[連載]

 101話〜110話( 佳木 裕珠 )


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◆その101
出会いそして別れ(2)


 一見、目元が笑っているようで風采のあがらぬその男子生徒が自己紹介のために立ち上がった時、別人になったかと思う程に風貌が変わり、近寄りがたい凛とした雰囲気を漂わせた。
 在籍校は県内でもトップクラスの進学校。
 昌郎の一年先輩の二年生。
 名前は橘俊五郎。
 何とも時代がかった名前だった。
 彼が声を発する一瞬、会議室の空気がぴんと張り詰めた。
 ここにいる生徒達全員が、彼を尊敬または憧れの眼差しで見ているのが昌郎に伝わってきた。
 自己紹介が終わって彼が席に着くと会議室の空気がまた元に戻った。
 これは、いったい何なのだろう。
 昌郎は雷に打たれたような衝撃を感じた。
 椅子に座った彼は、また風采のあがらぬ一男子生徒のように見えたが、しかし、実際には何か近寄りがたいものを体の中に持っている人間であることが歴然とした。
 彼のあの姿に一度触れた者は、誰でも彼の大きさを納得せざるを得ないだろう。
 そんな雰囲気を漂わせて彼は座っていた。
 自己紹介が一巡すると、準備委員会の役員選出となった。
 各校から集まり、ほとんどが初対面の生徒達である。
 そこで顧問団から役員案が提示され、正面のホワイトボードに書き出された。
 まず委員長だが、あの橘俊五郎の名が板書された。
 誰しも納得のゆく人選である。
 次に副委員長の二人。
 一人はいかにも応援団風の二年生男子、そして私立女子高校の二年女子。
 名前が板書されるたびに、その生徒に視線が集まった。
 役員は正・副委員長の三人だけである。
 しかし、ホワイトボードにもう一つの役割名が書かれた。
「事務局付き」辻が説明に立った。
「本校が、今回の記念事業の事務局校となるが様々な事務処理や雑用が出てくる。それを手伝う係りとして、この事務局付きの役をもうけることにした。ついては、本校の団長である木村昌郎君に、その役をお願いすることにした」
居並ぶ生徒達の視線が、昌郎に集まった。
 その中に俊五郎の穏やかな視線もあった。 



◆その102
出会いそして別れ(3)


 辻が、高体連応援団部会五十周年の第一回準備委員会に出席しない山村、克也そして真治を、その会議が終わるまで生徒会室に待たせて置いた意味がわかった。
 笹岡、辻等五人の顧問と正・副委員長そして事務局付きの昌郎達が、これからの仕事の流れを確認するために、会議室に残った。
 その席上に山村達三人も呼ばれた。
 つまり、事務局付き役の昌郎を支える事務局員として、彼等が先ほどの会議の席で承認されたのである。
 昌郎は勿論、山村達もこのような仕儀になることは、事前に誰からも知らされていなかった。
 正に彼等にとって青天の霹靂という他はない。
 しかしである。
 笹岡に指名されれば否とは言えない。
 それよりも、この周年行事に何でもいいから手伝いたいと思う彼等の気持ちは、辻にも十分に伝わっていた。
 彼等にも準備を手伝わせたい。
 辻は笹岡に、彼等三人を事務局員として手伝わせたいと相談をした。
 笹岡は即座に賛成してくれた。
 しかし、他校の手前もある。
 一応、第一回の準備委員会の席上で提案し承認されてから山村達を手伝わせることにしようと言うことになった。
 このことについては、笹岡が各高校の応援団顧問に話を通し今日の委員会に提案したのである。
 笹岡、辻等五人の顧問教師と正・副委員長そして事務局付きの昌郎と事務局校生徒としての山村達の顔合わせが行われた。
 辻が山村達を紹介した。
 既に五時を回り外はとっぷりと日が暮れていた。
 そして雪がちらつき始めていた。
 副委員長は女子である。
 辻は、手短にそれぞれの役割りの説明をした。
 五十周年の式典は来年の十月八日である。
 新年度になってから本格的に活動することになると伝えられて顔合わせ会が終った。
 顧問の先生方も副委員長も帰った後、最後まで会議室に残っていた俊五郎は、昌郎達に声をかけた。
「俺も一所懸命に頑張りたいと思っているので、よろしくお願いします。これから度々、此方に来ることになると思う」



