[連載] | |
251 〜 260 ( 鳴海 助一 ) |
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その251 「かで」(1) 名詞。かで。 これは古代からの国語の「かて」が濁っただけであるが、標準語の方では、 1.主食米に混ぜ合わせるもの。 2.食料のこと。であるが、方言では主として1の意味にだけ用いるようだ。 「かて」は、普通漢字の「糧」を当てるが、これは2の意味で、古代の乾飯(カレイヒ・カレヒ)にあたる。 昔は、米を一度飯に作って、それをまた乾かして、保存したり、旅行用(軍旅なども)の食糧にしたりしたそうだ。 万葉集・古今集その他の古書にもしばしばみえる。 しかし1の意味、即ち方言の「米に混ぜるもの」としても、上古からたくさん用いられた。 これは漢字の「ジュウ」という字(米扁に柔)を当てた。 この字の意味は、支那でも、混ぜる・和(あ)える・合わせる・搗(つ)く等であるらしい国語の訓は、「かつ」で、その連用形が「かて」である1の意味にだけ用いられる方言の「かで」は、むしろ由緒の正しいものであると筆者は思う。 ※ハンマェタエナェグシテ、ボンマェカラ、かでマジェデクテシタデァ。(雑食・混食) ○飯米を足りなくしたので、お盆前からもう、かて(麦・いもなど)を混ぜて食べていますよ。 ※サラシアンツカレバ、テマナェバテ、かでァハテ。 ○晒しアンを使えば、簡単だけれども、混ぜ物が入って。 これは、餅のあんなどに、店から買う袋入りの「さらしあん」は、何か混ぜものが入っているようで、たしかに、手作りの「小豆あん」よりはまずい。 こんな場合にも、「かでァ入ってる」という。 その252 「かで」(2) ▲筆者が「かでめし」の「かで」という名を、初めて覚えたのは、大正二年の凶作の年である。 小学校一年(七才)の時。稲を刈る前に雪が降ったあの年である。 その冬から次の秋頃まで……。 田舎でも、時々巡査が廻って来て、鍋のめしを調べられた。 銀めしは勿論、まっ黒なものでも、とにかく「米」だけだと、きついお叱りを受けたものである。 ある日のこと、隣りまで来たというのを聞いて、母があわてて、菜葉汁と混ぜ合わせておいて、間もなく、ガッツガッツド入ってきた巡査の前で、膝をついて、鍋のフタを取ってみせた。巡査は、帖面を出して、人数が何人だのと聞いて、なんにも叱らないで出て行った。 その年の四月、入学式におぶさって行っただけで、間もなく父とは別れたので、その時は母と、七つ五つ、三つの四人であった。 巡査が、「かでヘデラガタェ(かてを入れているかね)といって、入って来た時のことが、四十何年後の今も、不思議にはっきりと記憶にある。 ▲なお、古来の国語に「かてて加えて」という接続詞があるが、この「かてて」は、とりもなおさず、前途の「かつ・かて」の動詞に、「て」という助詞がついたもので、「なおそれに、合わせ加えて」という意味であるが、そうなると、いよいよ、「かて」は、食糧の意味よりも、方言の「混食」だけの意味とする方が、正しいことになるようだ。 その253 「かど」(1) 名詞。魚の名。かど。「鮫・サメ」の一種である。 「アオザメ」「ネズミザメ」のこと。魚類図鑑等によれば、 アオザメ=ほとんど全世界に分布する。 長さ七メートルに及ぶものもある。 甚だ狂暴で人間にも害を与える去々。 ネズミザメ=寒帯性魚で東北地方から北海道に多く、長さ三メートルに及ぶものあり、狂暴で人に害をなす去々。 さめは種類が多く、その一種類についても、地方によって、呼び方がまちまちである。例えば、 アオザメ=アオザメ(東京・三崎)アオヤギ(関西)イラギ(和歌山・福岡・熊本)カツザメ(仙台)カトザメ(青森)以下省略。 ネズミザメ=ナズミザメ・ラクダ・ゴオシカ(東京)モオカ(仙台)カトウザメ(北陸地方・釧路〈クシロ〉)というように。 さて、津軽の「かど」は、この図鑑によれば、はっきり「かとざめ・青森」とあるから、アオザメをいうのにはちがいなかろうが、七メートルにも及ぶものがあるとすれば、日常もう少し大きいのも見受けられる勘定だが……。 ネズミザメの方は、大きいのが三メートル位いというし、寒帯性・東北地方・北海道去々とあり「かとうざめ・北陸・釧路」とあるから、あるいは、津軽でいう「かどは、このネズミザメの方ではなかろうか。 