[連載]

 1話〜10話( 佳木 裕珠 )


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◆その1
 「嘘の発端」

 人は何時から、偽りの権化となってしまったのだろうか。
 初めたった一つの嘘だったのが、知らぬ間に嘘の上に嘘が塗り重なって、最後にはどれが本当で、どれが嘘なのか皆目見当も付かなくなってしまう。
 ちょっとした見栄や虚栄、心の奢りや傲慢、自由という名前で正当化しようとするわがまま、楽することだけ、お楽しみだけを優先しようとする気持ち。
 嘘の発端は、そんなことから始まる。
 これも、ほんの小さな嘘から始まった。
 朝、目覚めて時計を見ると、既に8時を回っていた。
 しまった、会社の出勤時間に間に合わない。
 昨日は確かに目覚ましをセットしたはず。
 遅くまでパソコンでゲームをして、寝たのが夜中の3時過ぎ。
 その時、きちんと目覚ましのスイッチが入っていることを確かめた。
 しかし、目覚ましのスイッチは切られている。
 無意識のうちに止めたのだろう。
 具合が悪いと、会社に嘘の電話を入れた。



◆その2
 「ずる休み」

 彼は、寝坊して遅刻するよりも、体具合が悪いと嘘を言って会社を休んだ方がいいと思った。
 具合が悪いと言えば、誰も無理して出てこいとは言わない。
 そんなことでも言うのなら、人権を無視しているとでも何とでも言い返すことが出来る。
 小学校から高校まで、学校を休みたいと思った時はよく仮病を使った。
 親も、学校に嘘の電話をしてくれた。
 だから、学校を休むことに対して罪悪感など、毛頭なかった。
 勿論、就職してからも、その意識は変わっていない。
 月に一度ぐらいずる休みをするぐらいは、どうと言うことはないだろうと気軽に考えていた。
 具合が悪いから休みますと、会社に電話を入れた後、彼はまた寝入り、次に目覚めのは昼近くだった。
 十分に睡眠をとったので、目覚めが良かった。
 大きく伸びをして布団から出ると、無性に空腹を感じた。
 近くのコンビニに行って弁当でも買おうと、彼は思った。



◆その3
 「この手を使えば…」

 仮病を使って会社を休んだ彼は、昼頃に起き出して、近くのコンビニへ弁当を買いに行った。
 天気が良く、気分爽快だった。
 学校時代も、寝坊してしまい仮病を使って休んだことが何度もあったが、その癖は勤めてからも抜けなかった。
 具合が悪いと言えば、家でも学校でも何も言わなかった。
 この手を使えば、結構楽が出来るかも知れないと、彼は思った。
 どうせ会社を休んでしまったのだから、一日を楽しく過ごそう。ちょっぴりあった罪悪感は、いつの間にか消えてしまい、気持ちはパチンコ店に向かっていた。
 その日、パチンコは大当たりをして、一時間足らずで数万円を稼いだ。
 臨時収入を手にした彼は、遊び友達に連絡をとり、夜の街へと繰り出した。
 そして、その数万円を使い果たした。部屋に戻って来たのは、午前3時過ぎ。
 明日、いや今日も会社を休みたいと思ったが、さすがに、それは止めた方がいいと思い直した。



◆その4
 「あれは使いものにならん」

 世の中、誰に見られているか分からないものだ。
 彼が昨日、仮病をつかって会社を休み、パチンコ店に入って行くのを営業に出ていた会社の者が見ていて、そのことが昨日の内に係長の耳にまで入っていた。
 やっとの思いで起き出して会社に来たが、昨夜の暴飲と夜更かしが祟り、頭がぼんやりして仕事に身が入らない。
 そんな彼を係長が別室に呼んで問い質した。
 彼は、白を切り通そうと思った。
 昨日はどうしていた。一日中部屋で寝ていました。
 病院には行ったのか。
 いえ、行きません。
 随分と具合が悪そうだが、今日は大丈夫か。
 今日も具合は良くありませんが頑張ります。
 そうか頑張ってくれ。
 彼は、まんまと係長を騙せたと、気持ちの中でほくそ笑んで別室を出たが、係長は彼の息が酒臭いことに、初めから気がついていた。
 あれは使いものにならん。
 係長は長年の経験から、彼が嘘を言っていることを見破っていた。



◆その5
 「チョロイもんだ」

 仮病で会社を休み、パチンコをしていたことがバレそうになったが、旨く白を切ってごまかせたと、彼は思った。
 上司をごまかすなんてチョロイもんだ。親も学校の先生も俺の口先でごまかしてきた。これからだって旨くやれると、彼は世の中を見くびっていた。
 しかし世の中は、彼が思っているほど甘くはない。「天の網は、粗にして漏らさず」、会社では既に、彼は使いものにならないとレッテルが貼られていた。
 自分から進んで挨拶が出来ない。
 返事もできない。
 同じ失敗を何度も繰り返す。
 注意されれば、言い訳をする。
 言い訳でダメなら、その場限りの嘘をつく。
 例えば、そんなことは聞いていないとか、ある人からこう教えられたとか嘘を言って自分の責任を逃れる。
 そして、時には目つきを変えキレて暴言を吐く。
 彼は会社の中で、どうしようもない奴と言われていた。
 しかし、その評価に彼自身全く気が付いていなかなかった。



