[連載]

 71話〜80話( 佳木 裕珠 )


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◆その71
進路決定(2)


 美子は、由希がTホテルの採用試験を受けることを聞いた時、私の伝を当てにしてはダメとはっきり伝えた。
 勿論、由希も自分の力で内定を決めたいと思っていた。
 ただ、短大や大学を出ていなければ、将来、美子のような仕事をさせて貰えないのだろうかと心配した。
「そんなことはないわよ。高校卒業で充分、私だった高卒よ。うちのホテルは、高卒の人達を育てて一流のホテルマンにするところなの。勿論大卒もいるけれ ど、いざという時に腹を据えて仕事ができ戦力になるのは、高卒からの叩き上げよ。英会話も働きながら学校へ通って勉強することが出来るから、やる気と努力 そして健康であれば女性であってもどんどんと仕事をさせてくれる所よ。ただし人事部の目は厳しいから、まずは採用試験にパスすること。しっかり頑張りな さい」
 そう美子は突っぱねるように由希に話した。
 しかし内心では、由希だったら必ず採用試験にパスするだろうと確信もしていた。
 一応、自分の遠縁にあたる女生徒が受けることを人事部に話したが、私のことは抜きにしてしっかりと厳しく人物を見定めた上で合否を決定して欲しいと伝えた。
 人事部長は、いくら美子さんの遠縁の娘さんであろうと温情は掛けませんと、笑顔でそしてきっぱりと言った。
 美子も、それは当然のことと承知していた。
 父親は当初、娘の由希が東京に出ることにあまり乗り気ではなかったが、光恵の後押しもあり、由希の希望に沿うようになった。
 光恵は、由希が美子と同じ職場で働きたいと言った時、即座に賛成した。
 美子がそばにいてくれたなら何も心配はない。
 光恵はそう思ったのだ。
 夏休みも僅かとなった8月下旬、由希は応募書類を学校を通してTホテルへ提出した。
 昌郎と遠く離れることは淋しいが、それを理由にして自分が向かいたい道を曲げてまで、就職先を県内や市内に限定することは自分は勿論、昌郎にとっても決して良いことではないと由希は考えた。



◆その72
進路決定(3)


 夏休みが終わり学校が始まった。
 応援団の練習後に昌郎達は生徒会室に顔を出して、役員達の仕事を手伝うことは既に当たり前のことになっていた。
 由希は毎日のように昌郎と会ったが、彼を好きなことはおくびにも出さなかった。
 文化祭のための準備と自分の就職のことで慌ただしく忙しい日々が、それを可能にしていた。
 昌郎も今までと同じように、由希に生徒会長としての敬意を払って接していた。
 9月中旬に採用試験が開始されると、その口火を切ってTホテルの試験があった。
 青森市内のホテルを借りて行われたその試験には、県内各地の高校から20人ほどの生徒達が集まっていた。
 採用枠は数人である。
 競争率は高かった。
 自分よりも他の人達の方が落ち着いて優秀なように見えた。
 Tホテルに採用になるのは至難の業だと今更のように悟った。
 英語、数学、国語そして一般常識の筆記試験の後に面接があった。
 誘導員に従って面接会場のドアの前に立ち由希はノックをした。
 中から入室を促す声が聞こえた。
 重い扉を押して中に入ると、広い部屋の向こう側に面接官が3人並んでいた座っていた。
 そしてその前に受験生の椅子が一脚置かれている。
 ドアから大分離れた場所だった。
 由希は落ち着いて歩を進めた。
 面接官達は受験者の歩き方をしっかりと観察していた。
 椅子の横に立ち受験番号と名前を述べた。
 どうぞ、椅子に掛けて下さい。
 勧められてから由希は椅子に腰掛けた。
 3人の面接官は、男性2人と女性が1人だった。
 勿論、その女性は美子ではない。
 しかし、どことなく雰囲気が美子に似ていた。
 Tホテルに是非とも就職して一流のサービスを学びたい。
 そして人が人に出来る最大限の接遇を極めてみたい。
 そんな大それたことを臆面もなく話せたのは、女性の面接官に美子を見ていたからだろうか。
 長い面接を終え会場を退席した後、我ながら何と大胆な発言をしたのだろうかと由希は赤面したが、気持ちに嘘はなかった。



