[連載]

 11話〜20話( 佳木 裕珠 )


前へ          次へ


◆その11
「あなたならば」(4)


 その日も、由希に会えるかも知れないと思いながら、昌郎は図書館に来ていた。
 しかし、彼女はいなかった。
 何もせずに図書館で由希を待つ訳にもいかず、仕方なく本棚を見て回っていた時である。
 昌郎の目に「青森ねぶた誌」という分厚い本の背表紙が飛び込んできた。
 ねぶた囃子をやっている父親や兄達そして昌郎自身もねぶた馬鹿と言われるほどである。
 ねぶたという文字に惹かれ、その本を手に取ってみた。
 青森市が発行したものらしく、ねぶたの歴史、ねぶたに関わる人物伝、ねぶたの制作や構造などが、グラビアを豊富に使って説明されていた。
 その中にねぶた囃子の歴史についても詳細に書かれていた。
 昌郎は食い入るようにして、その本を読んだ。
 しかし、その本は分厚く拾い読みをしても、到底3.4日はかかるだろうと思った。
 父親や兄達にも、その本を見せたかった。
 昼休みが終わり5時間目の予鈴が鳴ったことに気付き、昌郎は慌ててその本を借り急いで教室へ戻った。
 彼が教室に入ると友達の真治がそばに来て、生徒会長が昼休みにこの3階まで来たことを教えた。
 「何で来たんだ?」
 昌郎は聞いた。
 しかし、誰もその理由は分からなかった。
 由希に会いたいと思って図書館に行っている時に、彼女はこっちへ来ていたという。
 昌郎は、人生の皮肉さを感じた。
 明日もまた彼女はこの3階に来るかも知れない。
 明日の昼休みは、教室にいようと心に決めた。
 しかし、次の日を待つまでもなく、その日の放課後に由希はもう一度1年生の教室のある3階に来たのだ。
 昌郎は教室の掃除当番に当たっていた。
 箒で床を掃いている昌郎の脇を真治が突っついた。
 また悪戯かと思いながら「やめろよ」と言う昌郎に、真治は廊下の方を顎でしゃくるようにした。
 昌郎は真治に指示されるまま、廊下の方へ視線を動かし、そこに由希の姿を見たのだった。



◆その12
「あなたならば」(5)


 偶然此方を向いた由希の視線が、昌郎を捉えた。
 その視線があまりにも真っ直ぐ自分を凝視しているので、彼は気恥ずかしさを感じて目を伏せ、忙しく箒を動かした。
 そんな彼に教室の入口から由希が声を掛けた。
 「済みません。あなたにちょっと事があるんですけど」
 教室にいた生徒達がびっくりして一斉に由希を見た。
 そして、彼女が声を掛けた昌郎を振り返った。
 しかし、一番驚いているのは昌郎自身だった。
 中学生の時から淡い憧れを抱いていた由希に声を掛けられた。
 これは現実の出来事なのだろうかと疑うほどだった。
 だが、それは紛れない事実だった。
 そばにいた真治が昌郎が持っている箒を引っ張るようにして取りながら「まさ、お前に用事だって。生徒会長からの呼び出しだぞ。もたもたしないで、早く行け」と小声で言った。
 昌郎は頷くと、回りの目を気にしながら徐々に由希の方へ近付いて行った。
 「何でしょうか」
 気持ちの動揺そして嬉しさや恥ずかしさをひたすら隠すようにしながら、少し不機嫌な様子で昌郎は由希に聞いた。
 廊下の窓際の方に寄りながら「突然で済みません」と昌郎に言い言葉を続けた。
 「あなた、私のこと覚えていますか。実は3年前、私達の町内で子どもねぶたを作った時、あなた達に囃子を教えてもらったんだけれど」
 昌郎は緊張しながら「覚えています」と言った。
 由希の顔にぱっと喜色が広がって笑みが零れた。
 そんな彼女を見てなんてきれいなんだろうと昌郎は感動した。
 「覚えていてくれて良かった。実は、知りませんなんて言われるかも知れないと思ってきたんです。これで少しは頼みやすくなったわ」
 黒目勝ちの大きな瞳を輝かせながら、昌郎がどぎまぎするほどしっかりと彼を見詰めて言った。
 「唐突なお願いでとても心苦しいんだけれど、あなたに応援団員に成ってもらいたいと思っているの」