◆その103
出会いそして別れ(4)


 俊五郎は、先輩風を吹かすこともなく、秀才ぶった素振りもなく昌郎達に頭を下げた。
 そんな彼に昌郎達の方が驚き恐縮した。
 頭を上げると、俊五郎は山村、克也、真治を一人ずつしっかりと見て握手を求めた。
 最後に昌郎の真っ正面に立ち強く見つめて「よろしく頼む」と一言告げた。
 それだけ言うと、さっと踵(きびす)を返して会議室を出ていった。
 昌郎達は呆気に取られてそんな俊五郎の後ろ姿を見送ったが、はたと気付き慌てて「お疲れさまでした」と声をそろえた。
 冬休みに入りクリスマスも過ぎた十二月二十六日の夜、昌郎の家に電話があった。
 彼は携帯電話を持っていないから、それは家の固定電話にあった。
 たちばなさんと言う方から電話よと、母親から声をかけられた。
 たちばなさん?
 その名前を聞いて昌郎は初め誰であるかわからなかった。
 自分の部屋から出て階段を一段下りたところで、はっと気が付いた。
 あの準備委員長の橘俊五郎さんだ。
 受話器を持った昌郎は、背筋を伸ばした。
「お待たせしました」
「いや、突然電話をしてすみません」
「いえ、全然かまいません」
「先日、木村君達とゆっくり話しも出来ないまま帰ってきてしまいました。これから一番忙しく動いてもらうことになる君達とは、少しでも多く交流したいと 思っています。ようやく冬季休業中の前半の補習授業も明日で終わるので、明後日の二十八日に俺の所に遊びに来てもらえないかなと考えているんだが、どうだ ろう」
 思いも寄らない話の展開だった。
 しかし、昌郎は是非橘先輩の所へ行きたいと強く思った。
「是非、伺わせてもらいたいと思います。二十八日の何時頃がいいでしょうか」
「実は俺、実家が西海岸の方で、学校に通うために叔母さんの家に下宿させてもらっているんだ。二十八日の夕方には、列車で実家へ帰省するから、出 来れば十時頃から昼前ぐらいはどうだろう」
「山村達に聞いてみます。もしかしたら
 昌郎は少し言葉を濁した。



◆その104
出会いそして別れ(5)


 冬休みなどの学校が長期休業中は、自動車整備の家業を手伝うことを昌郎は家族と約束をしていた。
 兄達もそうして高校時代を送った。
 木村家の決まりのようなものである。
 しかし、訳を話せば半日くらいなら休ませてもらえる。
 だが山村達三人はそろって、年末年始のゆうメイトのバイトがあるはずである。
 俊五郎から電話をもらった後すぐ昌郎は、山村達に連絡をしたが、やはりその日は三人ともバイトが入っていた。
 彼等は残念がった。
 特に山村の落胆は大きかったが、それは仕方のないことで、バイトを優先しなければならないことは、彼も十分に承知していた。
 昌郎は一人で、俊五郎の所へ行くことにして俊五郎に連絡をした。
 十二月二十八日、約束の時間に昌郎は俊五郎の所を訪ねた。
 朝方降った雪がうっすらと街全体を覆い、雪雲の間から差す太陽の光に輝いていた。
 電話で教えられたバス停で降りると、なんと、そこに俊五郎が立って昌郎の到着を待っていた。
 バス停からの道筋も丁寧に教えられていたのに、此処まで出迎えてくれる橘先輩の心遣いが嬉しい反面、昌郎は非常に恐縮してしまった。
「先輩、すみません。此処まで出迎えていただいて、とても恐縮しています」
「いや、叔母さんの家は結構分かり難い所にある、道に迷うと大変だから来たまでだ。気にしないでくれ」
 そんな風な会話の後、二人は歩き始めた。
 応援団長とは思えないのんびりした笑顔が、昌郎の心を初めから和ませた。
 しかし、彼は一学年先輩である。
 笹岡からくどいほどに教えられた長幼の序は守らなければいけない。
 昌郎は自分に言い聞かせた。
 その家はバス停から五分とかからないところにあった。
 その家までの道のり、二人は黙して歩いた。
 俊五郎の後を付いて行くようにして昌郎は歩いた。
 防寒着をきちっと着た俊五郎の背中が大きい。
 会話はないが心が落ち着く。
 そんな先輩に出会えたことが昌郎には嬉しかった。