◆その73
進路決定(4)


 Tホテルの採用試験の結果は、1週間後に学校へ通知されることになっていた。
 終わったことをあれこれと気にしても何もならないから、今は文化祭に向けた準備に専念しなければならないと由希は自分に言い聞かせた。
 ポスターの原案もまとまり、学校の許可が出れば早速印刷に出すまでになっていた。
 毎年、開祭式と閉祭式は生徒会役員が担当し運営することになっているが、今年の開祭式は演劇で幕を開け、各文化部の展示紹介をした後で合唱部の発表で締めくくる段取りとなった。
 一方、閉祭式は、ブラスバンド部の発表そして文化祭の準備から展示や出し物までを振り返るメモリアルスライドショーを行い、悼尾は応援団の演技披露と全校生徒によるエールそしてねぶた囃子の応援で幕を閉じようと言うことになった。
 勿論、昌郎達もやる気満々である。
 例年にない盛り上がりで今年の文化祭を締め括りたい。
 生徒会の役員達全員も応援団の一員としてステージに立つことになり、文化祭の準備と平行して応援の練習にも役員達が参加することになったが、由希の昌郎に対する態度は今までとなんら変わることはなかった。
 9月下旬の放課後である。
 文化祭の準備に追われていた由希が職員室に呼ばれた。
 何だろうと思いながら職員室へ向かう途中で、Tホテルの就職試験の結果が来たのではないかと思いあたった。
 由希は途端に緊張して管理棟に繋がる2階の渡り廊下の途中で立ち止まった。
 どんな結果が来たのだろうか、そんな思いを抱いて窓の外を眺めると、校舎と校舎の間からえも言われぬ美しい夕焼けが望まれた。
 その朱に染まる美しい夕空を眺めていると何故か心が落ち着いた。
 どんな結果でも、しっかりと受け入れよう。
 由希は気持ちを定めて職員室に向った。
 呼び出しの用件は思ったとおり就職試験の結果であった。
 そして、伝えられた結果は採用内定。
 彼女は先生に深々と頭を下げて礼を述べた。



◆その74
進路決定(5)


 由希の内定は、本校における今年一番最初の内定だった。
 当然クラスみんなの知るところとなり3年生全体にも広がった。
 そして生徒会役員へ伝わり、昌郎も由希のTホテルへの就職内定を知った。
 日本のホテル業界でトップクラスのTホテルの内定を決めるなんて、やはり由希はすごいと思った。
 掃除当番に当たっている山村達よりも一足先に生徒会室に行くと、由希がポスターカラーを持って生徒会室を出て行くところだった。
「先輩、就職内定おめでとうございます」
 昌郎が由希にお祝いの声をかけた。
「ありがとう。とても嬉しいんだけれど、まだ内定をもらった実感がないの。試験会場に沢山の優秀で素敵な人達がいたのに、数人の採用枠に私が選ばれたなんて、本当に信じていいのかしらと思っているのよ」
 自惚れることもなく由希はそう言って目を伏せた。
 大勢の応募者の中から厳しい審査の目に適って勝ち取った内定である。
 不採用となった幾人もの高校生がいることを、由希は忘れていなかった。
 確かに採用内定をもらったことは嬉しい。
 しかし、その自分の喜びの陰で涙を飲んだ人達も大勢いることを彼女は思っていた。
 しかし、それは仕方のないことなのだろう。
 逆にこれから先、自分が選ばれないことだってあるだろうから。
 自分にできることは与えられた仕事に全霊を尽くして頑張ることしかない。
 そう思い直して由希は伏せた眼をあげ昌郎を見詰めた。
「でも採用されたからには一生懸命頑張らなくちゃね。あの人達の分までも」
 そう彼女は言うと花が咲くように微笑んだ。
「さあ、文化祭の準備よ。貴方も分担した仕事や閉祭式の応援を頑張ってね」
 由希は、ありがとうと一言添えて、颯爽と生徒会室を出て行った。
 その後ろ姿を見ながら昌郎は勇気づけられた。
 入れ替わるように掃除当番を終えた山村達が生徒会室にやって来た。
 よし俺も頑張るぞ。由希に恥じないように。
「さあ仕事だ」
 昌郎は彼等に声を掛けた。



◆その75
幻の応援歌(1)