ところで「かど・かどざめ」は、美味で、肉も豊富だから「カマボコ」なども造るようだが、概して安値に買えるから、昔から、特に田舎では重宝がられている。 ただし、人によっては、「かどは人間を食う魚」だといって、全然食べない人もあるようだ。 それほどに考えなくても、妙にクドイくらいな味だから、田舎では、早いところ、大根と組み合せる。 大きな鍋に煮る大根汁・ナマスあえ、オロシを添えたやきざかな、あるいは、テンプラなど。 その254 「かど」(2) ▲「かど」「かどう」の語源について。 1.「ニシン」のことを、古くから「かど」といった。 方言としても、盛岡・仙台・秋田・岩手等。大言海は、エ夷語であろう。 ニシンは、東海の魚という意味の合字であろう。 魚の名。東北の海に多く産す云々と説明している。 また、岩手県・宮城県の一部では、「かどいわし」といって、やはり「ニシン」のことだそうだ。 2.(カツオ)のこと。 これは、南島喜界の方言に、「かとう」といって、「カツオ」のことだそうだが、筆者も大分以前から「かど・かどう」の語源は「かつを(お)」だと信じていた。 ただし、「カツオ」の漢字を、魚扁に堅を書くのは、単なる当字であって、語源は「頑魚・カタクナウヲ」の略転だというのが、大言海の説である。 これは、かの「高橋氏文」という、上古の文献の一説を証拠に上げての説だから信じていいだろうが、とにかくすでに万葉時代には「カツヲ」といっており、和名抄(千年前)にも、堅魚=加豆乎。とある。 その255 「かどこ」(1) 名詞。かどこ。門口や、家の周囲を流れる小川や堰などをいう。 簡単に足場を作って、洗濯をしたり、農具を洗ったり、桶・樽などを浸しておいたり、または、牛馬の手入れや、人も野良帰りの手足を洗ったりする。 そしてまた、用心水にもなるなど極めて利用の途が多い。 なお、その「かどこ」の水を、屋敷内に引いてきて、そこに小さな溜池を作ることがある。 その「ため」のことを「タナギ」という。 これは、特に「種籾」を漬ける場合に必要であり、また「あひる」の飼育にも養魚のためにも好適である。 とにかく、宅地内に、または近くに、流れ水のあることは、何かにつけて重宝である。 ※オマェダジデ、かどこァツカェシテ、エナシー。 ○あんただちでは、水が近くて、何かと便利ですね。 ※ワラハドァ、かどこネエデ、ミンジアブテラキャジュンサネカテ、シカラエダ。マダハヤェテ ○子供らが、門口の堰で、水浴びをしていたら、お巡りさんにしかられました、まだ早いといってね。 ※オドァバゲネヨッテキテ、かどこサオジダ。 ○うちのお父さん、ばんに酔ってきて、門口の堰に落ちました。 その256 「かどこ」(2) 「かどこ」は、門(カド)に、津軽の接尾小詞といわれる「コ」がついたものであろうが、辞典によると、方言として、 1.家の前の空地。 2.庭。 3.泉。 (青森県南部地方・静岡県榛原郡)などとある。 1と2の意味には、全国各地方広く用いるようだ。 「かど」の第一期語源は、構戸(カキト)である。 「構く」は「掻く」と同じで木などを組み合わせて工作すること。 左官が「壁下地」を「かく」クモが巣をかくも同じ。 つまり「カキト」は、木材などで組み合わせた戸「処」の意味で、漢土の門(モン)に当たるから、「門」を「かど」と訓んだわけ。 また、昔は大てい家のすぐ近くに、水田を耕作したもので、しれを「ヤゲシノ田・ヤゲシ」というのがある。 「ヤゲシ」は「家岸」の意。 近くの水田は、すべて都合がよいから所有者には、命の次の大切な「たから」であるし、他人からも、大いに羨ましがられる。 「ヤゲシ」の五人役よりも、ニシギコァいだわし」 「家岸の水田五反歩を手放すよりも、朝の寝床から離れるのがおしい。」 これは、朝寝坊の人が、朝起きが大儀だ(朝の床がおしい)という意味の誇張であるが、おもしろいことを言ったものだ。 ところで、田舎でも、家の近くに「かどこ」のある場所は、特に、価格が高いようだ。 その257 「かなこ」(1) 名詞。(虫の名)かなこ。とんぼの一種で「燈心トンボ(とうしんとんぼ)」のことである。 夏のころ、水辺や草むらや、藪のあたりで飛んでいる。 普通のとんぼよりもはるかに小さく、か細く弱そうで、色も薄茶色をしているので、木綿糸(カナイト)で作った、燈心(とうしみ)のようだから、「とうしんとんぼ」というのだろう。 