[連載] | |
301 ~ 310 ( 鳴海 助一 ) |
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その301 「かだみしぼまり」 成句。かだみしぼまリ。 これは、「肩身が狭い」というのに同じ。 急に身代が衰えた者。世間に対して顔向けの出来ないようなことを、自分か家族か、あるいは近親者の誰かがした場合。 あるいはまた、自分はいつもかわりがないのだが、同僚とか、隣り近所の者とかが、ずんずん幸運に恵まれて、それを羨ましく思うと同時に、こちらは肩身が狭いような気がする……そんな場合「かだしぼまりだ」という。 ※ホガノヨメンドァ、タンス・ナガモジ、ミシンマデモテエグジギ、アンマリかだみしぼまり肩オモェ、サヘタェグナェデヨ、ヘメデ、ヤグフトンバエデモアマリ、メグサェグナェグ、モダヘテヤタェシテシ。 ○よその嫁さんたちは、箪笥・長持ち、それにミシンまでも揃えて持って行くのにね……。 あまり肩身の狭い思いをさせたくなくってサ。 せめて、夜具ふとんばかりでも、あまり恥ずかしくないようにして、持たせてやりたくてね……。 このように、どんなに生活改善が、やかましく叫ばれても、長い間の習慣から、世間体をも考え、娘に「肩身の狭い思い」をさせたくない一心から、あれもこれもと、ついつい多額の金をかけることになる。 ▲「肩身」の広い狭いということは、しかし、うまいことを言ったものだ。 得意な時は、おのずから胸を張って歩くようになるし、失意の時は、自然と両肩がションボリト見えるものだ。 「しぼまり」は「すぼまり」で、「つぼ・つぼまり」の「つ」の転音だとみる。これが、「しぼむ・しぼまる・しぼめる」とも同じで、「萎・凋」等の意味にも展開する。津軽で、「口コしぼめデ笑ル」(口をしぼめて笑う)とか、「朝顔ノ花コァしぼまタ」などという、その「しぼまる・しぼめる」は方言ではない。 「肩身しぼまり」も、その成句の成り方、には地方的なところもあるが、「しぼまり」そのものは方言ではない。 その302 「がだげ」 (1) 接尾語(助数詞)。 「がだげ」「が・げ」は共に普通の濁音。意味は、一食二食の「食」にあたる。 「ひとがだげ・ふたがだげ・みがだげ」などという。 この語は標準語としては、今でこそ一般的には用いられないが、室町時代、あるいはそれ以前から一般に、俗間には用いていたものらしい。 津軽地方では、今でも、一食・二食という人よりも、「がだげ」を用いる人がはるかに多いようだ。 ※マノツカラダメシダジンダバ、ミソ、ふとがだげ・ふたかだげ、カナェシテモカガル。 ○馬の力試しだ、というと(なると)、ごはんの一食や二食は、食わなくてもガンバル。 (手伝う。あるいは観ている。) これは、少し笑わせるためには、そのあとへ、「ソバか、モチでも食べればヨ」などつけ足す。 ※ワラハボァ、ツンブフラテキタドゴデシ、ミジサ、ウルガシテオゲェシタネ。コレデモ、トフガナニガデアエレバ、ふとがだげァナンボダバァエシァネ。 ○子どもらがツブ(田にし)を拾ってきましたので、水に浸しておきましたよ。 (土くさい臭いを去るために)これでも、豆腐か何かであえれば(料理すれば)一食分やそこらのおかずにはなりますからねェ……。 その303 「がだげ」(2) ▲「がだげ」の濁音をとれば「かたけ」となる。 この「かたけ」について、大辞典その他に頼って、その正体をたしかめてみたい。 かたけ=片食(カタケ)。 朝飯または夕飯のどちらかをいう。 カタケ=一回分の食事の分量をいう食事の度数を数える語。 丹波興作(江戸時代の宝永年間の書)に「……帳面は忘れぬ。 旅籠(ハタゴ)が六かたけ。 酒四升五合……」去々。 浮世風呂「江戸時代・文化年間の書」に「……達者な身でも、一かたけおまんまを食べねぇと、気色が悪くなりますのに……」 以上の例だけでも、津軽地方に「がだけ」という語の存した、また現に用いられている理由はわかる。 