[連載] | |
131話〜140話( 佳木 裕珠 ) |
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◆その131 新入団員 1 昌郎達の学校では、卒業までクラス替えはないが、数日だけだが会わない間に1年生の時とは違って少し落ち着いて大人びたクラスメート達がいた。 入学式の翌日から、昌郎達は団員獲得のためのポスターを作り校内に貼り出した。 他の部も部員獲得に躍起になっている。 何せ、部員が多く集まることが、部活が活発になり強くなることの第一条件であるのだ。 応援団も同じである。 たった四人だけでは、出来ることにも限界がある。 もっと応援団活動を盛り上げたい。 本校になくてはならない存在として定着させたい。 昌郎達は、祈るような気持ちで新入団員を待った。 新年度が始まって一週間もすると新入生達は大体所属する部を決める。 しかし、十日が経っても応援団に入りたいという1年生は一人も現れなかった。 昌郎達は、応援団活動をアピールするために毎日グランドの一画で練習に励んだ。 しかし、効果はなかった。 もしかしたら、逆効果なのかも知れない。 四人の中で一番気が弱い克也が呟いた。 そんなことあるもんかと、山村が睨む。 応援団って見方によってはあまり格好良くないかも知れないと、洒落っけのある真治が言う。 男らしくて格好いいじゃないかと、山村が反論する。 そんな日が続いたある日、昌郎は担当区域の掃除が長引き、普段よりも少し遅れて生徒会室に行った。 戸を開けるや否や「入団希望者がさっきここに来た」と真治が告げた。 「よりゃ良かった」と昌郎が言うと、克也が「いいのかなー」と曖昧な顔を向けてきた。 山村は、腕を組んで憮然としていた。 「団員になりたいと思う奴だったら、誰でも歓迎だよ。やる気を買おうじゃないか」 昌郎の言葉に、「でもなー」と三人が声を合わせた。 昌郎が怪訝(けげん)な顔でいると、山村がぼそりと言った。 「そいつ、女なんだよ」 昌郎は思わず「女」と聞き返した。 「そう、それもあまり可愛くない女子」 真治がそう付け足し、克也も盛んに頷いた。 「チア・ガールを希望しているのなら、うちじゃ、ちょっと無理だよな」 昌郎はがっかりして言った。 「チア・ガールじゃないんだ。応援団のマネージャーをやりたいんだって」 「え、マネージャー」 「そうなんだよ」 真治が口を開いた。 「マネージャーなんていなくても俺達で十分やっていけるよ。ま、それでも可愛い子ならマスコット的なマネージャーがいてもいいと思うけれど、あれじゃなあ」 「そんな問題じゃない」 山村が言った。 もっとでかい応援団なら、マネージャーの存在意義があるんだろが、「俺等四人しかいない応援団だからな、やってもらうような仕事もないよ」克也も気弱な声で呟いた。 「可愛いかどうかは別問題として、俺達の応援団にマネージャーが必要かと考えれば、今のところ必要だとは言えないな。しかし、応援団活動は、この学校の 生徒であれば誰にでも参加して貰いたい。もしも、その一年生の女子がマネージャーとして応援団活動に参加したいのなら、それはそれで意味があるかも知れ ないと思うけれど、山村どう思う」 山村は腕を組み直しながら答えた。 「昌郎の言っていることは理解できる。俺も、だめと無下には断れないと思うよ。俺達が考えつかないようなマネージャーとしての仕事もあるんじゃないかと思う」 真治も克也も山村のように腕組みをしながら、難しい顔をした。 明日、その一年生の女子生徒が、入れるかどうかを聞きに来ることになっていた。 ◆その132 新入団員 2 俺達四人だけだからマネージャーはいらないと考えるのは、団員を積極的に勧誘しないことであり、その努力を放棄した考え方だろう。 今は四人だけかも知れない。しかし、四人のままで良いはずがない。 自分達だけしか団員がいないとなれば、また応援団は廃部となってしまう。 