◆その105
出会いそして別れ(6)


   二度ほど道を曲がり着いた俊五郎が世話になっている家は、瀟洒な白い家だった。
 彼の雰囲気から漠然と、和風の古い家だろうと昌郎が想像していたのとは、余りにも違う家だった。
 門扉を入ると五メートル程のアプローチがあり、その左右にはバラが植えられていた。
 勿論、既に冬支度も済み荒縄で幹や枝が結わえられ雪囲いがなされていたが、春になり花が咲く頃には、どんなに美しいだろうと思えるような庭だった。
「叔母さんはバラが大好きで、春になると秋まで美しい花が咲く庭だ」
 俊五郎は、そう説明をした。
 半円形の三段ほどの階段をあがった玄関は、大きく重厚な木調のドアだった。
 そのドアの横に備え付けられたチャイムは、室内で来訪者が確認できるようなテレビ画面になっているのだろう。
 カメラのようなものが付いていた。
 スピーカーから、はーいと返事があり、どたばたとした音がした後で小さい子どもの声とともにドアが開いた。
「俊兄ちゃん、お帰り」
 玄関に入った俊五郎にまとわりつくようにして男の子が彼等を出迎えた。
「大ちゃん、ただいま」
 俊五郎が子どもの頭を撫でながら言った。
 子どもの後を追うようにして、彼の叔母さんが玄関に顔を見せた。
「俊ちゃん、お帰り。お話ししていた応援団の方ね。いらっしゃい。どうぞ遠慮しないで、あがってください」
 テレビのドラマにでも出てくるような贅沢で洒落た住まいに、昌郎は戸惑いを感じながら俊五郎の顔を見た。
 彼は笑いながら「俺のイメージと全く違って驚いただろう。叔母さんには何だけれど、俺も、粗野な自分と余りにもかけ離れた上品な住まいに、時々むずむずするんだよ。叔母さん、すいません」
 頭を掻きながら、叔母に詫びてはいるが、それが全く嫌味ではなく逆に好感を持って受け止められていることが、昌郎にはよくわかった。
「何言っているの。俊ちゃんのお母さんと私は姉妹、うちの人だって同じ所の出身なのよ」



◆その106
出会いそして別れ(7)


 通された俊五郎の部屋は南側と東側に広い窓のある八畳間ほどの明るい部屋だった。
 ベッドと勉強机があるだけで、壁際の床にはたくさんの本が平積みされていたが、部屋はきちんと整理整頓が行き届いていた。
 部屋にはファンヒーターが備え付けられていた。
「必要最小限のものだけしかないんだ。そこら辺に座ってくれ」
 彼等はカーペットの上に直に座った。
 俊五郎は勉強机を背にして座り、それと向かい合うようにして昌郎は腰を下ろした。
 珍しげに部屋の中を見回すことは憚られたが、勉強机の上の壁に掲げられている墨書されたものは、否応なく彼の目に入ってきた。
 しかし、その意味は分からなかった。
「六旗の下に」
 何だろうと昌郎は思ったが、初めて来た先輩の部屋で、親しげにそれを問うことは出来なかった。
 俊五郎と対面するように彼は正座した。
「そう畏(かしこ)まらずに、胡座にしてくれ」
「はい、しかし」
「遠慮することはないさ。応援団活動の時には、しっかりと上下の差を意識して対応しなければならないし、今回の委員会の中では、そう言う場面もあると思 う。 でも、この場ではもっと打ち解けて話ししたいと思う。だから、来てもらったんだ。これから式典まで、色々なことで協力してもらうことになると思うか ら、腹を割って色々と話をしたかったんだ」
「ありがとうございます。それでは胡座(あぐら)にさせてもらいます。実は、正座は十分間保てばいい方なので、どうしょうかなと心配していたところでした」
 昌郎は、正直にそう言いながら素直に膝を崩して胡座になった。
「入ってもいいかしら」
ドア越しに、叔母さんの声がした。
「どうぞ」
「話の邪魔をして、ごめんなさいね。ケーキとコーヒーを持ってきたから、どうぞ」
 ドアが開くと同時に薫り高いコーヒーの香りが漂った。
「叔母さんありがとうございます」
「お気遣いいただいて恐縮です」
 昌郎はもう一度正座し直して頭を下げた