すなわち、濁音訛はよくないとしても、濁音を除いた「かたけ」は、普通の国語として昔からあったのである。 昔は、朝飯か昼飯をヌキにして、一日二食にすることが多かったそうで、つまり二食で一日分とした。 そこでその二食のうちの一食を、半分の意味で「片食・カタケ」といったものらしい。 大言海にも、「ひとかたけ・ふたかたげ」と、数をかぞえる接尾辞(一台・五本・ひとまわり・ふたまわりなどと同じ)にも用いるとある。 ただし、標準語の場合の「かたげ」の「げ」は鼻濁音である。「朝餉・昼餉」を「あさげ・ひるげ」というその「げ」と全く同じ意味。 津軽では既出のように、鼻濁音で発音すべきものをも、普通の濁音にするから、この語も聞きづらくはあるが、古語の名残りを止めていることはたしかだ。 その304 「かだる」 動詞(ラ行四段)。かだる。 ①加わる。仲間にはいる。 ②一緒について行く。お伴をする。 連れていってもらう。 ③相続人にきめて、老後を養なってもらう。 ④慕い親しむ。なつく。 ⑤共鳴する。賛成する。 ※アヤサかだ(ッ)テ、カンゴクヮエサエタ。 ○おとうさんに連れられて、観桜会に行ったよ。 ※アニァシンダドゴデ、オドトサかだるベンネナ。 ○長男がなくなったから、次男を相続人にして、それに、老後の世話をみてもらうんでしょうよ。 ※ミナエナェダナテシマテ、かだるコドモァナェツケァナ。オヤダジモ、オヤダジダジンダ……。 ○子どもら(むすこたち)が、みんな家を飛び出していなくなってしまって、頼る者がないんだとよ。 (あそこの)親たちも親たちで、素行がよくないんだってサ……。 ※カッチャエネエレバ、アダコサかだりタガラナュ。 ○かあさんが家におれば、子守りに行きたがらない。 これは勤め人などの家庭のこと。 普通の日は、子守りさんによくなつくが、日曜など、かあさんが家にいると、あまえて、お守りさんの許へはいきたがらない。 ということ。 ※ナンボネマゲルノ、カンボネマゲルノタテ、トギコゲダモンダドゴデ、ダンモかだれヘンジャ。 ○いくらにするの、いくらにまけるのったって、季節外れのものがから、誰も見向きもしませんよ。 これは、春先の毛布とか毛皮など。 今日あすの生活費に追われている身分では、どんなに割引きをするといっても、冬のものを今からなんて、そんな余裕はない。 「かだれへん」は、「かたりません」の津軽訛り。 以上のように、かだるの使用範囲は相当広いようだ。 その305 「かだりこ」 名詞。かだりこ。 これは相続人のこと。家系を継がせる子ども。 前条の「かだる」の連用形「かたり」に、「子」がついたもの。 「かたり子」。親の老後のめんどうをみてくれる人。 ※ニバンメサかだりタェテ、アニハベジネシタバテ、ソノニバンメァ、トォキョサエタキャ、ジュウデコナェドゴデ、かだりこァ、ダモナェグナタデバシ。 ○二番目のムスコに家を継がせたいといって、長男を分家させてしまったけれども、その二番目が、東京へ行ったきり全然家に寄りつかないので、頼る子がなにもなくなってしまったのサ……。 ※エマダキャ、かだりこァナェシテモ、ナンドラェアテ、トソリンドァ、ナンモシンパェナェジァネ。 ○今の世の中では、頼る子がなくても、なんとか(養老院のこと)あって、お上(かみ)でめんどうみてくれるから、年寄りたちは、何も心配ないそうですよ。 その306 「かつぐ」 動詞(ガ行四段)。 かつぐ。「ぐ」は普通の濁音。追いつくこと。追いついて同じになること。 ※オンジャ、アニサかつぐデバ、ジンブオガタナ。 ○弟さんが、兄さんに(もうじき)追いつくね。ずいぶんせいが高くなりましたね。 ※アドガラマエダナェコァ、かつデシマタデァ。 ○おくれて蒔いた苗が、追いついてしまいましたよ。 ※ハヤグサキサかつげ、オグエレバコェシテマナェ。 ○早く先頭に追いつきなさい。おくれると(おくれて歩けば)疲れて駄目です。