やはり後継者を育てることは、今の自分達の責任だと思う。 応援団活動にも女性の視点が必要だろう。 そして何よりも、自分から進んで応援団活動に加わりたいと言う意気込みがあることは捨て難い。 昌郎達は話し合う内に、この女子生徒にマネージャーなって貰うことにした。 そう意見をまとめてから、四人で顧問の辻の所へ行った。 そして、応援団のマネージャーをやりたいと言う一年生の女子生徒が来たこと、そのことについて四人で話し合った結果、やって貰っても良いのではないかと考えたことなどを伝えた。 辻は、彼等の意見に賛同した。 やりたいと思う気持ちが一番大切だ。 その女子生徒は考えに考え抜いて男子のお前達しかいない応援団に入団を希望してきたのだから、その気持ち・やる気を尊重することだ。 それが、これからの応援団活動の前進にも繋がると思う。 そう辻は言った。 翌日の放課後早々、その時間を待ちかねたように昌郎達四人の所にマネージャー志望の一年生女子がやってきた。 丈夫そうな女子というのが第一印象である。 芯も強そうだった。 「応援団のマネージャーをさせて貰えますか」 緊張しているのだろう。 少し上擦った声でそう聞いた。 昌郎が代表して答えた。 「昨日みんなで話し合い、顧問の辻先生の意見も伺った結果、君にマネージャーをやって貰うことに決定しました」 その言葉を聞くや否や、その女子生徒は両手で顔を覆った。 女子にしては大きな手だった。 ううっと言う声が聞こえた。 彼女は嬉しさのあまり涙が出たようだった。 昌郎達は、女子生徒のその様子を見て思わず感動した。 こんなに応援団に入りたかったんだ。 マネージャーになって貰うように決定して本当に良かった。 彼等はそう思った。 その女子生徒が落ち着くのを待って、まず名前を聞いた。 「はい、戸山睦子です」 戸山? 何処かで聞いたことがあるような名前だった。 彼等は全員そう感じた。 そして、突然克也が声を上げた。 「戸山って、もしかしたら君に、お姉さんがいないか」 睦子は初めて笑顔になって答えた。 「います。姉は今年の三月に此処の学校を卒業しました」 真治が畳み掛けるようにして聞いた。 「お姉さんって、もしかしたら戸山政子先輩?」 「そうです。政子は私の姉です」 更に大きな笑顔で睦子はそう答えた。 彼女は姉の政子から昌郎達のことについて色々と話を聞いていたという。 その話を聞く内に、自分も姉と同じ高校に入って、その応援団のために何か協力できないかと考えるようになったというのだ。 政子は、昌郎達に決して優しい声を掛けなかった。 どちらかと言えば厳しい目で監視されていると言う印象があった。 しかし、今、妹の睦子から話を聞くと、随分と昌郎達の応援団活動を評価してくれていたようだった。 「私、入学してからずっと、応援団の活動を見ていたんです。そして姉が言っていることは間違いないって思ったんです」 「政子先輩が言っていたことって?」 「彼等は応援団に青春をかけている男子だと言っていました」 「えっ、そんな風に見ていたんだ」 昌郎達は異口同音にそう言い、互いの顔を見合った。 ◆その133 新入団員 3 入団を認められた次の日、戸山睦子は新入団員だと言って二人の一年生男子を、練習場所のグラウンドに連れて来た。 一人は顔がまん丸で太く、にこにこした締まらない印象の男子で多少老けて見えた。 もう一人は、身長が百六十センチもないような小柄で克也よりも華奢な童顔の男子だった。 中学一年生だと言っても通りそうな幼い顔である。 昌郎達は一目見て、内心がっかりした。 そんな様子を睦子は見て取ったようだった。 しかし、にこにこしながら彼女はこう言った。 「先輩、彼等は見た目何となく頼りなく見えますが、中身は全然違います。きっとこの応援団の役に立つと思います」 昌郎達は、「うむ」と声にならない返事を返しただけであった。 