◆その13
「あなたならば」(6)


 応援団員に成ってくれと由希から突然言われ、昌郎は晴天の霹靂にでも遭ったように驚いた。
「突然こんなことをお願いされて、驚くのも無理もないと思うわ」
「なぜ、この俺に頼むんですか」
「今年は吹奏楽部員が多いから、応援も盛り上げたいと思ったの。そこで、応援の時ねぶた囃子でもやれば盛り上がるんじゃないかと、生徒会で話し合ったんだけれど、応援団員が誰もいないの。誰か応援団員になってもらえないだろうかって考えた時、あなたのことを思い出したの」
「ねぶた囃子と応援は違うと思います」
「それはそうだけれど、何故か、あなたならば、引き受けてくれそうな気がしたの」
 どうしてそう思ったのだろう。
 それは由希自身にも分からなかった。
 ただ彼ならば、応援団員として一所懸命やってくれるような気がしたのだ。
 応援でねぶた囃子をやるようになったことも、彼に頼む一つの理由ではあったが、本当のところ何か口実を見付けて、彼と会いたかったのかも知れないと、由希は今になって思い当たった。
 一方、昌郎は、応援団に入るのも面白いかも知れないと思い始めていた。
 しかし、現在応援団員は誰もいないはずである。
 もしかしたら自分一人だけで応援をすることになるのかもしれない。
「俺一人が応援団に入っても何も出来ないんじゃないですか」
「ええ、そうなの。そこで、あなたから友達を何人か誘って欲しいの」
「え、俺から」
「そう、とても虫のいい話なんだけれど、2人でも3人でもいいの。ブラバンが充実しているから、それでも何とかなると思うのよ」
 昌郎は咄嗟に真治のことを思って教室の方を振り返った。
 真治は数人の友達と、此方の方を興味津々と伺っていた。
 彼は昌郎と目が合うと、手を下の方にしながらVサインを作って小さく振った。
 あいつも仲間に入れてしまおう。
 昌郎は、そう思った。



◆その14
「あなたならば」(7)


 「あなたならば、引き受けてくれそうな気がしたの」
 そう由希に言われて、昌郎は駆け出したい程嬉しかった。
 その場ですぐ、引き受けたと言いたかったが、あと何人か応援団員を募ることができるか心配だったから、明日まで考えさせてもらった。
 由希が仄かに甘い香りを残して階下に降りて行った。
 昌郎は、少しの間ぼんやりとしていた。
 早速、真治が昌郎のそばに寄ってきた。
「お前が、生徒会長と話している間に、掃除が済んでしまったよ。山村と克也が今、先生の所に報告に行っている」
「そうか」
「ところで、生徒会長は何でお前を呼び出したんだ」
 真治の目は好奇心できらきらと輝いていた。
 こいつをまず、応援団に巻き込んでしまおう。
 昌郎は、そう心に決めた。
「おお、山村、克也、先生は掃除の点検に来るのか」
 教室に入って来た友達に真治は、そう声を掛けた。
 昌郎は、また思った。
 そうだ、あいつら2人も応援団に入れてしまえ。
 昌郎は、自分の思い付きに空が晴れて行く思いだった。
「え、何で俺等が応援団に入らないといけないんだよ」
 一番に洒落男の真治が反対した。
「応援団なんてダサイ。俺はお断りだ」
 克也も口を尖らせながら真治に同意した。
「そうだよ、まさの話でもこれだけはノーだ」
 小柄な克也は、何時も誰かの後に自分の意見を言う。
 今回は真治の尻に乗ろうという魂胆だなと、昌郎は踏んだ。
 腕を組んで考え込んでいる山村に昌郎は聞いた。
「やま、お前はどうなんだ」
 大男の山村はウーと唸るようにしながら、ぼそりと言った。
 「応援団か、意外と面白いかも知れない」
 真治と克也が声を揃えた。
「やま、応援団に入ってもいいのか。ウオッスなんてやるのか」
 山村は、2人を見据えるように
「面白そうじゃないか。俺はやってもいい。だからお前等もやれ」
「そりゃないよ」
 真治は泣き出しそうな顔で抗議した。



