出会ったあの時のことをはっきりと思い出していた。
 あれは、昌郎が中学1年生の時のことだった。彼は、父親に連れられて、或る町で行われた囃子の練習に2ヶ月あまり行ったことがある。その町内で子どもね ぶたの責任者となったのが、昌郎の父親と仕事関係の知人だった。今まで、その町内では子どもねぶたを出したことがなく、その年初めて出すことになったの だ。ねぶたを制作してくれる人はどうにか見つかったものの、囃子方の目処が付かなかった。なんとか町内の人達で囃子が出来るようにしたいから教えに来てく れないかと、昌郎の父親が頼まれたのだ。そこで昌郎の父親や兄達そして囃子仲間の連中が、6月に入ってから週に一度ずつねぶた囃子を教えるために、その町 内の集会場へ出向いた。そのねぶた囃子の練習場の中に、彼女がいたことに昌郎は思い当たったのであった。



◆その3
「再びの出会い」(3)


 昌郎のレベルなら、余程のことでもない限り入学できるだろうと言われていたから、その高校に入学してもあまり嬉しいとは思わなかった。
 また、高校生活にさほど期待もしていなかったが、彼女がいたことで、この高校に入学できたことの歓びが彼の胸に湧き上がった。
 生徒会長である彼女の名前が、加藤由希であることはすぐ分かった。
 そう言えばねぶた囃子の練習場所で、町内の人達から彼女は「ゆきちゃん」と呼ばれていたことを、昌郎は思い出した。
 6月と7月の2ヶ月でねぶたの笛をマスターすることは出来ないが、太鼓や手振り鉦であれば上手下手は別にしても何とか格好は付くようになる。
 そこで、笛だけは昌郎達の囃子方が吹くことにした。
 由希達の子どもねぶたは、8月2日から始まる本番のねぶた祭りには参加せず、7月最後の日曜日の夜に、町内を一巡するだけだったから、昌郎達が協力することが出来たのだ。
 太鼓や手振り鉦を教えるのは父親や兄達そして大人の囃子方の役割だった。
 そして昌郎は、太鼓と手振り鉦が合同で練習する時に、笛を吹くのが役目だった。
 太鼓と手振り鉦が別れて練習する時、昌郎は少し離れた所で一人笛を吹きながら、太鼓や手振り鉦の練習している人達を見ていた。
 そんな練習風景の中で、一際輝いていた場所があった。
 それは、由希が数人の女の子達と一緒になって、手振り鉦を練習している所だった。
 わいわいと賑やかなその中にいながらも、由希はしっとりと落ち着いていた。
 彼女だけを殊更見詰めてはいけないと思いながらも、気が付けば昌郎の視線は由希一人に向いているのだった。
 太鼓、手振り鉦の合同で笛を吹く時、彼は彼女の方を向くことはしなかったが、視界の片隅で彼女をしっかりと捉えていた。
 彼女が自分の笛に合わせて鉦を叩いていると思うだけで、昌郎の笛には力が入った。



◆その4
「再びの出会い」(4)


 1年生の教室は3階、3年生は1階だから、新学期が始まって数週間、昌郎と由希は顔を合わせることはなかった。由希は、昌郎がこの高校に入学したことすらも知らなかった。
 毎年、ゴールデンウイークの前に生徒総会が開催される。生徒会長の由希は忙しい毎日が続いた。今年も、生徒会役員の幾つかは空席のままで、その分役 員は忙しく、特に生徒会長の由希は幾つもの仕事をこなさなければならなかった。この学校で、女子の生徒会長は由希が初めてである。
 彼女は、自分から目立とうとする性格ではないが、落ち着いてしっかりとしていながらも、黒目勝ちの大きな瞳は何時も優しく輝いていて、誰からも好かれ頼りにされる存在だった。成績も常に上位にいる由希は、先生方からの信頼もあつかった。
 そんな彼女を見込んで、生徒会の担当教師が、由希に生徒会活動へ参加するように働きかけた。初めは断っていたのだが、友達や先輩達から強く誘われ、由希 は手伝い程度の軽い気持ちで生徒会室に顔を出した。しかし、誠実でしかもしっかりとした仕事ぶりで、1年生後半の生徒会役員改選で、副会長に推されたの だ。何時の間にか彼女は、みんなから絶大な信頼を寄せられるようになり、2年生後半の生徒会役員改選で、彼女は会長になったのである。会長に成るつもりな どなかったが、なったからには精一杯頑張ろうと由希は思った。
 生徒総会が明日に迫った日の昼休み、彼女は最後の打ち合わせのために職員室へ行った。用事が済んで職員室を出ようとした時、一人の男子生徒と出会った。 彼は、入り口を塞ぐように立ち尽くして彼女を見詰めた。それは、ほんの数秒のことだった。彼は目礼をするようにして、由希の脇を通って職員室に入っていっ た。彼女も彼を見てハッとした。その生徒が、笛を吹いていたあの男子だと気が付いたのである。