 文化祭が近付くに従って、やらなければならないことが次々と出て来て、由希を初めとする生徒会役員達は授業は別として、学校生活の殆ど全てをその準備に当てなければならない状態だった。
 それは、昌郎達応援団についても同じだが、彼等には更にもう一つやらなければならないことがあった。
 それは、閉祭式の応援演技の練習。
 実はその応援演技に一つのサプライズが隠されていた。
 そのサプライズとは、「幻の応援歌」の復活披露である。
 学校が創立して3年目から生徒会誌が発行されていたが、そのバックナンバーは1冊ずつ禁持出のラベルが張られて途切れることなく生徒会室の鍵のかかる書棚に大切に保管されていた。
 昌郎は生徒会顧問の辻先生に頼んで、その生徒会誌を創刊号から全部見せてもらった。
 初めの頃はガリ版刷りの手作りで、紙の質も悪くページ数も少ないが、当時の生徒達の意気込みが感じられた。
 セピア色に変色したページを括れば先輩達の青春が溢れ出しそうだった。
 5号から印刷製本を業者に頼み、画質はまだまだだが写真も掲載されるようになっていた。
 しかし、表紙も中身もまだ白黒である。
 その5号に応援団活動の記事が載っていた。
 この時既に応援団があったことに、昌郎はまず目を奪われた。
 そしてその内容をつぶさに読んだ時、当時の応援団長が作詞して当時の音楽教師が曲を付けたという学校独自の応援歌が作られていたことを知ったのである。
 校歌も生徒の作詞である。
 それに当時の応援団長畑山勝男が触発され自校独自の応援歌を作詞し音楽担当教師に曲をつけて貰ったというのだ。
 その経緯を畑山応援団長が記した文中に、応援歌の歌詞が綴られていた。
 応援歌とあり副題は「若き命、今滾る」とあった。
 しかし、楽譜が書かれていない。
 昌郎は辻先生に、この応援歌について訊ねてみた。
「自分は知らないが、笹岡先生なら知っているかも知れない」
 辻はそう答えた。



◆その76
幻の応援歌(2)


 昌郎は次の日、山村、真治、克也と共に久し振りに笹岡を訪ねた。
 厳めしい面構えは相変わらずで、笹岡は彼等を無愛想に迎えたが、彼等が校内で校歌を浸透させ、野球応援で活躍し、ねぶた囃子を取り入れた演技を創作したことなど、最近希に見る応援団の活躍振りを嬉しく思っていた。
 そして彼等を高く評価もしていた。
 しかし、そんなことはおくびにも出さず開口一番「おう、お前達、まだ応援団を続けていたか」と辛辣な言葉を掛けた。
「はい、先生の御指導のお陰で、どうにか続けています」
 昌郎がそつなく返事をし、山村達がオスと応じた。
「少しは応援団らしくなってきたが、根性の方はどうだ」
「まだまだです」
 お調子者の真治が応えた。
「そうだろうな。根性はそうそう鍛えられるものじゃない」
 笹岡の鋭い視線が彼等を睨め回した。
「ところで、今日はなんの用事だ」
 昌郎は、辻に許可を貰って持って来た第5号の生徒会誌を開き、応援歌の記事を見せた。
「ここに我が校の応援歌のことが書かれているのですが、笹岡先生なら何かご存じではないかと思ったのです」
 笹岡は生徒会誌を昌郎から受け取ると、暫くそのページを読んでいたが、徐に顔を上げると知らないなあと呟いた。
 笹岡先生でもご存じないのか。
 昌郎は落胆の色を隠せなかった。
 そんな昌郎の様子を見ながら笹岡が言った。
「俺もこのような応援歌があったことを初めて知った。素晴らしい歌詞だ。楽譜がないのが残念だ。あれば歌えるのに」
 そう言うともう一度興味深げに生徒会誌に目を落として暫くじっと見詰めていたが、目をあげ彼等を見ながらこんなことを言った。
「団長をされていたのだから、畑山さんは当時3年生だったろうな。第8回生の卒業生名簿から畑山さんの居所を探って、会ってみたらどうだ。
 多分70歳ぐらいだから、まだまだお元気なはずだ。
 ご自分が作られたものだから、きっと今でも歌えるはずだ」



◆その77
幻の応援歌(3)


