[連載]

  371 ~ 376       ( 鳴海 助一 )


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その371
「きしびじ」(2)


 ▲ところで、「米びつ」のことを、津軽で「きしびじ」というのはどういうわけか。
「びじ」は「ひつ」の訛りで問題はないが、「きし」は何か。
 まず、大辞典によると、
ケシネビツ 方言。米ビツ。津軽(物類称呼)。
新潟県中魚沼郡。千葉県君津郡。安房郡。
ケシネブジ 方言。米ビツ。秋田県南部。
キシネビズ 方言。青森県上磯郡。岩手県。
キシノ 方言。米ビツ。青森県津軽地方。とあり。
上の「物類称呼」というのは、江戸時代に出来た「方言辞書」であって、当時の民衆の「ことば」の実態を知り得るものとして、極めて貴重な存在である。
その書の中に、津軽地方で「キシネビツ」ともいった、というのである。
それを大辞典編集者が引用したもの。
また、津軽で、「キシノ」ともいう、とあるが、筆者はいかんながら聞いたことがない。
「ノ」は「ネ」の訛り。ところで、家の用例等により、「きしね・けしね・きしの」が、いずれも津軽の「きしびじ」の「きしに当たる、ということが分かる。
津軽ではその「な・の」を省略したものということになる。
次は「きしね・けしね」について。やはり大辞典等によると、以下の通り。

ケシネ 方言。
①飯米。自家用の精米。秋田県平鹿郡。栃木県河内郡。茨城県猿島郡。大分県玖珠郡・日田郡。
②雑穀。東国。西国。(物類称呼)
③米・麦・粟等を搗(ツ)く作業のこと。熊本県北部。
④速製にして初物の意味。壱岐島。
(ケシネ野菜。ケシネ醤油の実。などという。)

キシネ 方言。精(シラ)げたる米・粟など。
青森県南部地方。岩手県上閉伊郡。
上の例により、「ケシネ・キシネ」は、「米・粟」等の主食を指す、ということが分かる。
この「けしね」は「食稲・ケシネ」の意味で、上古から主として「いね・米・飯米」のことに用いた。
「きしね」はその訛とみる。
(「いね」と「しね」との転成関係については、今のところ研究しかねる。)
結局、津軽の「きしびじ」は、上古から各地にいわれてきた「けしねびつ」の訛りであり、「きし」は「「米」のことである。



その372
「きしびじ」(3)


 ▲津軽の「きしびじ」(米びつ)を、他県の方言ではなんというか、若干紹介しておく。
①コメカラト=京都・富山・大分。
②キシ=米殻類を入れる木製の大形の箱。岩手県。
③きしねびつ・けしねびつ・きしびつ=前述の通り。
④キス・キツ=米を入れる箱。魚を飼う木箱。
秋田・岩手・新潟等。
⑤キッツ・キツ・ヒツ=米倉のこと。
仙台。板倉のこと。
秋田・岩手・宮城。木製のヒツ。青森・秋田・茨城県多賀郡。米びつのこと。
岩手県和賀郡・宮城・福島。木製の銭箱のこと。会津若松。
⑥ゲビツ・ゲブツ=米びつ。
大阪・堺(俚言集覧・物類称呼)・奈良・和歌山。
飯びつのこと。大分県。
⑦コカビツ=米びつ。香川県三豊郡・奈良県葛城郡。
「嫁にこかびつを渡す」=嫁に世帯をゆずること。
上は津軽の「かまどをまがへる」「かまどわだす」と同じもの。
「かまど」は火炊場から転じて「世帯」の意味となる。
「こかびつ」も「米ばこ」だから、最も大切なもの。
「財布」を渡すなど皆同じ意味。
⑧コメブネ=米びつ。
山口県大島・大分県の一部。
⑨コメボシ=米びつ。
島根県簸川郡。
⑩その他。コメンムロ・セビツ・ドーマイビツ・ドーメ・トビツ・ヨノケ・ハンマイビツ等々。



その373
「きしもンど」(1)


 名詞。きしもンど。
「ン」は例の津軽発音のクセだから、文字に書く場合は「きしもど」と書くのがよい。
これは、囲炉裏の坐席の名称の一つ。
田舎の台所の入口近くに取り付けてある「いろり」は、長方形の大きなものであるが、その四方には、それぞれ名称がある。長方形だから、いうまでもなく長い二辺と短い二辺が、それぞれ向かい(対)合っている。その長い方は、入口から座敷の方へ(奥へ)見通して考える時はまさしくタテ(縦)だから、それに対して上座の方がヨコ(横)である。
ここにすわると、入口の方へ向かうことになるが、これが「横坐」であり、上坐である。
この横坐に対して、向い側の方は下坐になるわけだが、これを津軽では「きしもど」というのである。
また、長い二辺のうち、入口に近い方を「客坐」、その向かい側を「かかァ坐」というそうだが、津軽では、主として「横坐」と「きしもど」だけをいうようだ。

※アコデマダ、オヤジァ、きしもどサネマテ、カガァヨゴジャサネマテルァネ。
○あそこのうちでは、亭主が下坐にすわって、おかみさんが、横坐にすわっていますよ。
これは、別にカガァ天下だというわけでなくとも、亭主の方は、薪を割るとか、仕事着のまま、いきなり炉にあたる場合などもあって、なにかと「きしもど」の方が便利だから。
また、おかみさんも、縫い物などの場合、燈火に近いとか、子どもらの傍らで、あやしながら手仕事をするとか、これも横坐の方が便利だからである。
しかし、大ていは、主人が横坐にすわるのが普通で、特に人寄せの場合、来客があった場合などは然り。