◆その107
出会いそして別れ(8)


 叔母さんの後ろから大ちゃんと呼ばれた男の子も入って来て、俊五郎の横にぴったりとくっついて座った。
 俊五郎は、大輔の肩を抱きながら「大ちゃん、こちらのお兄ちゃんにしっかりと挨拶したかな」と聞いた。
 すると大輔は直ぐにも立ち上がり、直立不動の姿勢で名前を名告って深々と頭を下げた。
「滝吉大輔です。よろしくお願いします」
「ようし、良くできた。大ちゃんは将来、立派な応援団になれる」
 そう言われ俊五郎に頭を撫でてもらった大輔は、満面に喜色を表し自慢げに母親の方を見た。
「大ちゃん、お兄ちゃん達はこれから大切な話しがあるからね、お母さんと一緒に下に行きましょう」
 大輔は名残惜しそうにしながらも、小さな頭でこくんと頷き母親と一緒に部屋から出て行った。
「橘先輩に随分と懐いているんですね」
「ああ、大のやつ兄弟がいないから、兄のように思ってくれているんだろうな」
「それにしても、もう応援団候補ですか、大ちゃん」
「そんなこともないんだが、応援団のことを良く聞いてくるんだ」
 そんな話から二人の会話が始まった。
 打ち解けてくると、俊五郎の人間としての大きさが更にわかり、自分もこんな男になりたいと昌郎は強く思った。
「ところで、橘先輩、質問があるんですが」
「何だ」
 昌郎は壁に貼ってあるものを目線で示して聞いた。
「あの『六旗の下に』とは、一体どのようなことですか」
「ああ、あれね」
 俊五郎は一層目を輝かせて話した。
「東京六大学を知っているだろう。あの六つの大学の応援団旗の下にそれぞれの大学の応援団が日頃の活動の成果を披露する大会があるんだ。その大会が『六旗の下に』と表して毎年行われているんだ」
「東京六大学とは、東大、法政、慶應、明治、早稲田、立教大学ですよね」
「そう、それらの大学の応援団や吹奏楽団、そしてチアリーダーズが一堂に会した発表の場だ」



◆その108
出会いそして別れ(9)


 俊五郎が小学六年生の六月に母方の祖母が死んだ。
 早くに連れ合いを亡くした祖母は、漁業組合の事務員をしながら女手ひとつで一男二女を育て、晩年は彼が住む西海岸の小さな港町で一人暮らしをしていた。
 しかし、寄る年波には勝てず、健康面も不安な状況になったのを機に、大学を出て東京で就職し結婚して居を構えていた彼女の長男家族と一緒に暮らすことになり、死ぬ数年前に上京していた。
 祖母がこちらにいた時は、穏やかで温かな彼女に俊五郎は大層可愛がられ、毎日のように祖母の家に入り浸っていた。
 祖母が上京する際、彼は駄々を捏ねて泣いた。
 その時、彼女は俊五郎をしっかりと抱きしめながら、しかしきっぱりとした口調で言った。
「しっかりと勉強して、東京の大学さ入れへ、そうすればまた毎日会えるべさ」
 何時にない厳しい表情の祖母の顔は、眩しいほどに厳かで、俊五郎は泣くことも忘れてこくんと頷いた。
 次の朝早くに旅立った祖母を、彼は寝ていて見送らなかった。
 そのことが何時までも小さな彼の胸を締め付けた。
 そんな思いを跳ね返すように、俊五郎は胸の中で、大きくなったら自分は東京の大学に行っておばあちゃんと毎日会うんだと繰り返した。
 だが、その思いも果たせずに、祖母は俊五郎が大学に入るよりずっと前に他界してしまった。
 祖母の死の知らせを聞き、両親が葬儀のために上京する時、俊五郎も一緒について行った。
 彼が小学六年の六月のことだった。
 祖母の死に顔は、とても穏やかで幸せそうだった。
 葬儀の間、彼はずっと泣き通した。
 仏事を滞りなく終え、明日帰省するという日、伯父の息子で俊五郎の従兄弟に当たる大学三年生の誠が、俊五郎を上野動物園に連れて行ってくれることになった。
 彼の母は叔母達と一緒に祖母の残した物を整理するために、一緒に外出することはできなかった。