 その日、学校に戻った昌郎達は、再び職員室に辻を訪ねた。
 そして、畑山勝男氏の住所と消息を調べて欲しいと頼んだ。
「よし、わかった。調べてみよう。まず渉外部の先生に当たってみる。今すぐという訳にはいかないから明日までちょっと待ってくれ」
 昌郎達を帰した後で、辻は渉外部の教師に畑山氏のことを尋ねた。
 次の日、畑山氏の住所が確認できた。
 笹岡が言ったように第8回生の名簿に畑山氏の住所と電話番号が載っていた。
 電話帳で名前と住所を確認すると、確かに畑山氏の住所と電話番号は一致した。
 まず、電話を掛けてみよう。
 辻は、畑山氏の自宅に電話を入れた。
 初めに電話に出たのは女性で、声の雰囲気から言って畑山氏夫人と感じた。
 辻は名前を告げ、自分は畑山勝男さんの母校で今教師をしている者だと伝えてから、突然連絡をさせて貰った用件について話した。
「今のうちの応援団長が、過去の生徒会誌の中の記事に畑山さんが書かれた応援歌の記事を見付け、その応援歌の歌詞に大変感動して、是非この応援歌を復活させたいと相談を受けたのです。
 しかし、楽譜がなく本校職員の中で誰も歌える人が誰もいません。
 そこで、作詞をされた畑山さんでしたら楽譜をお持ちなのではないかと思い、連絡をさせて頂いた次第です」
 丁寧な説明に、夫人は恐縮しながら夫を電話口に呼んでくれた。
 きっと今聞いた内容を夫に説明しているのだろう。
 少しの間があった後で、勝男氏本人が電話に出た。
「お待たせしました。今、家内からお話を伺いましたが、宜しければもう一度お話しして頂けませんか」
 辻は、再度丁寧に伝えた。
「あれは確か、50年以上も前のことですが、よく応援歌を見付けてくれたものですね。
 本当にありがとうございます。
 確かに私には譜面がありましたが、引っ越しなどでなくしてしまいました。
 今はもうあの楽譜は私の所にはありませんし、作曲してくださった先生も大分前に他界されました」



◆その78
幻の応援歌(4)


 畑山は申し訳なさそうに、応援歌の楽譜をなくしてしまったことを告げた。
 辻は50年以上も昔のことだから、楽譜がない方が強いとは思ってはいたものの、流石に落胆の色は隠せず、電話の声にもそれは滲み出た。
「そうでしょうね。50年以上も前のことですから、仕方ありません。突然にお電話を差し上げて、失礼いたしました。どうもありがとうございました」
 受話器を置こうとする辻に畑山が言った。
「楽譜はありませんが、自分で作詞したものに恩師が曲を付けてくださったものですから、今でもちゃんと歌えますよ」
「え、本当ですか」
「はい歌えます。ただし音程などは自信はがありませんがね」
「いえ、音程などはどうでも、などとは申しませんが、歌って頂ければそれをお聞きして覚えることが出来ると思います」
 それであるならば、是非家へ生徒さん達を連れて遊びに来てくださいと畑山が言った。
 辻は早速、次の日の放課後、笹岡と共に昌郎達4人を連れて畑山宅を訪ねた。
 畑山は、彼等の訪問を楽しみにしていたらしく温かく迎え入れ、夫人もケーキや果物をテーブルの上に所狭しと並べる程の歓待ぶりだった。
 50以上も年下の後輩達を畑山は目を細めて見やった。
 一通りの自己紹介や挨拶が終わると、畑山は新聞の切り抜きをテーブルの上に出した。
 それは、甲子園の県予選大会の折の新聞記事だった。
「私は、この記事を読んで涙が出るほど嬉しかったのです。
 50年も前に卒業してしている私は、この生徒さん達とは全く面識がないのですが、母校の生徒であること、そして何よりも私が一番初めに作った応援団が今 も連綿と続いていて、自分達の学校のために応援活動をしてくれていると思うと、嬉しい気持ちを通り越して有難い気持ちにすらなりました。
 君達なんですね、この記事の誇らしい後輩は。応援団を続けてくれて本当にありがとう」
 手を取らんばかりに身を乗り出して畑山は礼を言った。



◆その79
幻の応援歌(5)