※ムガシカラ、ヨメドカレゴァ、きしもどダ。
○昔から、嫁と借子(奉公人)は、「きしもと」にすわることに、きまっている。

※きしもどサアダテレバ、ヘナガサ、カジャ、ジージテルデァ。
○きしもどにすわっていれば、背(うしろ)から、風がシーシーとあたるよ。
(入口に近いから、寒い風があたる、ということ。)



その374
「きしもンど」(2)


 田舎の大やけの台所の「ろぶち」は、特に大きく出来ている。
その中央から、やや上坐(横坐)に近寄った点が「ほど・火処」だから、下坐(きしもど)は、火から大ぶはなれている。
人数の少ないうちなら、何もわざわざ火から遠い「きしもど」にあたる必要もないのだから、大人数の家庭になると大へんである。
嫁は、夕飯を終えるや否な、食事の後片づけをして、凍えた手のヒラを、下坐からちょっと差しのべる(かざして暖める)程度ですぐ台所の中央の燈下で縫い物などをする。
縫い物などはよい方で、納屋で藁仕事を二・三時間もするのが普通であった。
また「借り子」も、夕食後、直ちに「きしもど」に坐って、ちょっと一プクする間もなく、翌朝炊くだけの薪割り(小さく割る)をする。
あるいは、馬の飼糧を煮るのに手伝うとか、ワラ靴の一足も作るとか、何や彼やで、とにかく「きしもど」近くにすわることになっている。




その375
「きしもンど」(3)


 ▲さて、「下坐」を「きしもど」というのは、文献だけによると、青森県津軽とだけ出ているが、どうして、津軽で「きしもど」といったのか。
これについて、まず私案を述べてみる。
常識的に考えて、この「きし」というのは、川の岸(きし)・海の岸・山の岸などの「きし」ではなかろうか。
山・岡・崖などでは、その麓(ふもと)がつまり「きし」である。
台所の「いろり」を中心とした坐席のうち、下坐がもっとも壁(板戸・板障子)に近いから「壁際・壁岸・かべきわ・かべぎし」である。
その「きし」に、柱の本(もと)・足もと・ふもと・根もと等の「もと」がついて、「きしもと」。「と」が濁って「きしもど」となった、と一応考えたいのだが……。
だからこの「きしもど」は、ひどく転訛した方言訛語の類ではないようだ。
大辞典によると、群書類従本(かの名高い塙(ハナワ)保己一篇)の、字鏡の中の説として、下記の如き引用がしてある。
すなわち次の如し。

▲たとえば「岸本」という姓も、山田・上田・高田・窪田・川上・下山等と同じく、地形からきたものだということがいえると思う。
「いろり」の「きしもと」も、「岸本」などと同類語であったのではないか。
「村岸・山岸」とか、「家岸・ヤゲシの田」とかともいうが、それらと同じ言い方ではなかろうか。
なお、「横坐」「客坐」「きしもと」等の区別は、現在では、さほど窮屈に考えなくなったようだ。
ただし、いきなり、お客が「よこざ」にすわるようなことは、今でもめったにあるまい。
また、祝言の場合などは、前言の如く、きまって「よこざ」には、本家の「とうさん」がすわって、亭主代となる。
そうして、「きしもど」はやはり昔ながらに、はるかに位が低くなる。



その376
「きしふむ」


 成句(名詞・動詞)。
格助詞の「を」は略されている。
これは「岸を踏む」ことであるが、方言として用いられる場合は、①金銭を出ししぶる。
②けちけちする。
③必要以上に念を入れる・疑う等の意味となる。

※ジンブシンボダフトダバテ、ムシメケルジギダバきしふまナェデ、タエシタモダヘダジデァ。
○随分、物惜しみの強い人なんだけれども、むすめ(娘)を嫁にくれる時には、ケチケチしないで、衣類諸道具をたくさん持たせてやったそうだよ。

※アノフトァ、キフダバきしふまナェダシァネ。
○あの人は、寄付なら、気前よく出しますよ。

※ソウダノコウダノテ、きしふんデ、ナガナガ「ン」テサナェデァ。(エパダネ)きしふんデ。
○そうだのこうだのといって、むやみに念とって(警戒して)、容易に「うん」とは言ってくれない。

▲「きしふむ」は、津軽一帯ではないらしい。
方言辞典には、「けちんぼ・しわんぼ・りんしゃく・しみってれ・倹約家」等の意味の方言は、全国のもの百以上も載せているが「きしふむ」とは出ていない。
津軽の「までだ・までくそ・よぐたがれ」などはある。
さてこの「きしふむ」というのは、如何なることか。
案ずるにこれは、たとえば、人や馬などが、少し巾の広い堰や小川などを跨ぐ時には、こちらの岸で、足場をしっかりさせるために、二・三度踏んでみてたしかめるだろう。
つまりちょっとためらいながら足許に念を入れる。
チュウチョする。瀬ぶみをする。
たしかに、あの心理とあの動作からきたものだと思うが如何。
用心深いという意味を表わすのに「石橋をたたいて渡る」という諺があるが、あれにも似た言い方であろう。
それから転じて、半信半疑の態度や、妙に用心深い、悪く言えば、引込み思案や臆病なさまなどにも用い、さらに金銭などを出しぶる人、りんしょく漢などにもいうようになったものにちぎない。
このように考えると、「きしふむ」という語も、なかなか捨てがたい味のある言い方ではないか。
津軽にはまた別に、似たようなものとして、「しっぱだふむ」という語もある。
これらはいずれ、この世から消え去っていくであろうが、われらの先祖が、永い間用いてきた言葉だと思えば、むやみに軽蔑するわけにもいかないようだ……。
これは筆者だけの悪趣味だろうか……。



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