◆その15
鬼の笹岡(1)


 由希に頼まれた次の日の放課後、昌郎は山村、真治そして克也を連れて生徒会室に行った。
 昌郎は、応援団員になればそれなりに様になりそうだし、大男の山村は、モッサリしていて見るからに応援団が似合うタイプだ。
 しかし、後の二人の真治と克也は、なんとも頼りない。
 洒落っ気のある真治とひ弱そうな克也を見て、由希は少し不安になったが、この際そんなことは言っていられない。
 4人も応援団員になってくれるのだ。
 昌郎がリーダー的な存在であることは、一見しただけで分かった。
 彼がまとめてくれるのなら安心だと由希は思った。
 しかし、ここ数年応援団の活動が途絶えていて、3年生にすら応援団のノウハウはなかった。
 その上、応援団の顧問だった教師は、今年の春に転勤していた。
 由希は、生徒会の担当教師を通して、この高校で応援団の顧問をやっていた教師に連絡を取ってもらい、基本だけでもいいから指導してくれないかと頼んでもらった。
 即座にOKになった。幸い、その教師の転勤した学校は、同じ市内にあり自転車で行けるところだった。
 指導を受けるために昌郎達が、その教師のいる学校へ行く時、最初ということで、生徒会の担当教員と由希が同行した。
 由希は先生の車に乗り、昌郎達は自転車で行った。
 初めて会ったその教師は、見るからに屈強な大男で、高校時代には応援団長だったという猛者だった。
 挨拶を済ますと、生徒会の担当教師と由希は帰った。
 ここ10日間びっちりと鍛えてやるから、そのつもりで来い。
 死ぬ気で頑張れと言われて、昌郎達は震え上がった。
 しかし、後には引けない。
 昌郎はファイトが出てきた。
 山村もやる気になった。
 しかし、真治と克也は逃げ腰だった。
 「おい、そこの二人、お前達は仕込み甲斐がありそうだな」
 そんな2人の雰囲気を掴んで、笹岡が不気味に笑った。



◆その16
鬼の笹岡(2)


 彼等はトレーニングウエアーに着替えて、グラウンドに出た。
 その学校の陸上部員がフィールドの中で練習をしながら、笹岡が引き連れてきた見慣れない他校生を、それとなく観察していた。
 笹岡が最初に昌郎達に指示したことは、グラウンドを5周することだった。一周が300メートルだから、1.5キロ走ることになる。
 4人は驚いた。これからの10日間が思いやられて目の前が真っ暗になった。
 真治が「俺達、陸上部じゃない」と小声で言ったのが、笹岡の耳に入った。
「今何と言った」
 笹岡が低い声で真治に聞いた。
「いえ、何も言っていません」
 真治が青くなって弁解した。
「いや、確かに聞こえたぞ。俺達、陸上部がどうのこうのと」
「いえ、何も言っていません」
「そうか、それなら良いんだが、今気が変わった。今日は初日だから、お前達のやる気を見せてもらおう。5周じゃなくて10周だ」
 4人一斉に、えっ!と声を上げた。
「10周じゃ足りないか」
 低く不気味な声で笹岡が言った。克也がすかさず答えた。
「10周走らせてください」
 克也は長距離が得意だった。
 しかし、山村は10周と聞いただけで疲れ果ててしまった。
 彼は図体がでかい分、走りが苦手なのだ。
 昌郎は、初っぱなから音を上げていられないと腹を括った。
 笹岡の吹くホイッスルで、昌郎達は一斉に走り出した。
 なんでこんなことになったのだろうか。
 彼等はそれぞれに考えを巡らせたが、この場に及んでもう逃げられないと諦めた。
 笹岡は、スタート地点に腕を組みながら仁王立ちになって、昌郎達が走るのを睨むように見ていた。
「1周目」
 スタート地点を彼等が過ぎる時、笹岡はだみ声を張り上げた。
「2週目」
「3周目」
「4周目」
 笹岡のだみ声が、どんどんと意識の中から消えて行った。
 ぜいぜいと息を切らしながら、彼等はただひたすら走り続けた。