◆その6
 「200円事件」

 彼が、嘘を付いて憚らなくなったのは、小学校1年生の時の事件があってからだ。
 ある日、同じクラスの男の子が、200円持って学校に来た。
 帰りにお菓子を買って行くための金だった。
 ところが、帰り際になって、その200円がなくなっていた。
 男の子は、その200円を筆箱の中に入れて来たのを彼は見ていた。
 初め盗るつもりなど全くなかったが、体育館に移動する際、彼は一番最後まで教室にいた。
 その時、ふとその男の子の筆箱の中にあった100円玉2枚が目に飛び込んできた。
 咄嗟に手が伸びて、その200円を盗ってポケットに入れた。
 体育が終わって教室に戻ってきた男の子は、200円がなくなっているのに気付いた。
 一番最後に教室を出たのが、彼だということ知っていた先生は、放課後、職員室に彼を呼んで事情を聞いた。
 ポケットに突っ込んでいる手を出させると、彼の手には100円玉2枚がしっかりと握られていた。



◆その7
 「200円は拾った」

 200円を盗んだことがばれてしまうと思いながら、彼は小学一年生の頭で、その場しのぎの嘘を考えついた。
 この200円はどうしたの。
 先生は静かに聞いた。
 これで正直に話してくれれば、盗みはとても悪いことだと教えられると先生は思った。
 しかし、彼は金を取ったことは認めずにこう言った。
 このお金は、拾ったものだ。
 先生は驚きながら、更に聞いた。
 何時、何処で拾ったの。
 彼の唇からするすると嘘が出た。
 このお金は、昨日母さんとデパートに行った時に拾った。
 それを今までポケットに入れていたというの?
 そう聞かれた彼は、自信に満ちながら頷いた。
 そして半分キレながら、こう付け加えた。
 嘘だと思うんなら、母さんに聞いてみろよ。
 早速、先生は母親に電話を入れて事実を確かめた。
 母親は、職場まで電話をかけられたことに腹を立てながら、これからすぐ学校へ行きますと言ってから、不機嫌に電話を切った。



◆その8
 「間違いなくこの子が拾ったもの」

 すぐ来ると言ったが、母親が学校に顔を出したのは6時をとうに回った頃だった。
 遅くなったことへの詫びも、何時も子供がお世話になっているとの一言もなく、一体何の用事があるんですかと、半分キレながら切り出した。
 担任は、ことの次第を説明してから、お子さんは、この200円は昨日デパートで拾ったお金だと言うのですが本当でしょうかと聞いた。
 母親は、一瞬きょとんとしたがすぐに、そうですと言った。
 昨日この子がデパートでお金を拾った。明日、学校の帰りに交番に届けなさいと言って、今朝そのままポケットに入れて持たせたと、母親は言いながら子供の顔を見た。
 その目は、後は全てお母さんに任せておけば、旨いようにカモフラージュしてやるからと雄弁に語っていた。
 それは、教師にも十分に分かったが、拾ったものだと母親が主張すれば、現場を目撃した訳でもないから、それ以上聞くことは出来なかった。



◆その9
 「母親の虚言」

 盗んだ二百円を、咄嗟に拾ったものだと言った自分と、それに口裏を合わせた母親の機転に、小学校一年生の彼はとても満足していた。
 そして、この世の中は嘘を言っても、こんな風に通るんだと、深く心に刻み込むことになってしまった。
 その後、学校に行きたくないと思った時は、母親に頼んで風邪だとか腹痛だと学校に連絡してもらった。
 それは、小学校から高校まで続いたが、何度かそんな電話を受け取るうちに、学校でも親の言葉を信用しなくなった。
 しかし、親からの電話に、本当ですかとも聞き返せない。
 それを良いことに、彼は学校を気ままに休んだ。
 彼が中学の時である。
 学校から、息子さんが登校していないのだがどうしましたかと電話があった。
 息子は今朝、自転車で出掛けたが、さぼって何処かに遊びに行ったのだろうと母親は思った。
 彼女は咄嗟に、息子は腹痛で寝ていますと嘘をついて子供を庇った。



◆その10
 「世の中は誤魔化せる」

 人間は、注意されているうちが花、言われなくなったらおしまいだ。
 年齢が高くなるにつれて批判されていることが、その本人の耳に届かなくなる。
 しかし注意されなければ、自分の悪いところになかなか気付かないのが人間。
 凡人は、注意されなくなれば、自分のことを顧みることもなくなってしまう。
 そして、何時の間にか少しずつ堕落して行く。
 彼はよく嘘をついた。
 今回も、仮病を使って会社を休み、そのことを係長に問い質されても白を切りとおした。
 そして、自分は口先だけで、世の中の人達を誤魔化せるんだと、自分の嘘に満足していた。
 しかし、誰もが彼の嘘を見抜いていた。
 ただ嘘だと分かっていても、誰もそう言わないだけだということに、彼は気が付かなかった。
 だから、また嘘をつくことになる。
 10日ほど真面目に出勤していたが、またむらむらと休み癖が彼の中で頭をもたげ、どうにも抑えられなくなった。



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