 感激しきりの畑山に、昌郎達は戸惑いはしたが、大先輩の真意は充分に感じ取ることができた。
 そしてこの人が本校の応援団の創設者なのか、この人が初代の団長なのかと興奮に似た感動を彼等は胸に覚えた。
 傍にいた笹岡が困惑気味の昌郎達のことをこう畑山に伝えた。
「この生徒達は今時希に見る応援団員です。畑山さんの時代から引き継がれた応援団魂は、この生徒達にきちんと受け継がれていると思います」
 笹岡の言葉を聞いて、昌郎達は目を丸くした。
 面と向かえば、怒鳴られ叱られることはあっても褒められた例しなど一度たりともなかった。
 そんな鬼の笹岡が畑山に、彼等のことを今時希に見る応援団魂のある生徒達だと称したのである。
 彼等は信じがたいものでも観るように笹岡の顔を見詰めた。
 そんな雰囲気を察知した笹岡は話題を変えて言葉を続けた。
「そうですか、畑山さんが初代の団長ですか。そのような大先輩に会えたことは、これからも応援団活動を続けて行く彼等にとって大きな励みとなります。そうだな」
 笹岡は昌郎達をじろりと見た。
「はい、そのとおりです」
 からくり人形のように背筋を伸ばし、声を揃えて返事をする昌郎達を見て畑山夫妻は、我が孫を見るように一層目を細めた。
「畑山さん、それでは早速ですが、応援歌を歌ってもらえますでしょうか。よろしければ、録音をさせてもらいたいのですが」
 辻は、テーブルの上に小さなカセットテープレコーダーを取り出して畑山に許可を求めた。
「きちんと歌えるかどうかわかりませんが、どうぞお好きなようにしてください」
 畑山はそう言うとソファーから立ちあがり、肩幅に足を開き背筋をしっかりと伸ばしてすっくと立った。
 左手を腰に当て右手を握り調子を取るように胸の前で振りながら歌い出した。
 その歌声は朗々と部屋に満ち、とても70歳になる人の声とは思えなかった。
 張りがあり、そして深い声である。
 応援歌の真髄がそこにあった。



◆その80
幻の応援歌(6)


 まず、昌郎達はテープにとった畑山の歌をさらにダビングしてもらい、それを聞きなぞるようにして練習した。
 それと並行して、音楽の担当教師に歌を聞いてもらいメロディーを楽譜に起こしてもらうことをお願いした。
 楽譜に残しておけば、万が一応援団が途切れたとしても後世に引き継いでゆくことができる。
 我が校応援団の宝としてずっと残してゆくことができる。
 辻も協力を惜しまなかった。
 楽譜はほどなく出来上がった。
 機会をとらえてこの応援歌をみんなに伝えたい。
 昌郎達は、閉祭式に披露することを思い付いた。
 由希をはじめ生徒会役員は全員賛成をしてくれた。
 もちろん辻も大賛成である。
 そうして閉祭式に幻の応援歌を披露することが決定した。
 しかし、そのことはプログラムにも載せず一般生徒には知らせないことにした。
 生徒会役員だけはそのサプライズプログラムを知っていた。
 しかし、どのような応援歌なのかは生徒会役員さえも知らなかった。
 畑山の歌が録音されたテープと起こされた楽譜は、閉祭式まで生徒会顧問の辻が預かるところとなり厳重に保管された。
 昌郎達は幻の応援歌の練習を各自それぞれの家で行った。
 そしてある程度覚えたところで畑山のもとを訪ねた。
 昌郎達が学生服で威儀を正し横一列に並び元気よく歌う姿を見ながら、畑山夫妻は何度も頷いた。
 そして彼等が歌い終わるや否や力強い拍手を送ってくれた。
「そうだ、そのとおりだ。短期間で、そこまでよく覚えてくれたね」
 満面に笑顔を湛えて畑山が言った。
 そして急に真顔になって「私が作詞した応援歌を復活させてくれてありがとう」と礼を言い昌郎達に深々と頭を下げた。
 大先輩から突然礼を言われた昌郎達は、なんと返事をしてよいのか戸惑い立ち尽くした。
 熱い思いを共有する沈黙が部屋の中に満ちた。
 その空気を彩るように明るい声で畑山夫人が言った。
「貴方の団長時代の写真があったわね。あれを皆さんにお見せしたら」




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