◆その5
「再びの出会い」(5)


 由希の町内で子どもねぶたを作ったのは、彼女が中学校3年生の時だった。
 何事も初めてのことばかりで、町内の人達は大変な苦労をしたらしく、次の年からはプツリと子どもねぶたを作る話が出なくなってしまった。
 町内でねぶたを作るよりも、大型ねぶたに参加すれば充分楽しめるというのが、町内の大人達の大方の意見だった。
 しかし、子ども達にとっては、どんなに小さくて見栄えがしないものでも、自分達のねぶたが一番だった。
 今年は町内で子どもねぶたを作らないと聞き、高校生になった由希もがっかりとした。
 町内の子ども達は、親達に今年も町内でねぶたを作ってくれとせがんだが、大人達は首を縦には振らなかった。
 青森の街のいたるところからねぶた囃子を練習している音が聞こえて来る頃になると、由希は去年の夏を思い出していた。
 去年の町内会の子どもねぶたは、小さな上にお世辞にも上手な出来映えだとは言えなかった。
 しかし、自分達のねぶただという気持ちが、子ども達に大きな満足感と高揚感を与えていた。それは、由希も同じだった。
 そして、何よりも自分達のねぶた運行に、自分達が囃子をしたことに大きな歓びを感じていたのだ。
 確かに大型ねぶたは洗練されて美しく、大きく豪華でもある。しかし、どの大型ねぶたの運行に参加しても、自分達には仮の場でしかなかった。
 子ども達は、そんなことを自分できちんと知っている訳ではないが、そんなちょっとお邪魔しますというような肩身の狭い思いをするよりも、例え小さくて拙くて見栄えのしないねぶたであっても、自分達のねぶたが一番だった。
 でも、もう町内で子どもねぶたを出さないことを大人達が決めてしまったからには、それを承知しない訳にはいかない。
 大人達は子どもの気持ちも知らずに、今年は大型ねぶたに連れて行くからいいと単純に考えていた。



◆その6
「再びの出会い」(6)


 高校生になったその年の夏、由希はねぶたに跳人としては参加しなかった。人前で誰彼構わずに手を繋いで、ラッセララッセラと騒ぐのが何か気恥ずかしくなったのだ。しかし、ねぶたは大好きだから友達と見物には出掛けた。
 夏の陽が西の空に漸く傾く頃、花火の音を合図にねぶたがゆらりと動いて練り歩き始めると、見ているだけで心が躍る気がした。やはりねぶたはいいなと思いながら、異形の見得をきりながら近付いてくるねぶたを飽かず眺めた。
 それぞれのねぶたには何百人もの跳人達がいる。誰も彼もが、ねぶたの魔力に取り憑かれたように飛び跳ねながら練り歩いていた。その興奮状態を嫌が上にも掻き立てるのが、ねぶた囃子。由希は去年初めて子どもねぶたで手振り鉦を叩いたことを思い出していた。
 あの時は、囃子方の一員として無我夢中になってやっていたが、今思い起こしてみると、なんと楽しかったことか。跳人もいいが囃子の方がもっと面白いかも知れないと思いながら、ふと近付いてくる囃子方の人達に目を移した。
 力の限りに太鼓を叩き続ける人、体全体で調子を取りながら腕で8の字を書くようにして手振り鉦を叩く人、静の中に情熱を込める笛吹き。ねぶたに命を吹き込み、跳人達を狂わせる囃子方に深い興味を覚えながら由希が彼等を見ていた時、マイク前で笛を吹く男に目が留まった。
 どこか見覚えのある顔かたちが一人の中学生と結びついた。あの人は確か、去年町内に囃子を教えに来ていた人達の中にいた中学生ではないだろうか。少年ら しさを残しながらも、去年よりも大人びた雰囲気は、既に男らしさを漂わせているが、彼に間違いはなかった。背も一年間に随分伸び、腹掛け股引きに半纏を着 た姿が鯔背で小粋だった。確かにあの中学生に違いなかった。