津軽地方では一般に「かなこ」といい、これより少し大きくて、羽も肢体も真黒な(主として水面を飛ぶ)のは、「かっぱかなこ」という。 これは「おはぐろとんぼ」のこと。 普通のとんぼは(赤とんぼでも)なかなか捕れないが、「かなこ」は夢でもみてるように、ゆうゆうと飛んでいるので、小さな子供らにも手易く手づかみにされる。 やはり、細い糸を結びつけられたりして幼童の愛がん用となる。 その258 「かなこ」(2) ▲「かな」は、一般に「か弱い」という意味である。 津軽ではやせてか弱い子供のことを「かなこ」ともいいおとなでも、特に女の小柄なやせこけた人を、「かなこ」というようだ。 「とんぼ」と「かなこ」と、どちらがさきかは、よくわからないが他地方ではも、「線香(センコウ)とんぼ・ひかげとんぼ・あねさまとんぼ」などという、また「か弱い」とか、「小さい」とかを、なぜ「かな」というのか、これもはっきりしない。 諸国の方言にも、 @ガナズ=貧弱な体格(長崎)。 Aカナスズメ=セキレイ(小鳥)(秋田県鹿角郡)。 Bカナヘビ=トカゲ(山形・福島・新潟・長野)。 Cカナメ=目高(小魚)(長野県東筑摩郡)等がある。 あるいはまた隠岐の知夫島だは、新婚早々の男女共に、「かなこ」というそうだが、これは、女の方が本元で、後に、男をもいうようになったらしい。 その理由に、「かなこ」は本来は「かなむすめ」というのであり、それは、女子は結婚すると、母親から「オハグロ」や「オハグロ揚子(筆)」や、おしろいなどをもらい第一に「歯」を黒く染める。 津軽でも四十年前までは、大ていの婦人は染めたものであるが、それを「かねつける」という。隠岐島あたりでは、「かね」をくれる親を「カナオヤ」、娘の方は「カナムスメ」というそうだ。 さて、以上の如く、とんぼのかなこ、木綿糸のかないと、若い女性のかなめ・かなへび等何らかの関連がありそうだ。 その259 「かないど」 名詞。かないど。木綿糸のこと。 これは現在では、田舎でもあまり用いなくなったが、実は普通の国語であったらしい。 上古の事はしばらくおいて。 室町時代文安年間(五一〇年前)の、「七十一番職人づくし歌合いなどにも見受けられるし、また名高い語源学書東雅(トウガ)」(新井白石の著)にも、「かな」の説明がしてある。 つまり初めは一般に「糸」の総称であり、近世に入って以来、主として木綿糸を意味し、現代では方言の仲間に入り、最近はその方言も、あまり聞かれなくなった、というわけである。 筆者は試みに、黒石市内某呉服店へ入って「かないど」ください。 といったら、三十前後の婦人店員が、知らなかった。 もとは、弘前の「モメン屋」へ秋餅を持って行って、「かな糸」をたくさんもらって来て喜んだものだ。 「かな糸」は綿布をさす刺すのに、いくらあっても余らなかったからである。 ▲「かな」の語源について、「東雅」によれば、「……かなは、蚕のマユの独つ糸のことで、片糸(カタイト)の意味である。 つまり二本三本と、より合わせない、一本の細い糸のこと……」とある。 タ行・ナ行の転音で「カタイト」が「カナイト」となった。 これによって「かなこ」の語源も解けそうである。 その260 「かねとり」(1) 名詞。農家の作業着の一種。 かねとり。津軽の農家の作業着として、広く用いられたもので「たけ」は、普通の羽織よりやや長く、両前は広くして帯をしめるようにし、袖はやや短く作る。 材料は、麻糸で織った厚めの布で、ムキを作り、(大方は、白色または灰色)、袖は黒色で、はるかに薄手のものを用いる。 ムキの部分は、麻糸または木綿糸で、丈夫にサシて、時には、脊・肩・襟のあたりには、白黒の単純な刺しゅうを施す。 普通の綿布をサシタのは「ボト」という。絞り・絣等の模様によって「シボリのボド」「カスレのボド」などという。 「かねとり」も、サシた「ボド」にちがいないから「ボド」といってもよさそうだが、そうはいわない。 「かねとり」という。そのわけは、第一に、その袖がちがうからであろう。 「ムキ」の部分も、もとは、きっと、袖と同じような生地であったと、筆者は考える「かねとり」という呼び名も、そこからきたものとみる。 津軽のことばTOP |
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