(遠足などで) ※トウト、かつがエデ、シテラエデシマタ。 ○とうゝ追い越されてしまいました。 ▲大辞典にはカッツグ。方言。 追いつく。 青森県南部地方・岩手県紫波郡・長野県東筑摩郡・西筑摩郡と出ている。 また方言辞典には、北海道・青森・岩手・秋田・宮城・山形県最上地方・長野とある。 意味として「匹敵する・及ぶ・張り合う」福島県岩瀬郡・静岡ともある。 ところで、「かっ・か」は、単なる語調を整えるための接頭語であるか、それとも、「追っ」の訛りなのかはっきりしない。 その307 「かッつ(ち)」 名詞。かっつ。 奥地、奥山、川の上流、地方などの意味。 「甲地村」などの「かっち」は、おそらくこの意味であろうと思う。 ※ジットかッつマデエガナェバ、エタゲノゴダバトラエナェネ。(フギ・ミンジなども同じ) ○ずうと(深山)まで行かなければ、本物のいい竹の子は採られませんよ。 ※ジットかッちノホチャ、ヨメネケドヤタキャ、ソエデモ、ナェダキャエドメデ、エッシュコナェネ。 ○ずうと山奥へ、嫁にくれてやったら、それでも、住みなれたらいいと見えて、この頃はさっぱり遊びにも来なくなりましたよ。 ▲「かっち」の語源は分からない。あるいは「奥地」か。 大辞典には、方言。 ①川上の地。 青森県津軽地方・岩手県柴波郡・上閉伊郡。 ②深山・谷間・山間。 青森県南部地方・津軽地方とある。 その308 「かッちァ(かッぱ)」 名詞。かッちャ。裏。裏がえし。 ひっくり返る等の意味。 「かッちャまぐり」ともいうことがある。 「逆に・あべこべ」の意。 ※シラミキモノ、かッちャネシタェンタデァ。 ○しらみがついた(むしがわいた)着物を、裏返しに着たようだ。 (さっぱりすること、ほっと安心すること等のたとえだが、下品である。) ※ハオリカッちャネキル (あわて者) ※ナマダ、カミノ「シギカチャ」モシラナェナ。 ○お前はまた、紙の表裏も見分けがつかないのか。 その309 「かちャぐ」 動詞(ガ行四段活用)。 略名(動ガ四)かちャぐ。 これは、「爪をたてて引っ掻く」ということ。普通(カユ)いところを「掻く」という、その「かく」ことには、「かっちゃぐ」とはいわない。 「かっちゃぐ」の語源は「掻き破(裂)く」である。 だから、「掻く」動作よりは、一層荒々しい動作の場合に用いる。 ※ネゴネカテ、シネカラかちャがエダ。 ○猫に、脛(すね)を引っ掻かれた。 ※オエオエ、ツラドシタンダバ。マンダカガネカテかちャがエダデナェナ。 ○オイオイ、(オヤオヤ)顔どうしたんです。また(なんか悪いことして)奥さんに怒られたんとちがうか。 (おかみさんに、引っ掻かれたんではないですか) その310 「かちャぺなェ」(1) 形容詞。かちャぺなェ。 貧弱だ。か弱い。 風采が上らない。かちョぺなェ、ともいう。 ※エマキタケンサニァ、かちョぺなェフトコダナ。 ○今度来た(転任して来た)検査員は、風采の悪い方だね。(まず、せいも低くて) この産米検査員とは、戦前に、初めて津軽地方の村々にまで配置されたもので、その頃は、毎年特に、冬季間に、農家の一軒一軒廻って歩いて、検査したものである。 当時は、農家で各自もみすり臼で精米(玄米)したからである。 それから十数年間続いたようだ。情実(なれあい)を避けるためか、その検査員が、しばしばかわったもので「今度来る検査員は、どんな人だろうか」とは、農家の誰もが関心をもっていたものだ。 そこで初めて会った人が、メタネかちャぺなェ人コダデァ」などと噂をするのである。 ※ヨベラノヨメコァ、かちャぺなェオナゴダナ。 ○ゆうべ来たお嫁さん、ちょっと小柄な方だねェ。 ※コシタラダかちャぺなェエコツケデ、コレダバ、シングネ、オチョエルバネナ。 ○こんな貧弱な(か弱)柄(鍬などの)をつけて、これなら、すぐ折れてしまうでしょう 津軽のことばTOP |
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