「じゃ、先輩達に自己紹介して」 睦子は彼等二人に突っ慳貪な物言いで話した。 彼等は、睦子の言葉にしっかり頷いた。 どうやら、睦子に一目置いているようだ。 太い男子が声を出した。 その声は、突然グランドに響き渡った。 昌郎達は、その声の大きさに仰天した。 「私は、夏目冬人と言います。どうぞ、宜しくお願いします」 グラウンドで練習している陸上部員達が、一斉にグランドの隅にいる応援団員の方に視線を向けた。 昌郎の両脇にいた、真治と克也が一瞬体をびくっとさせた。 さっきまでにこにこしていた表情は一変して、眉を上げ目にも力が漲ったしっかりした表情になっていた。 山村と昌郎は腕を組んだまま、しっかりと冬人見詰めて、彼の自己紹介を聞いていた。 「失礼しました」 一足冬人が後ろに下がると、変わりに小さい方が一歩前に出て来た。 そして、徐に声を出した。 少し甲高い声である。 「私は、対馬賢一と言います。宜しくお願いいたします」 こりゃ使い物にならないな、克也と真治はそんな思いを込めて視線を交わしていた。 山村は憮然としたまま、賢一の自己紹介を聞いていた。 昌郎も、こいつ大丈夫かな、応援団員としてやっていけるのかなと内心心配になったが、その気持ちを表に出すことなく賢一の自己紹介を受けた。 新人二人の自己紹介が済むと昌郎達も自己紹介をすることにした。 睦子が言った。 「それでは先輩お願いします」 昌郎達は先輩と呼ばれ面映ゆさを感じた。 え、俺達先輩なんだ。 改めて彼等はそう思った。 そして先輩として、しっかりやって行かなければならないと考えた。 それは、昌郎も山村も、克也も真治も同じだった。 練習は、笹岡の指導を思い出しながら、昌郎達四人で相談して決めていた。 応援団顧問の辻も、昌郎達の立てた基本的な練習メニューに賛成してくれた。 その中に持久走が含まれている。 やはり、体力を付ける基本は持久走だと彼等は思っていた。 そして去年一年間走り続けたことで、彼等には持久走に対して多少の自信もついていた。 確かに、彼等は体育の時間の持久走で、陸上部には叶わないが良い記録を出していた。 「これから毎日応援練習の前にグラウンドを五周走ることにする。大体千五百メートルぐらいだ。 マネージャーはそれぞれのタイムを計って記録してください」 昌郎が言った。 睦子は、マネージャーと呼ばれたことを嬉しく思った。 私は、本当に応援団のマネージャーになったんだ。 この応援団になくてはならないマネージャーに成るように頑張ろう。 彼女の胸にふつふつとやる気が湧き上がってきた。 「はい、分かりました」 ストップウォッチを握りしめながら、睦子は元気よく返事をした。 「それでは、私がスタートの号令をかけます。皆さんスタートラインについて下さい」 ◆その134 新入団員 4 「スタート」 睦子が元気な声で号令を掛けた。 昌郎達は一斉に走り出した。 去年はあんなに嫌だった持久走であったが、一年間走り続けたことで克也や真治も持久走には自信がついてきていた。 山村と昌郎はもともと持久走は得手であったが、更にレベルアップしていた。 一緒に走る冬人は肥満型で持久走には全くの不向きだろう。 賢一にしても小柄でフットワークも悪そうだ。 克也も真治も先輩としての面目が立つと思った。 一周目、冬人は太っていながらもよく走り、賢一も健闘していた。 六人はつかず離れずで走り二周目に入った。 そこから徐々に差が付いてきた。 やはり冬人のペースが落ちて、どん尻となった。 しかし、大きな差は付いていなかった。 いくらでも前の者を追い抜くことが出来る位置にいた。 冬人の前には克也と真治が並んで走っている。 二人で示し合わせているわけではないが、何時もゴール間際まで一緒に走る。 体力的にそして体格的に似ているのだ。 その前を山村が走り、なんと賢一がその前を走っていた。 それも、昌郎の後にしっかりと付きながら、息も乱れていなかった。 