◆その17
鬼の笹岡(3)


 昌郎がトップ、次に克也が続いていた。
 半周ほど遅れて村山、そして更に遅れて真治が走っていた。
 3周目あたりで真治が歩こうとした時、5周までは歩くなと笹岡が叫んだ。
 真治は機械仕掛けの人形のように、またもたもたと走り出した。
 4周目で、昌郎と克也が真治を抜いた。
 それより少し遅れて、村山も真治を抜いた。
 5周目を過ぎた辺りから、昌郎は、自分が今どうして走っているのだろうかと自問していた。
 何故、応援団に入ったのだろうか。
 そうも自問した。
 それは偏(ひとえ)に由希の存在である。
 そして、彼女に頼まれたからだと思い当たった。
 西に沈み掛けている夕陽を見ながら、黙々と走っている自分を、別な自分が凝視していた。
 乗りかかった船だ。
 もう降りるわけにはいかない。
 最後は、ほとんど何も考えずひたすら走り続けた。
 「あと一周!」
 笹岡の声が突然耳に蘇った。
 意識は朦朧(もうろう)としながらも、足だけは動いていた。
 誰が自分の足を動かしているのだろうか。
 自分の足が、苦しい心臓とは別に力強く大地を蹴っている感触に、恍惚(こうこつ)となったまま昌郎は10周を走り抜いて芝生に転がり込んだ。
 これが限界だ。
 昌郎の中で、世界が激しく渦巻いた。
 どさっ、彼の近くに人が倒れ込んだ音がした。
 克也に違いないが、閉じた目を開けて確認することも出来ないほど疲れ切っていた。
 地面の中に沈み込んでしまいそうな感覚の身を委ねながら、心臓が落ち着くのを待った。
 克也より1周遅れてゴールした山村も、芝の上に大きな体を投げ出して死んだように動かない。
 そして他の3人より大幅に遅れて真治がゴールした。
 彼等は疲れ切って話をすることさえも出来ず、芝生の上で大の字になっていた。
 今時、珍しく根性がある奴達かもしれない。
 笹岡はそんな風に思いながら、彼等を見ていた。



◆その18
鬼の笹岡(4)


 現在、笹岡が勤務している学校にも応援団がなかった。
 彼は空手道部の顧問をしていたが、その部は結構強い部で、地区でも1.2位争う部だった。
 そんな訳で、笹岡は、前任校の応援団に何時までも関わってはいられないのだ。
 そこで、笹岡の都合により十日間という限られた期間の中で、応援団に関する基本を教えて貰うということになっていた。
 しかし、最初の3日間は、毎日グラウンドを3周しその後腕立て、腹筋、スクワットなどのトレーニングと腹から声を出す発声練習、そして挨拶の仕方や姿勢などに全ての時間が費やされた。
 笹岡にして言わせれば、お前等は立つ格好からして全然様になっていない。
 応援技などまだ教えられないとなるのだ。
 応援団員は教師に対して全面服従である。
 一切の言い訳も許されない。
 少しでも不満そうにすれば、即グラウンド何周となる。
 笹岡の前では、ただただ指示に従ってトレーニングや発声練習に励むしかなかった。
 何時になったらフレーフレーなるものを教えて貰えるのだろうかと、昌郎達は囁きあった。
 放課後になると、4人一緒に自転車をこいで、笹岡のいる学校へと急いだ。
 少しでも遅れれば、延々と説教される。
 それも正座して聞かなければならない。
 死に物狂いとは、彼等の自転車をこぐ様を言うようなものだった。
 指示された時間前に、グラウンドの隅っこに4人雁首(がんくび)を並べて整列しているところに、笹岡は竹刀を持って徐々に現れる。
 オスッと大声で挨拶してからトレーニング開始となる。
 グラウンドにいる陸上競技部や両隣のテニスコート、サッカー場の生徒達は、整列した彼等を面白そうに見ながら、あいつらA高校の1年生で笹岡に応援の特訓を受けに来ているらしいと囁き合い、奇異なものでも見るように眺めていた。
 しかし3日もすれば、誰も彼等に興味を持つ者はいなくなった。



◆その19
鬼の笹岡(5)