◆その7
「再びの出会い」(7)


 大型ねぶたの囃子では、大きな締め太鼓を5張りから7張りずらりと並べ賑々しく飾り付けられた台車が先頭になり、その後ろに大勢の笛や手振り鉦(がね)の連中が続く。
 笛は音程こそ甲高いが、太鼓や鉦に比べれば音量は小さい。
 そこで、太鼓の台車にマイクを付け、笛の上手が吹く音をスピーカーを使って流すのである。
 設置されるマイクは2本から3本で、マイク前に立って演奏する者はそれなりの技量が要求され、誰にでもやれるものではない。
 昌郎は中学生だが、マイク前に立てる笛吹きだった。
 大型ねぶたの囃子方(はやしかた)の中で、マイク前で笛を吹ける中学生は滅多にいない。
 昌郎の姿を見た時、その姿の凛々(りり)しさに由希は感動を覚えた。
 親しく話したこともなかったが、去年一緒に囃子を練習したと思うだけで、彼に対して親近感を覚え、自分の弟や友達がマイク前で笛を吹いているわけでもないのに、何故か誇らしい気持ちになるのだった。
 そんな気持ちを友達に気付かれないようにしながら、由希は見物人達の肩越しに彼の姿を目で追った。
 昌郎が彼女の前をゆっくりと過ぎて行く。
 遠目にも真剣な眼差しがきらきら光っているのが分かった。
 後ろ姿になった時、短く刈り上げられた項に清々しさを感じた。
 彼女は、次の日もまた次の日もねぶたを見に街まで出掛けて、昌郎の姿を見詰めた。
 一瞬の出来事のように昌郎は目の前を通り過ぎて行くが、明日もまた見ることが出来ると思えば、それだけで彼女には十分だった。
 そして8月6日の夜、由希の目の前を昌郎がゆっくりと過ぎて行った。
 もう来年のねぶたまで彼の姿を見ることがないと思うと、心の中にぽっかりと大きな空洞が出来たような寂しさに、由希は捕らわれるのだった。
 ゆらゆらと揺れながら去って行くねぶたの送り絵を見る由希の頬を、秋の気配を僅かに含む風がそっと撫でて行った。



◆その8
「あなたならば」(1)


 はっきりとした名前は分からなかったが、囃子の人達は彼のことを「まさ」と呼んでいた。
 その彼が、自分と同じ高校に入っていることを知った時、由希はとても驚いた。
 中学3年の時、町内の子どもねぶたの囃子の練習に来てくれた彼とは、ほとんど話もしなかった。
 次の年のねぶた祭に、マイク前で笛を吹く彼の姿を見て何故か目が離せなかった。
 そして去年のねぶた祭でも先頭に立って笛を吹く彼の姿を遠くから眺めた。
 そんな彼が、この高校に入学していた。
 由希は嬉しい気持ちになった。
 彼女は高校3年、彼は高校1年生である。
 生徒総会の日が来た。議題は定例のもので、会は予定通りスムーズに進んでいった。
 最初簡単に生徒会長から挨拶があったが、後は議長団が会を運営し、由希は壇上の席に他の役員の生徒達と一緒に並んで座っていた。昌郎は、由希の姿を見詰め続けた。
 彼女は、制服のスカートを短くしたり、眉を今はやりに剃って化粧をしたり、髪を染めるなどしている回りの女子生徒達とは違っていた。
 スカートは膝の少し上あたりまでの長さで、そこからのぞく足はすらりと伸びている。
 黒目の勝った理知的な瞳とすっと通った鼻筋、その下の慎ましい唇は、なにも化粧をしなくても、瑞々しい若さに輝いていた。
 肩先までの髪は黒く、桜色の耳を出していた。
 スカートを極端に短くして、太い足をあられもなく出し、自分の目や顔かたちに似合っていようがいまいが逆立てた柳眉のような一律な眉に剃り上げて化粧をし、ざんばら髪のようにカットした狼を思わせる髪型をしている、浅はかなそこら辺の女子高生達とは、一線を画していた。
 昌郎は、そんな由希を美しいと思った。
 彼の回りの男子生徒達も、こそこそ噂し合った。
 「あの生徒会長だったら、きっと付き合っている奴がいるんだろうな」
 昌郎の気持ちに細波が立った。