山村は前を走る賢一の余裕のある後ろ姿を見ながら、こいつ小粒ながらなかなかやるじゃないかと感心しながらも、こいつには負けられないという思いで賢一の後にしっかりと付いていった。 三周目に入ると、六人は、三人ずつの二グループに別れるようになった。 先頭集団は、昌郎と賢一そして山村。 十五・六メートル離れて、真治、克也そして冬人。 昌郎は自分の後にぴったりと付いてくる賢一の存在を感じ、少しピッチを上げた。 それでも賢一は、余裕で付いて来ていた。 なかなかやるな。 昌郎は賢一の走りに感心した。 もしかしたら、賢一は自分を抜いてトップを走ることも出来るのかも知れない。 しかし、それでは先輩達に申し訳ないと気を遣っているのではないだろうか。 昌郎は確かめるようにまたピッチを少し上げた。 それにも賢一はしっかりと付いてくる。 四周目に入ると、前の三人と後の三人の距離が若干広がった。 真治と克也には、スタート時の余裕がなくなっていた。 賢一の走りには驚いたが、少なくとも肥満型の冬人にだけは負けられないという思いが、彼等を必死にさせていた。 その必死さは山村も同様であった。 賢一に大きな差を付けられてはならない。 山村は苦しい息を吐きながらそう思って懸命に走った。 それは、昌郎も同じだった。 賢一がこれほど走れるとは予測も付かなかった。 是が非でもトップをキープしてゴールしなければ、その思いを強くして昌郎は走った。 遠くで応援団の持久走を見ていた陸上部員達が驚いていた。 昌郎の持久走の実力は、校内でもよく知られていた。 その彼にぴったりと付いて走っている賢一のフットワークの良さと余裕。 応援団にしておくには勿体ない。 我が部へ引き抜きたい。 陸上部の誰しもがそう思って眺めていた。 それに、あのでぶっちょ。 六人のなかではどん尻だが、決して遅い方ではない。 太っていながらも動作は機敏だった。 凄い奴らが応援団員になったものだ。 羨望の眼差しで野球部員達も応援団員の持久走を眺めていた。 五周目に入った。 昌郎はもう一段ピッチを上げた。 それにも賢一はしっかり付いていった。 山村が苦しい息ながら、そのすぐ後にいた。 三十メートルぐらい後で、克也と真治そして冬人が一塊りになって走っていた。 昌郎がゴールした。 続いて賢一そして山村、少し遅れて真治達三人がほとんど同時にゴールした。 春風が彼等を優しく労って吹き渡った。 ◆その135 新入団員 5 持久走のゴール順位は、一番から昌郎、賢一、山村、そして克也と真治、冬人であった。 ある日、昌郎は陸上部の部長から相談を受けた。 昌郎は団長だから無理だとしても、賢一に陸上部に入って貰えないかと言うのである。 応援団員として活動しながらで良いと言った。 これは本人が決めることだからと、昌郎はその話しを賢一に繋いだ。 昌郎は、もし賢一にその気があるならば、応援団をきっぱりと辞めて陸上部へ行くことも、賢一にとっては悪くないと考えていた。 山村達にも、その旨話した。 彼等は、賢一の才能を高く買っていた。 賢一が望むならば陸上部への転部を喜んでやろう。 そう話し合った。 先輩達に囲まれて話しをされたなら、彼も畏縮してしまうだろう。 昌郎が一人で賢一と話をすることにした。 畏まった様子で陸上部からの申し入れのことを聞くと、賢一は即座に答えた。 「自分は陸上部に行く気持ちは全くありません。応援団員として活動したいんです」 それは、余りにも明確な答えだった。 昌郎は付け加えた。 「俺等に遠慮しているんじゃないか」 「いえ、そんなことは絶対ありません」 その賢一の言葉の中に強い信念のようなものを、昌郎は感じ取った。 こいつは、本気で応援団のことが好きなんだ。 胸にじんと熱いものを感じた。 昌郎は強い視線で暫くの間、賢一を見詰めた。 賢一も負けずに先輩を見詰め返した。 昌郎がぽつりと言った。 「そうか、賢一の気持ちは分かった。応援団一本で頑張ってくれ」 賢一は、ほっとしたように張っていた肩の力を抜いた。 