 笹岡の所に通って3日目の金曜日だった。
 練習が終わった後の訓示の時、笹岡が昌郎達に言った。
「明日と明後日の土・日も練習をする。朝9時に此処に集合しろ。勿論弁当持参だ」
 うえー何だってと、昌郎達は誰もが思ったが、そんな様子は少しも見せずにオスッとだけ答えた。
 不満な様子をちょっとでも見せれば、どんなしごきが待っているか知れたものではない。
 この3日間で昌郎達は、笹岡の命令のいかなるものかを、骨身に染みて知ったのである。
 帰り道、自転車を押しながら、4人はしょげ返っていた。
 真治がまず口火を切った。
「まったく、まいったよな。せっかくの休みのんびり出来ると思ったのに、明日も明後日も練習だとよ」
「本当だよ、いい加減にして欲しいよ。もう、足も腕も腹筋もパンパンに張っちゃって、痛くてしょうがないよ。昌郎、お前が応援団に入ろうなんて誘わなければ、こんな苦労はしなかったのに」
 克也が恨めしそうに昌郎を見た。
 そんな克也に山村が言った。
「仕方ないだろう。俺等は入っちゃったんだから。今更泣き言はやめよう」
「すまん、俺がみんなを応援団に誘ったもんな」
「いいってことよ、口じゃ愚痴言っているけど、なんか結構はまりそうな予感するんだ」
 真治がそう言うと、以外にも克也は頷いた。
「俺も、なんか応援団にはまりそうだよ」
「へえー、お前等なかなか捨てたもんじゃないな」
 山村は面白そうに笑った。
 昌郎は、いい奴等だなと胸がじんと熱くなった。
 高校に入ってから、彼等とどの部に入ろうかなどと話していたが、彼等は入りたい部を見付けられなかった。
 だらだらと、家と学校を行き来していたような高校生活に、衝撃的なことが起きた。
 自分が応援団に入ったということ。
 中学校の時には、全く想像もしなかったような展開に、昌郎達は意外と心地よさを感じていたのかも知れない。



◆その20
校歌(1)


 笹岡は、金曜日の帰り際に「明日、校歌を歌わせるから、歌詞の一字一句を間違うことなく覚えてこい」と昌郎達に言った。
 入学してから既に1ヶ月以上経っているが、彼等は校歌をはっきりと覚えていなかった。
 もし、校歌を歌えなければ、笹岡からどんなペナルティーを科されるか分からない。
 また、グラウンド10周なんてことになったら目も当てられない。
 彼等は校門の横で思案した。
 そして今晩集まって、みんなで校歌を覚えることにした。
 しかし、生徒手帳に校歌の楽譜が書かれてはいても、誰も正確には歌えない。
 真治が提案した。
「こうなったら、生徒会長に教えてもらおう」
 克也も目を輝かせて同意した。
「うん、それがいい。俺達がこんなに苦労しているのも、もとはと言えば生徒会長から頼まれたことだ。当然協力してくれるさ」
 山村がぼそりと言った。
「でも7時過ぎたぜ、これから連絡して集まるにしたって、晩飯も食わなきゃならないし、早くても8時過ぎになる。生徒会長は女だ。家の人が外出させてくれるかな」
 そんな山村に真治が言った。
「じゃ、やまはどうすればいいと思うんだ」
「うむ」
 山村は唸った。
「やはり彼女に頼むしかないだろう」
 真治が得意げに言ったが、ふと考えるふうになった。
「ところで、誰か生徒会長の家か電話番号を知っているのか」
 彼等は顔を見合わせた。昌郎が言った。
「俺も、生徒会長に教えてもらうのが一番良いと思っているんだが、連絡をどう取ったらいいのか、さっきから考えていたんだ」
「それで」
 真治達が昌郎に視線を集めた。
「父さんに頼んで見ようと思う。父さんの知り合いが、生徒会長と同じ町内にいる。その人に頼んで彼女の家の電話番号を聞いてもらおうと思う」
「そりゃあいい」
 真治が膝を叩いた。8時に昌郎の家に集合することにして、ひとまず彼等は帰路についた。



 雪降る駅でTOP
前へ          次へ

トップページへ