◆その109
出会いそして別れ(10)


 六月中旬の天気の良い日、大学三年生の誠と小学六年生の俊五郎は、朝早くに家を出発した。
 ディズニーランドへ連れて行ってはどうかという話もあったが、この日の午後、誠には抜けられない用事があった。
 それは、午後三時から日比谷公会堂で開催される催し物で、それに彼の親友が出演するのだという。
 これだけはどうしても行かなければならない。
 俊ちゃんを動物園に連れて行った後、彼も一緒に、その催し物を見るという約束で出かけたのである。
 俊五郎は、祖母の死を悲しみながらも、東京の観光地に連れて行って貰うことを心待ちにしていたところもあった。
 そして、どうせ連れて行ってくれるならば、ディズニーランドがいいと思っていたが、それは口に出せなかった。
 しかし、動物園でも出かけるとなれば嬉しかった。
 男らしく風貌逞しい格好いい大学生と一緒に街を歩くだけで、俊五郎は誇らしい気分になった。
 土曜日、上野駅公園口の改札は多くの人で溢れていた。
 その人波は上野恩賜公園の中の大噴水の前まで続いた。
 そこで、公園の広小路口から来る人達がまた合流する。
 俊五郎には、その多くの人波が驚異だった。
 これほどの人は一体どこからやってくるのだろうか。
 ビル群もさることながら、彼は東京の人の多さに度肝を抜かれた。
 人の波は動物園の中までも続き、動物を見るよりも人の群れを見学する気分だった。
 どんな動物を見たのと聞かれても彼には定かに答えられなかった。
 大学生の誠は俊五郎に対してあまり気を遣うことはなかったが、彼にはそれがとても心地よかった。
 自分を少しは大人として見てくれている、俊五郎はそう感じていた。
 街を歩いていても、動物園でも二人は適度な距離を置いて歩いた。
 だが、誠の温かな視線を俊五郎は常に感じていた。動物園を出て、上野のファーストフードで昼食を食べ終わると、誠は黙って立ち上がりこれからが本番だと言うふうに「さあ、行くぞ」と俊五郎を促した。



◆その110
出会いそして別れ(11)


 誠が連れて行ってくれると約束した動物園行きは既に果たされたが、次は何処へ行くとも、誠は俊五郎に話さなかった。
 上野から山手線に乗り、二人は新橋の駅で降りた。
 駅前は上野恩賜公園と同様に、とにかくすごい人出だった。
 日比谷口を出ると広場があった。
 そして、その中央に本物のSLが置かれていた。
 あれを近くに行って見たいと俊五郎が言う暇もなく、誠は逆方向へと歩いてゆく。
 うかうかしていたら、置いてけぼりにされかねない。
 俊五郎は、SLを見たいという言葉を飲み込んで必死に誠の後をついて行った。
 大通りに出てビルが建ち並ぶ広い道路を一度右に曲がり更に歩いた。
 田舎では見ることもない巨大な建造物が並んでいる道を随分と歩いたように思った頃、公園の中にある煉瓦造りの建物に辿り着いた。
 そこが、日比谷公会堂であることを後になって彼は知る。
 幅広の大きな階段を多くの人達が登り入り口へと向かっていた。
「俊、此処だ。入るぞ」
 誠は後ろを振り返って俊五郎に言った。
 此処で何をやるんだろうか。
 集まっている人達を見ると男の人達が多い。
 映画でもなさそうだしコンサートという雰囲気でもない。
 俊五郎は少し不安になった。
 受付を済ませてエントランスホールに入った。
 すると彼等を待ちかまえていたかのように、混雑する人混みの中から、大きな声で誠を呼ぶ声がした。
「誠、此処だ。遅いぞ」
 ぼさぼさの頭で厳つい顔をした頑強そうな男が二人が誠の方へ近付いてきた。
「すまん、これでも急いで来たんだ」
「席を取っておいたぞ、二つ」
「ありがとう。こいつが、俺の従兄弟の俊五郎だ」
「おう、可愛い従兄弟だな。小学生か」
「はい、六年です」
「なかなか賢そうだな」
 俊五郎は誠の友達二人に頭を撫でられた。
 ごしごしという感じの撫で方で、それは決して優しくはなかったが温かだと彼は感じた。
 ホールの中にも人が溢れていた。




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