昌郎は、付け足して言った。 「ところで、賢一に頼みが一つあるんだ」 訝しそうに賢一が聞いた。 「何でしょうか」 「賢一、本当の力で走ってくれないか」 「え」 「賢一が俺に遠慮して、自分の本当の力を発揮しないで走っていることを俺は知っているよ」 「いえ、そんなことはありません」 「いや、俺には分かる。俺の後に余裕を持ってしっかりと付いてくる賢一を見れば、俺にはよく分かる。賢一は、自分の本当の力を出し切って走っていない。他の奴には分からなくても、何時も間近で一緒に走っている俺には、賢一の本当の力が痛いほど伝わってくる。賢一のその手加減は、決して良いことでない。先輩だろうが、何だろうが精一杯の力で付き合ってくれ。それが本当の思い遣りだと思う」 昌郎の話しを俯きながらじっと聞いていた賢一は、静かに顔を上げて言った。 「先輩、今度もしかしたら俺がトップでゴールするかも知れません。その時には大目に見てください」 「大目に見るも何も、それで良いんだ。でも賢一、俺も必死で走るから、そう簡単には一番になれいぞ。覚悟しておけ」 「はい、覚悟しておきます」 昌郎と賢一は互いに見合って笑い合った。 それでも、賢一は昌郎の前を走ることは無かった。 昌郎は、それで賢一が納得しているのであれば良しとする事にした。 賢一は見た目は華奢な体つきであったが、運動能力は抜群で、バック転もお手の物であった。 その特技は、応援演技に花を添えることになった。 一方、冬人はその体格を生かし太鼓打ちとして活動する方向で練習をした。 大きな体格で太鼓の前に立つと、いかにも太鼓を叩く風格が出てくるのが不思議だった。 冬人は太鼓の前に応援団員としての居場所を定着させていった。 冬人も賢一も自分の持ち味を生かし応援団員として、なくては成らない存在として成長していった。 ◆その136 新入団員 6 昌郎達応援団は、敢えてゴールデンウィークに五日間の合宿を行った。 合宿中、毎日美味しい食事が出され男子全員は練習に一層の力が入った。 睦子が言っていたように食事準備の一切はひとみが主導していた。 普段は、睦子がひとみを引っ張っているが、厨房に入ると逆転した。 ひとみの献立はしゃれた若者向きのインスタント食品満載のものではなく、正に温かい和食中心の家庭料理である。 しかし、それらの料理の全てが旨いのである。 魚嫌いの真治も鯖の味噌煮以来、自分から魚に箸を付けるようになった。 男子全員、食事に大満足で、それが練習のやる気や成果に繋がったと言って良いだろう。 やはり、人間食べ物が様々な所で作用してくる。 温かな家庭には、心の籠もった温かな食事の時間がある。 それは味の善し悪しだけでなく、心が込めて作られているかどうかも大きく左右するだろう。 具体的にどうだとは言い難いが、ひとみの作る料理には、心を込めて作ったという気配があった。 みんながテーブルにつく時には、既に料理は用意されていて待たされることはない。 しかも温かいものは温かくして出してくれた。 魚料理は毎回出されたが、それも焼きたてのものだった。 食事の時間に合わせて料理されていると感じた。 料理が旨いと食卓での話も弾む。 彼等は練習中の緊張感から解放されて打ち解け合い、教師や先輩後輩のけじめはあっても、彼等の親近感はぐんと強まった。 夜食には、温かなそばやそうめん、それに軽いサンドイッチなどが出た。 麺類のつゆも出汁が良く出ていて旨かったが、それらは朝昼晩の三食と違って、各自一杯または一皿きりだった。 それは、胃袋のことを考えてのことでもあり、朝食を美味しく食べるためでもあった。 ひとみは、食事の支度以外一切、睦子の手伝いはしなかった。 それが彼女達の約束なのである。 食事の支度以外の時間を、ひとみは全て勉強に回していた。 部員は七人しかいないから、後かたづけは全員でやり、ひとみにはさせなかった。 