◆その9
「あなたならば」(2)


 生徒会長でその上あんなに綺麗なら、回りの男子生徒が黙っているはずがない。
 きっと3年生の中に付き合っている男子がいるだろう。
 それに女の子は大体、自分と同年代か年上の人を好きになる。
 自分よりも年下には見向きもしないに違いない。
 そう思うだけで昌郎の気持ちは塞いだ。
 しかし、彼女に会いたい気持ちは募っていった。
 かと言って1階にある3年生の教室の方へは、用事でもない限り1年生が一人で行けるような所でもない。
 放課後、生徒会室に行けば、彼女は必ずいるはずだと分かってはいたが、職員室がある管理棟の2階の隅の生徒会室には、役員でもなければ足を向けられない。
 昌郎は、生徒会館の食堂や図書室に機会ある毎に行ってみたが、由希と出会うことはなかった。
 職員室に行けば、彼女とまた出会うことがあるかも知れないと思い、昌郎は用事を作っては頻繁に職員室へ行くので「木村は、職員室が好きだな」と担任に言われる程だった。
 しかし、そこでも由希と会うことはなかった。
 6月に入ると高校総体が始まり、野球の試合も多くなる。
 野球には応援が付き物である。
 野球の応援は、応援団と吹奏楽部が組んでするのだが、ここ数年応援団に入る生徒が減り、今年はとうとう誰もいなくなってしまった。
 勿論応援団長もいない。
 生徒会としては由々しき問題だった。
 しかし、応援団員の成り手がいないのは時代の流れで、どこの学校でも同じような状態だった。
 今年度は吹奏楽部の人員が25人を越え、演奏にも力強さや深みが増していた。
 また、野球部も充実していて、甲子園予選大会でも良いところまで行きそうな期待感があった。
 応援団があればと、生徒会執行部全員は思った。
 或る日、今年はねぶた囃子を応援のレパートリーに入れたいと、吹奏楽部の部長から相談を受けた時、由希は彼のことを思い出した。



◆その10
「あなたならば」(3)


 ねぶたの笛を吹く男子生徒のフルネームもクラスも、由希は知らなかった。
 ただ、1年生だと言うことだけしか分からない。
 彼女は、1年生の教室がある3階に行ってみようと思った。
 生徒会の3年生の男子と一緒に行くことも考えたが、それでは余りにも威圧的になってしまうような気がした。
 応援団員になって貰えるかどうか全く白紙の状態である。
 いや、白紙よりも拒否されることの方が多いだろう。
 今の風潮では応援団なんて、ダサイ部類に入っている。
 昼休み時間、由希は一人で3階まで上った。
 自分も2年前にはこの階にいたのだと思う気持ちが、1階と全く同じ造りなのに何か懐かしさを感じさせた。
 まだ、中学生の雰囲気の残る1年生達が、教室や廊下に溢れていた。
 そんな彼等は、由希を見て一様に驚いた。
 この階に3年生が来ること自体珍しいのに、生徒会長の由希が来たのだ。
 1年生達は好奇の目を彼女に向け、擦れ違う時には大きく道を開けた。
 一体誰に用事があるのだろう。
 彼女は、そんな1年生達の視線を痛いほど感じながら、3階の廊下を南側の端から北側の端まで歩いた。
 さすがに教室の中までは入れなかったが、廊下からそれとなく教室の中を見た。
 しかし、目指す姿を見付けることが出来なかった。
 廊下からは見えない教室の隅にいたのかも知れない。
 そう思いながら、今度は北側から南側へと歩いた。
 しかし、彼は見当たらなかった。
 廊下を一往復して、由希は階下に降りていった。
 何度も1年生達の廊下を行ったり来たりすることは、さすがに憚られた。
 休んだのだろうか。
 それとも見落としたのだろうか。
 由希は、どうしても彼に会って応援団のことを頼んでみたいと思うのだった。
 昼休みが終了し、5時間目の予鈴のチャイムがなった。
 昌郎は、夢中になって読んでいた本を持って貸し出しカウンターに急いだ。



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