当初、ひとみも後片付けまではすると言っていたのだが、昌郎達は、自分達だけでも十分だからと彼女を解放した。 ひとみは、申し訳なさそうにしていた。 小さい時に両親を亡くしたひとみは、父方の祖父母のもとで暮らしていた。 祖父母は七十歳台である。 料理は、その祖母から教わったという。 市内のトップ進学校にも楽々入れた彼女が、この高校を選んだのには深い訳があった。 誰にも話していないのだが、実はこの高校の校長は彼女の父親の兄に当たる人、つまり伯父であった。 彼女は小さい時から、伯父に父親の姿を重ねていた。 その伯父が一年前に、校長としてこの学校に赴任した。 中学三年の彼女は普通高校への進学をやめて、この高校へ進学をすることにした理由について祖父母は薄々感づいていたが何も言わなかった。 ある日、伯父が祖父母の所に来て、その折ひとみに言ったことがある。 「ひとみちゃんのような子がうちの学校にいて一般受験で東北大学でも狙ってくれれば、我が校の生徒達の励みになるのに」 などと気軽に話したことが、ひとみの耳に残っていた。 大好きな伯父さんの学校へ入って、私が現役で東北大学にでも入ることができたならと彼女はふと思った。 どの高校へ行っても勉強は自分次第。 彼女は決心した。 彼女が必死で勉強する意味もそこにあった。 そんな彼女が、自分も睦子と一緒に応援団のマネージャーをやりたいと言い出した。 新入部員は男子二人そして女子マネージャー二人の四人となった。 ◆その138 記念大会 1 夏休みに入る少し前に、高体連応援団部会五十周年記念大会の第二回実行委員会が、昌郎達の高校で開催された。 新年度になって初めての実行委員会だった。 もっと早く開催できれば良かったのだが、新年度初めの慌ただしさ、ゴールデンウィーク、そして県高校総体・甲子園県予選大会などの応援で各校の応援団の時間的な調整が付かないことから、延び延びになっていた。 甲子園の県予選大会が終わり、やっと時間調整が付いたのだ。 実行委員会の開催案内の発送を初め出席確認そして、委員会当日の会場準備などの全てが事務局付きの昌郎達の仕事だった。 これらの仕事で活躍したのがマネージャーの睦子とひとみだった。 彼女達は辻の指示に従いながら二人で協力し合い、てきぱきと事務的な仕事をこなしてくれた。 昌郎達は、その分だけ応援練習に専念することが出来た。 彼女達がマネージャーに成ってくれて本当に良かったと昌郎達は一様に思った。 実行委員会は放課後四時半からの開催である。 帰りのホームルームを終えると、実行委員会の会場づくりの為に昌郎達応援団は、一階東側にある会議室に集合した。 先回のように黒板を正面にして、男子全員で長机をロの字に並べる。 その間に会議の次第を睦子が板書した。 きりっとした大人の字だった。 並べ終えた机の上を睦子とひとみが拭く。 会議資料やペットボトルのお茶を机の上に配るのは男子達がやった。 定刻の十五分ほど前から各高校の実行委員の生徒が集まりだした。 実行委員長の橘俊五郎も定刻五分前には席に着いた。 彼は、事務局の昌郎達に、準備ありがとうと労いの声を掛けてくれた。 睦子やひとみそして冬人や賢一は応援団幹部の三年生それも今回の実行委員長の俊五郎に声を掛けられただけでも嬉しさを通り越して緊張していた。 昌郎そして山村や真治・克也は威儀を正して返礼した。 頭を上げた時、昌郎と俊五郎の目が合った。 一瞬だったが俊五郎の眦(まなじり)が少し笑みしたように昌郎は感じた。 大きな先輩だが温かさが滲んでいた。 今回の会議には、各校の顧問の先生方は出席せず辻だけが同席し簡単に挨拶をした。 会議の進行は実行委員長の俊五郎が担当した。 まず、顧問会議で話し合われた事項が辻から報告された。 十月八日の高体連応援団部会五十周年記念大会は、大きく三分部で構成する。 一部は功労者等への感謝状の授与や主催者の挨拶などの式典、二部は記念行事としての講演会。 ここまでは顧問の先生方が中心となって企画され準備が進められている。 そして三部は各高等学校の応援団の演技披露とエンディングで、生徒主体の実行委員会が企画し進行してもらうと説明された。 そのことについては、既に各校で顧問教師からそれぞれの応援団員に話されていたことでもあったが、再度確認された。 俊五郎達実行委員が話し合わなければならないのは、演技披露とエンディングのことである。 何処の高校がいいとか、うちの学校は出来ないなどと、その場では話しが纏(まと)まらなかった。 それを受けて女子の副実行委員長が提案した。 県内にある高等学校は五つの地区に別れている。 それぞれの地区には多少の差はあるものの大体十数校の高等学校がある。 その各地域の中から代表校二校ずつが演技発表したらどうだろう。 一校あたり六分乃至七分とすれば交代時間も入れて、約一時間と十分ないし十五分となる。 三部の時間は九十分。 残りの時間をエンディングに当てる。 ◆その139 記念大会 2 記念大会の三部での応援演技発表校は、各地域で話し合い二校ずつ出して貰うことで決定した。 しかし、エンディングの内容をどうするかで話し合いは難航した。 実行委員全員でのエール交換という案が出された。しかし、実行委員が出ている学校は、たぶん演技披露を担当することになるだろう。 それでは同じ顔ぶれが舞台の上に何度も出ることになってしまう。 実行委員長の演技披露ではどうだろうか。 俊五郎は静かに答えた。 自分は生徒の代表として三部の冒頭で挨拶がある。 やはり同じ顔が舞台の上に二度も登場することとなる。 何も案がないのならばやってもよいが、もう少し話し合って貰いたい。 彼の頭の中では、自分達の学校と笹岡先生が顧問をしている学校の二校が演技発表しなければ、他にあまり出てこないだろうと予測が付いていた。 とすれば、一時間半という短い時間に自分の登場が三度もあって余りにも多すぎてしまう。 良い案が提案されないまま時間が過ぎていった。 その時、辻が徐に手を挙げた。 「君達生徒主体の会議で大変申し訳ないのだが、一つ私に話させて貰っても良いだろうか」 俊五郎はお願いしますと、辻に頭を下げた。 「今回の記念大会は青森市が会場地と成っている。青森市と言えばねぶた。開催地としてねぶたを取り入れた応援で締め括らせて貰えないだろうか」 昌郎や山村そして真治や克也達は、互いに顔を見合わせた。 今、辻先生が提案していることは、自分達にエンディングを割り当てて貰うと言うことではないのか。 五十周年の記念大会のエンディングは、自分達にとって余りにも大役過ぎる。 彼等の心臓がばくばくと高鳴った。 司会の俊五郎が昌郎達の方をちらと見てから、実行委員のみんなに言った。 「みなさん、どうでしょうか。司会としてではなく一実行委員として言わせていただければ、そうして貰えれば大変有り難いと思いますが。みなさん、如何でしょうか」 俊五郎の言葉を受けて、賛成という声があちこちからあがった。 「ここに事務局の木村君も同席しています。木村君どうでしょうか」 俊五郎は事務局と言うところを意図して強調しながら、昌郎に意見を求めた。 意見を求めると言うよりも、承知して欲しいという響きが強く感じられた。 昨日、実行委員会の準備のための打ち合わせが、辻を中心にして行われた。 会場のセッティングや資料のことなどについて話し合われた後で、辻が昌郎達にこう話していたことを思い出していた。 事務局は裏方の仕事だが、大会の開催地としての任務もあることを忘れないで欲しい。 その時は何気なく聞き流していた言葉だったが、辻先生は、今のようなことを想定して、自分達に話したのではないだろうか。 昌郎は辻の方を見た。 辻はゆっくりと頷いた。 それは「お前達ならば出来る」と伝えているように見えた。 それから昌郎は、山村・真治・克也を見た。 彼等もしっかりと頷いていた。 冬人や賢一そして睦子もひとみもきらきらした目で彼を見つめていた。 昌郎は立ち上がった。 「もし皆さんが宜しければ、やらせていただきたいと思います」 その言葉を聞いて、実行委員会のメンバー全員が思わず拍手を送った。 その中でも一番大きな音で手を叩いていたのは、俊五郎だった。 それでこそ応援団だ。俊五郎はそんな気持ちを込めて惜しみない拍手を、昌郎達に送った。 ◆その140 記念大会 3 記念大会の三部での応援演技発表校を各地区で二校ずつ選出し、七月二十七日までに事務局である昌郎達のもとに連絡することになっていたが、締め切り日になってもあと四校が出揃わなかった。 昌郎達の地区は、俊五郎が考えていた通り彼の学校と笹岡が勤務している学校にいの一番に決まったが、あとの四つの地区では、それぞれ一校は決まったものの二校目がなかなか決まらなかった。 七月末まで待ってくれないかという連絡が、それらの地区から入った。 やはり今の時代、応援団活動は人気がないのだろうか。 上辺の優しさと格好だけが優先される昨今。 口では他人のためにボランティア活動をしようと呼びかけながら、実際は自分の好きなところだけの活動に終始し、ニーズの有無を考えないで活動をする人が多いと言う。 他人には必要以上に優しさを求めながら、自分は他人に決して優しくない人。 人との軋轢を出来るだけ回避しようとするために何もしなくなってしまった人達。 そんな人達にとって応援団なんていうものは、格好悪くて時代遅れ、そしてお節介な活動と思われているのかも知れない。 以前の自分も実際そう思っていた。 しかし今は違う。 昌郎達は、応援団の素晴らしさを体で感じていた。 新しく入って来た一年生達も応援活動の素晴らしさを実感しているだろう。 彼等の目の輝きを見ればそれが良く分かる。 どうにかして、みんなに応援団活動の素晴らしさを知って貰いたい。 昌郎達は口には出さないがそう思っていた。 八月に入って、ようよう十校が出揃った。 八月七日にねぶた祭が終わってから、昌郎達はエンディングのことについて本格的に話し合った。 本番まであと二ヶ月しかない。 今直ぐにでも練習を開始しなければならない時期だった。 しかし、彼等はよく話し合い十分な共通理解を共有した上で練習に取り組みたいと思った。 そのことについては、顧問の辻も理解してくれた。 ねぶた囃子を取り入れた応援演技を中心にすることは、エンディングを引き受けた時点から既に決まっていた。 青森っ子の彼等は、生まれた時からねぶたを見て参加して、よく知っている。 何もねぶたについて話し合うことはない。 しかし、ねぶた囃子を取り入れた応援演技については、また別物である。 大会の掉尾を飾るエンディングだ。 会場と舞台が一体となり盛り上がって幕を閉めたい。 この五十周年大会が済むとあと六十周年までの十年間は、このような記念大会はないのだ。 今回のこの記念大会で応援団活動の素晴らしさを知って貰い、六十周年に繋げたい。 そのような強い気持ちが彼等に湧いてきていた。 エンディングの紹介は、睦子とひとみのマネージャー二人にやって貰う。 初めはやはり舞台上でのエールから始まり、ねぶた囃子の応援演技を披露する。 そして会場を巻き込んで行く。 彼等の話し合いは熱を帯びていった。 しかし、会場全体を盛り上げるためには、彼等だけでは難しい。 演技発表をした各校の応援団員の人達も手伝ってくれるだろう。 しかし、自分達の学校で引き受けたのだから他校の協力を当てにすることなくやりたい。 エンディングの素案を作り、辻の所へ報告に行った。 そして、生徒会役員とブラスバンド部の協力もお願いできないだろうかと相談した。 辻は、腕組みをしたまま、何とも返事を返さなかったが、何か考えがあるような様子だった。 「分かった。少し時間をくれないか」 そう言って腕を組んだ。 |
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